12 俺はさらに強くなる


 アルカディアが何故自分の仲間であるはずの連中をのしていたのか。


 訝しむ俺に、彼女はその怜悧な容貌を和らげて言った。



「まあそう構えるな。お前とやり合うつもりはない」



 実際に近くで見て実感したが、アルカディアはとても美しい女性だった。


 エルマはエルマで万人が美女だと認めるような顔立ちをしていたが、アルカディアはそれに引けを取らない美女だったのである。


 言ってみれば、エルマは可愛い系の美女で、アルカディアは綺麗系の美女だろう。



「どういうつもりだ? こいつらは君の仲間じゃなかったのか?」



 ともあれ、俺はアルカディアに真意を問う。


 すると、彼女は鼻で笑いながら言った。



「仲間だと? こんなゲスどもの仲間になった覚えなどない」



「でも君はガンフリート商会の冒険者として試合に登録しているはずだ」



「ああ、しているとも。だが別に私は誰でもよかったのだ。私の力に耐えられる槍を作れるのであれば、誰でもな」



 そう言って、アルカディアが手にしていた紫色の槍を見やる。


 素人の俺から見ても、あれがかなりの一品であるのは明白だった。



「それで君の目的はなんだ? 何故俺たちを助けるような真似をする?」



「当然、お前と全力で戦うためだ。それ以外に何がある?」



「いや、俺と全力で戦うためって……」



 そんな理由で自分の雇い主の意向に逆らったと本気で言っているのだろうか。


 いまいち彼女が何を考えているのかが分からない。



「別に信じずとも構わん。私は私の意志に従って動くだけだからな」



「……なるほど。だから気に食わないやつは、たとえ依頼主であっても容赦はしないと」



「そういうことだ。理解力のある男は好ましいぞ」



「そりゃどうも。でもいいのか? 君はそれでいいとしても、商会の方はカンカンだと思うぞ」



「だからなんだというのだ。私は聖女アルカディア。文句があるなら力尽くで従わせればいい。もっとも、今のこの世に私に勝てる者がいるとは思わないがな」



「さ、さいですか……」



 なんだろう。


 聖女って自信過剰な人しかいないのかな……。


 俺が内心そんなことを考えていると、アルカディアはやはり顔に余裕を孕ませて言った。



「だがお前はなかなか見込みがあるぞ、炎の剣士。あのような戦い方は私も見たことがない。お前とならば、私も胸の躍る戦いが出来よう」



「そうだな。俺も〝聖女〟が相手となれば、本気でやらないとやばそうだからな」



「ふふ、何を言う」



「?」



 途端に笑い始めたアルカディアに、俺はどうしたのかと小首を傾げる。


 すると、アルカディアはさも当然のように言った。



「お前が本気を出そうが出すまいが、この私に勝てるはずがないだろう?」



「……」



 やべえ、今すぐにでもその鼻をへし折ってやりてえ……。


 少々自信が過剰すぎる聖女さまに、俺はそう半眼を向けていたのだった。



      ◇



 そうして迎えた決勝戦当日。


 祝砲の音が快晴の空に響く中、俺は闘技場の中心でアルカディアと対峙していた。


 昨日アルカディアにはああ言われたが、もちろん俺も負けるつもりはない。


 少々彼女の言動にイラッとしたからとか、そういうことではなく、元々俺はレイアさんたち親子のために、この大会で優勝しようと思ったのだ。


 ならば当初の目的を忘れてはならない。


 ゆえに、俺は一度冷静さを取り戻し、改めて彼女たちのために戦う旨を心に誓ってからこの場に臨んだのである。


 まあどのみち俺が勝てばアルカディアも少しは落ち着くだろうしな。


 一石二鳥というやつだ。



「まずは臆せず来たことを褒めてやろう」



「そっちもな。俺は割と頑張る子だから覚悟しておけよ」



「ふ、戯れ言を。ならばその頑張りとやらが、まるで意味をなさないということを身を以て教えてやろう」



 ぶんぶんと軽快に槍を振り回し、アルカディアが戦闘態勢を取る。


 当然、俺も腰の鞘からヒノカグヅチを抜き、片刃のもっとも抜剣が速い構えを取った。


 そして。

 


 ――ごーんっ!



「「――っ!」」



 試合開始の合図とともに、俺たちは地を蹴った。



      ◇



「はあああああああああああああああああああっ!」



 ――がきんっ!



「うおっ!?」



 さすがは聖女と言ったところだろうか。


 技の威力、速さ、切り替えの判断など――全てにおいて彼女は高次元の技量を持っていた。


 そりゃあれだけ自信過剰にもなるだろう。



「おらあっ!」



「甘い!」



 ――ざんっ!



「ぐはあっ!?」



 ずざざっ、と俺は地面を転がる。


 何せ、ヒノカグヅチの変則攻撃にも即座に対応してくるほどだ。


 あきらかに今までの相手とは格の違う絶対的強者。


 これが《神槍》のスキルを持つ聖女の力、か。



「……何がおかしい?」



 上体を起こそうとしていた俺に、アルカディアが訝しげに眉を顰めて問う。


 どうやら知らないうちに笑みがこぼれていたらしい。



「いや、嬉しいんだよ」



「嬉しい、だと?」



「ああ。君みたいに強いやつに会えたことがな」



 そして、と俺の身体から炎が溢れ出す。



「俺がまだまだ強くなれることがな!」



 ――ごごうっ!



「なっ!? その形状は……っ!?」



 さぞかし驚いたことだろう。


 アルカディアは愕然と固まっていた。


 当然である。


 だって俺の手にしていた武器は、両手で構える長柄の代物。



 そう――〝槍〟だったのだから。

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