15 俺の嫁(仮)の生い立ちがやばい


 新たに嫁(仮)ことアルカをパーティーに加えた俺は、ともにレオリニアから北の山岳地帯へと向かっていた。


 アルカの話によれば、ここから北にある城塞都市――オルグレンは常に魔物からの攻撃に晒されているらしく、常にこれの討伐クエストを受注してくれる冒険者たちを心待ちにしているという。


 しかしオルグレンを襲う魔物たちはとにかく強力なものが多く、冒険者の死亡率も高いことから、クエストの多さに反比例するかのように受注者が少ないらしい。



「てか、そんな情報を知ってたんならなんで行かなかったんだ? 君は聖女さまだろ?」



「ふむ、確かにそうなのだが、私は親の意向もあってか、基本的に対人戦にしか興味がなくてな。魔物は襲ってきた時か食う時くらいしか相手にしてこなかったのだ」



 そうだった。


 この人、聖女の役割を放置して各種武術大会を総ナメにしてたんだった。


 思わず手で顔を覆いつつ、俺は彼女に問う。



「そういえば、さっきも親御さんが死力を尽くして夫婦になったって言ってたけど、もしかしてそういう風習がある場所の生まれなのか?」



「ああ、そうだ。私の生まれた村は何故か女しか生まれない不思議な村でな。深い森の中にある隠れ里のようなものだったのだが、それゆえに村人たちは皆男勝りというか、戦士のような感じだったのだ」



「あー……」



 なんだろう。


 妙に納得してしまった自分がいる。


 そりゃワイルドな家庭的にもなるわ。


 しかし女しか生まれない村か。



「でもそれじゃ子どもは作れないだろ? どうしてたんだ?」



「うむ、そこで我らの一族は年に一度森を出て伴侶を探しに行くのだ。自分を倒せるくらい強い男と夫婦になるためにな」



「なるほど。だからアルカの親御さんもそうして出会ったと」



「ああ、そうだ。だが村は男子禁制。ゆえに夫婦となった者たちは森の外にある村で暮らし、赤子が三つになった時に母親とともに森へと戻ってくる」



「え、お父さんは?」



「当然、父親は森の外の村で暮らしたままだ。赤子は母親から10年の時をかけて教育を施され、新たな村の戦士となる。その時になってはじめて母親は役目を終え、森の外にいる父親のもとへと行くことを許されるのだ」



「そ、そうなんですね……」



 思わず敬語になってしまう。


 まさかそんなしきたりの村があるとは思いもしなかった。


 10年も奥さんと娘さんに会えないなんて、お父さんもよく我慢出来るな……って、うん?


 しかしそこで俺はふと思う。


 俺の嫁になりたがっているアルカがその村の出だということは、仮にそれが叶ったとしても、俺たちもその掟に縛られなければならないのだろうか、と。



「――ふふ、心配するな」



「えっ?」



 だが俺がそういった杞憂を抱くことは彼女も予想済みだったようで、アルカはその怜悧な容貌を和らげて言った。



「私は聖女としての任を負った者。ゆえに村の掟からは外れている。たとえ子を成したところで、それを長たちに奪われることはないはずだ」



「な、なるほど」



 別にまだ彼女と夫婦になると決めたわけではないのだが、それを聞いてほっとしている自分がいるのも事実だった。


 男心は複雑である。


 が。



「いや、だが聖女である私とそれを打ち負かしたお前の子だからな。さぞかし優秀な戦士になるだろうし、是が非でも血筋を残したいと躍起になってくる可能性が割とあるかもしれん」



「えぇ……」



 じゃあやっぱりダメじゃねえか……。



      ◇



 そんなこんなで日も沈みかけ、俺たちは近くの村で宿を手配しようとしていたのだが、



「おい、何故部屋を別々にする必要がある?」



 聖女さまからまさかの待ったがかかってしまった。


 そりゃ仮にも年頃の男女なのだから、同じ部屋で寝るのは色々とまずいだろと説明したものの、「何を言う。私たちは夫婦となるべくして生まれ落ちた者同士だぞ?」とわけの分からない理屈でぐいぐい迫られ、結局同じ部屋で寝ることになった。


 部屋が一つしかないから野宿してこいと罵声を浴びせてきたエルマとは大違いである。


 いや、まあ「じゃあ一緒に寝ましょうか」とか言われても、それはそれで困っただろうが。


 ともあれ、一応ベッドは二つあるし、心を無の境地にでも送り込んでおけばきっと大丈夫だろう。


 たとえアルカが寝所用のめちゃくちゃ薄い恰好ですでに俺のベッドに入ってきていたとしても、だ。


 そう、俺は出来る子である。


 頑張れ俺、負けるな俺。



「……」



 てか、なんで入ってきちゃったのぉ~!?


 だからお部屋を分けようって言ったのにぃ~!?


 色々な我慢が限界に達し、一人泣きそうになる俺だったが、



「――お前には感謝しているんだ」



「……えっ?」



 ふいにアルカがそう小声でこぼし、俺の頭がすっと冷静になる。


 すると、彼女は俺の背に額をくっつけたまま、こう続けた。



「私は強く在らねばならなかった。聖女とはそういうものだと常々教え込まれてきたからだ。だから決して誰にも負けまいと、今までただひたすらに強くなることだけを考えて生きてきた」



 だが、とアルカは少々声のトーンを下げて続ける。



「同時に負けることが怖くもなった。だってそうだろう? 弱い聖女に価値はないと、ずっとそう言われ続けてきたのだ。もし負けて価値がなくなってしまったら、この先私は一体何を支えとして生きていけばよいのか――それが分からなかったんだ……」



「……」



「でも全力を出し切ってお前に負けた瞬間、なんと言うのだろうな、すっと肩の荷が下りたような気がした。この人なら、きっと弱い聖女の私でも受け入れてくれると思ったんだ」



「……そっか。だから……」



「うん。――子種をもらおうと思った」



「……うん?」



 いや、違うだろ!? と俺は慌てて上体を起こして声を張り上げた。



「そこはなんかもっとこうあるでしょ!? この人と一緒に歩いていきたい的な!?」



 自分で言うのもどうかと思うけど!?



「いや、そうかもしれんが、子を産みたい欲求も出てしまってな。いやはや、困ったものだ」



 はっはっはっ、と鷹揚に笑うアルカに、俺は(何この締まらない会話……)と思いつつも、まあ楽しそうならいいかと諦めることにしたのだった。

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