14 嫁希望の聖女


 俺の子種をもらうとは一体どういうことなのか。


 とりあえず詳しい話を聞くため、俺たちは隣町へと続く街道沿いの木陰で休息を取ることにした。


 もちろんスタミナが無尽蔵の俺に休息は必要ないのだが、さすがに歩きながら聞く話じゃないからな……。



「……それで、どういうつもりなんだ?」



 半眼を向けながら問う俺に、アルカディアは相変わらず涼しげな顔で小首を傾げる。



「どう、とは?」



「いや、だからさっきの……子種、的な?」



「ああ、それか。であればそのままの意味だ。私はお前の子を孕もうと考えている。以上だ」



「な、なるほど……って、いやいやいやいや!? 何が〝以上だ〟なんだよ!? 君は自分が何を言ってるのか本当に分かってるのか!?」



 慌てふためく俺に、しかしアルカディアは不思議そうな顔をする。



「当然だ。なんの問題がある? お前は聖女である私に勝った。今までに一度の敗北も喫したことのない私を真正面から打ち負かしたのだ。ならばもうお前の嫁になるしかないだろう?」



「え、何その超理論!? 親御さんが聞いたら泣くぞ!?」



「ふふ、その点は問題ない。我が父も死闘の末、母を力尽くで手に入れたからな」



「えぇ……」



 どういう家系なんだよ……。


 思わず頭痛を覚えそうになる俺だったが、どうやら理由はそれだけではなかったらしい。


 いつも涼しげなアルカディアにしては珍しく、「それに、な」と少々顔を赤らめて言った。


 不覚にもちょっとドキッとしたのは秘密である。



「お前は私の全てを模倣したと言っただろう?」



「え、まあ……」



「それはつまり――〝私の全てを丸裸にした〟ということだ」



 ……えっ?



「ゆえにお前は責任を取らなければならない。私を傷物にした責任をな」



 そう言って恥ずかしそうに肩を抱くアルカディア。


 え、どゆこと!?



「ちょ、ちょちょちょっと待て!? お、俺が模倣したのは君のスキルと技術であって、別に君を丸裸にしたとかそういうことじゃないんだぞ!?」



「何を言う。その模倣は私の攻撃から肉体の鍛え具合を通して技の全てを解析するものだろう? ならば隅々まで見られたのと同義ではないか」



「い、いや、でも……」



「純潔かつ婚礼前の女の身体を好きにしておいて、よもやなんの責任も取らんとは言わぬよな? 私はお前をそういう薄情な男ではないと見込んで言っているのだぞ」



「う、ぐぅ……」



 そこで良心に訴えかけるとは卑怯な……っ。



「まあそう心配するな。私とお前の子ならば、必ずや世に名を轟かせる傑物となろう。それに、これでも私は意外と家庭的な女だ。料理は出来んが肉は焼ける。洗濯も濡らして干せばそのうち乾く。ほら、完璧だろう?」



「家庭的とは一体……」



 どや顔でその豊かな胸を張るアルカディアの姿に、俺は一人意識が飛びそうになっていたのだった。



      ◇



 ともあれ、今すぐ嫁にするのはさすがにちょっとということで、とりあえずお友だちから始めようと提案したところ、しぶしぶ〝嫁(仮)〟で我慢してくれた。


 いや、もうそれ完全に嫁じゃんという気がしなくもないが、「これ以上は譲れん」と可愛らしくそっぽを向いてくれやがったので、仕方なくそうしたのである。


 しかしエルマの時もそうだったが、何故聖女というのは皆我の強い子ばかりなのだろうか。


 いや、むしろ我が強いからこそ、世界のバランサーとして折れずに頑張れるということなのかもしれないが。


 と。



「ところで、お前に一つ謝らねばならないことがある」



「うん? なんだ?」



 ふいにそう切り出してきたアルカディアに、俺は小首を傾げる。


 すると、アルカディアは申し訳なさそうな顔でこう謝罪してきた。



「その、決勝ではすまなかったな……。お前が止められなかった場合は、直前で攻撃を霧散させるつもりだったのだが、観客たちを巻き込んでしまったことに変わりはない。冷静さを欠いた私の失態だ」



「ああ、そのことか。確かにあの時は何を考えてるんだって頭にきたけど、きちんと反省してるのなら別に責めるつもりはないよ。だからまああれだ。気にするな」



「すまない。そう言ってもらえると助かる。二度と繰り返さないことをここに誓おう」



「おう、了解だ」



 俺がそう微笑みながら頷くと、アルカディアもまた口元を綻ばせる。


 そうして俺たちのわだかまりが一つ取れる中、アルカディアは言う。



「それで、これからどこへ向かうつもりだったのだ?」



「ああ、それなんだけど、俺はやっぱり人の笑顔を見るのが好きみたいでな。今まで君がやってきたことと似たようなことをしていこうと思ってるんだ」



「ふむ、なるほど。つまり各種武術大会を総ナメということだな」



 え、あんたそんなことしてきてたの!?


 聖女の役目はどうした!?


 思わず突っ込みを入れたくなる気持ちを懸命に堪え、俺は努めて冷静に言う。



「いや、そうじゃなくて……。困ってる人の力になったり、魔物の被害に怯えている人たちを助けていきたいってことだよ」



「ああ、そういうことか」



 むしろほかにどんなことがあるのだろう……。



「なるほど、承知した。夫の夢を支えるのもよき妻の務めだからな。我が聖女の力、己がものとして存分に使うがいい」



「あ、ああ。ありがとう、アルカディア」



 でも人前で夫とか妻とか言うのは正直やめてね?


 一応まだお友だちというか、嫁(仮)なんだから。


 内心俺がそんなことを考えていると、「ところで」とアルカディアが何やら身体をもじもじさせてこう言ってきた。



「その、私の名に関してなのだが……」



「あれ? もしかしてアルカディアが本名じゃないのか?」



「いや、私の名はアルカディアで間違いない。ただ、それでは少々他人行儀すぎると思ってな」



「そ、そうかな?」



 むしろ俺にしては珍しくいつの間にやら呼び捨てにしていたので、どちらかと言うと距離は近いように思えるのだが……。



「うむ。婿であるお前には、もっと親しみのある名で呼んで欲しいのだ」



「え、えっと、じゃあ……アルカ?」



 その瞬間、アルカディアの顔がぱっと明るくなる。



「うむ、それがいい! では今から私のことは〝アルカ〟と呼べ。もちろんお前以外には絶対に呼ばせん。お前だけが呼べる、お前にしか呼べない特別な名だ」



「お、おう、分かった。じゃあこれからよろしく頼むよ――アルカ」



「ああ。こちらこそ末永く頼むぞ、イグザ。何せ、私はお前の嫁だからな」



「い、いや、まだ(仮)だからね?」



 そう念押しするように告げるも、上機嫌なアルカはどこ吹く風なのであった。

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