9 だから俺は〝聖女〟よりも強い


 当然、レイアさんは反対した。


 自分の技量で出来るものなどたかが知れていると。


 だから俺も反論した。


 ならそのたかが知れているもので、最高の武器たちを打ち破ってみせると。


 俺としては真面目に言ったつもりだったのだが、レイアさんにはあまりにも馬鹿げた言葉に聞こえたようで、思わず気が抜けたらしい。


 彼女はふっと笑いながら、「……分かったよ。あんたに賭けてみることにする」と言ってくれた。


 ならばその期待を裏切るわけにはいかない。


 とはいえ、俺が戦闘スタイルを確立出来ないことには、彼女も武器作りに入ることは出来ないだろう。


 武神祭当日までは残り10日。


 武器を作るのに最低一週間はかかるとして、猶予は3日しかない。


 その3日の間で、俺は並み居る強豪たちに立ち向かえるだけの技量を身につけなければならなかったのである。


 もっとも、俺には《不死鳥》のスキルがあるし、スタミナも無尽蔵、火属性の術技も繰り出せるので、やろうと思えば適当な武器でもなんとかなるとは思う。


 でも、なんと言えばいいのだろうか。


 今回はそれだけではダメだと思った。


 レイアさんが本気で俺と向き合うことを決めてくれたのだ。


 ならば俺も本気で自分の可能性と向き合いたい――そう思ったのである。



「ふんっ、ふんっ、ふんっ」



 というわけで、俺は自分に最適な武器を探るべく、レイアさんから借りた安価な武器類を手に、町外れの草原で一人素振りをしていた。



「おりゃあ!」



 ――ぶんっ!



 だが不思議なもので、なんか全部合う気がしてくるんですよね……。


 今だって全力で斧を振ってみたけれど、これはこれでいいなって感じだったし。



「武器を選ぶのって意外と難しいな……」



 ふう、と一息吐き、俺は草むらに腰を下ろして夕焼け空を見据える。



「――あ、こちらにいたんですね」



 すると、フィオちゃんがバスケットを両手で抱えながら、笑顔で声をかけてきた。



「やあ、フィオちゃん。レイアさんのお手伝いはもういいのかい?」



「はい。なのでイグザさんにお差し入れを持っていけたらと思いまして」



 そう言って、フィオちゃんがバスケットの中からパンを取り出してくれる。



「ありがとう。ちょうど小腹が空いてたんだ」



「えへへ、それはよかったです」



 はむっ、とパンを頬張る。


 多少の硬さなどなんのその。


 薄味でとても美味しいパンだった。


 最中、俺は雑談がてらフィオちゃんに尋ねる。



「なあ、フィオちゃん。俺に合ってる武器ってなんだと思う?」



「イグザさんに合ってる武器ですか?」



「うん」



「えっと、フィオにはよく分からないんですけど、イグザさんの中で一番好きな武器はなんなのでしょうか?」



「俺の一番好きな武器?」



「はい」



 改めてそう言われると迷うな。


 剣は言わずもがな、槍も慣れれば使いやすそうだし、弓もカッコいいからなぁ。


 斧も〝漢〟って感じがするし……うーん。



「えへへ、ごめんなさい。迷っちゃいますよね。じゃあえっと……一番強いと思う武器、とか……」



「一番強い武器……」



 それは……やっぱり〝剣〟かもしれない。


 だって俺はずっと見てきたから。


 全ての剣技をマスター出来るレアスキル――《剣聖》を持つ幼馴染の姿を。


 そして負わされ続けてきたのだ。


 そんな彼女が受けたダメージの全てを。


 それはつまり――。



「……そうか。そういうことか」



「?」



 不思議そうな顔をしているフィオちゃんに、俺は手にしていたパンを一気に呑み込んで言った。



「ありがとう、フィオちゃん! なんか掴めた気がする!」



      ◇



 そうして迎えた武神祭当日。


 俺は大歓声の中、闘技場の中心にいた。


 もちろん観客席にはフィオちゃんとレイアさんの姿もあり、二人とも心配そうに試合の行く末を見守っている。


 俺と相対するのはフルプレートアーマーに身を包んだ筋骨隆々の大男で、扱う武器はやはり巨大な長柄の戦斧。


 まともに受ければ致命傷は避けられないだろう。


 まあ俺は不死身の上、受ける気などこれっぽっちもないのだが。



「それがお前の武器か。鍛冶師ラフラの店の武器だとは聞いていたが、随分とアンバランスな短剣だな。些か柄が長すぎるように見えるぞ」



「そうだな。だからこれは短剣じゃない」



「何? ならばなんだと言うのだ?」



 ごーんっ! と試合開始の鐘が鳴らされる。



 ――ごうっ!



「なっ!?」



 その瞬間、俺の持つ武器に凝縮された炎の刀身が現れ、男性が驚愕に目を見開く。


 そう、これは短剣じゃない。


 俺の中に眠るヒノカミさまの力――つまりは炎を刃に換えるための武器。



「――〝魔刃剣ヒノカグヅチ〟。それがこの武器の名だ」



「魔刃剣、ヒノカグヅチ……」



 反芻するように呟く男性だが、彼は口元に笑みを浮かべて言った。



「なるほど。大層な名前ではあるが、結局のところただの属性武器であろう? それもその形状――速さに重きを置いているな」



 つまり、と男性が戦斧を振りかぶって構える。


 そして。



「防御特化の俺には通じんということだッ!」



 ――ぶうんっ!



 全力で俺を仕留めるべく攻撃してきた。



 が。



 ――がきんっ!



「ぐうっ!?」



 俺はそれを凄まじい速さの一撃で弾き返したのだった。



      ◇



 俺には幼馴染がいた。


 彼女は才能に溢れていて、俺は無能だった。


 だから俺は将来有望な彼女の代わりに、全てのダメージを負った。


 どんなに些細なダメージや負荷でも、全部俺が身代わりになった。


 何年も、何年も、《剣聖》のスキルを持つ彼女の動きと同じダメージを、俺は負い続けたのだ。


 まったく同じ負荷を身体に与えられ続けたのだ。



 つまりそれは――俺が《剣聖》のスキルを持っているのと同じこと。



 ならば俺にそれが出来ないはずがない。


 長剣を、双剣を、細剣を、両剣を、大剣を――全ての剣技を俺が使えないはずがない。



 ――しゃきんっ!



「なっ!? 双剣に変化しただと!? ――があっ!?」



 柄を二本に分け、目にも留まらぬ速さで連撃を加えた後、俺はまた柄を一本に戻して炎の刃を顕現させる。


 次に姿を現したのは、飛竜すら一刀のもとに斬り伏せそうなほど巨大な刀身だった。



「ちょ、待っ――」



 エルマが使えるのは聖剣のみ。


 様々な剣技の修練を積んでも、持てる武器には限りがあるからだ。



 ならば即座に武器を切り替えられる俺の方が――〝聖女〟よりも強い!



 ――ずがんっ!

 


 そうして、容赦のない一撃が男性の頭上に振り下ろされたのだった。

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