アイ・ライク・♡
さちり
ある日の昼休み
「初めて見たときから気になってました」
花びらとともに風に吹かれ、乱れる髪を気にせずに頭を下げる。
「好きです」
⭐︎
「夏海は気になる人とかいないの?」
「はあ?」
梨崎春乃の言葉に佐藤夏海はわかりやすく動揺し、あやうく飲んでいた温かいお茶を吹き出しそうになった。
「なんでそんなこと聞くんですかー?」
「女子高生だから?」
そう言われてはなにも返せない__世間的には百点満点の女子高生の会話だからだ。
二人は春乃特製のクッキーをつまみながら再び会話を再開する。量がかなり多いようだが食べ切れるのだろうか。
「じゃあ春乃はいるの、気になる人」
まるで茶番に付き合うように、それでいてテンプレ通りに夏海はそう返した。
すると春乃はこれまた少女漫画でよく見るように頬をほんのりと赤らめて、おなじくほんのりと茶色がかった自慢の髪を触りながら口を開いた。
「うん、いるよ。好きなひと」
⭐︎
「このクラスだったらだれがかわいいと思う?」
「えっ、冬人とか?」
「ごめんなさい。きっと秋葉くんにはもっといい人がいると思うの」
「勝手に失恋させんな!冗談だよじょーだん」
おまえがそんな珍しいこと言うから、と秋葉は続けた。
西川秋葉と中島冬人は今までそういう、つまりは恋愛についての話はまったくと言っていいほどなかった。
高校生がこんなんでいいのかと言われるかもしれないが、これが心地いいからしょうがない。
「で、どうなん?」
「グイグイ来んな、ちょっと待てって」
秋葉がそう言い、クラスを見回すと、二人組の少女が目にはいった。
「しいていうなら、梨崎さん、かな。梨崎春乃」
髪の毛がふわふわしていてかわいいと言おうとした瞬間、冬人が突然立ち上がった。
困惑する秋葉以上に呆然とする冬人が目をパチクリしながら口を開いた。
「なんか、かわいそ、俺ら」
「なにがだよ」
勝手にかわいそうと言われた秋葉は冬人に対抗するように立ち上がった。
「好きやつがいてなにが悪いんだよ」
⭐︎
「じゃあじゃあ、好きなタイプとかは?」
なかなか食い下がらない春乃に夏海は呆れを通り越して驚いていた。
二人は、まったく、そんな話をしてこなかったのだ。それがなぜか今日、急に男の話をしましょうとなっている。
「春乃はどうなの」
はぐらされると思っていた夏海の予想に反して、春乃は楽しそうに口を開いた。
「笑顔が、すてき。いっしょにいて、楽しい」
春乃は指を一つ一つたてながら夏海にそう言った。そんな一年間いっしょにいて見たことのない笑顔を見せる春乃に、なぜか夏海は腹がたった。
「なんかそれ、ちがくない?タイプって、その、」
夏海は思わず口を開いてから後悔する。この先に続けるべき言葉が見つからないが、後にもひけないので、適当に話し始める。
「容姿とか?性格もそうだけど、見た目もぶっちゃけ大事でしょ。目が大きい!とか」
「じゃあね、」
春乃は夏海を見つめながら言った。
「背が高いのが、好き」
⭐︎
自分より背の高い冬人を睨むことに疲れ、降参だ、と秋葉は座り込むと首を振った。
「ごめん、うそ。とりあえずなんか言わなきゃと思っただけ。あー、それで?」
「それでってなにが?」
「おまえはどうなんだよ。オレみたいな野郎のはなしをわざわざ聞くからには、なんか話したいことがあんだろ」
そう冬人を問いつめようとしたとき、聴き慣れない高い声がかけられた。
「ねえ、クッキー作りすぎちゃったんだけど、食べるの手伝ってくれないかな?」
そこにはクッキーの入った袋を片手に満面の笑みを浮かべる梨崎春乃と少し戸惑ったように数歩退いた佐藤夏海がいた。
突然の来訪に秋葉と冬人は思考が停止し、それでも冬人がなんとか口を開いてくれた。
「クッキー、好き、だよ」
⭐︎
「なに考えてるの!」
夏海は今すぐ春乃の腕を引っ張りそう叫びたかった。しかしそれは目の前で夏海と同様に固まっている西川秋葉と中島冬人に失礼である。
「い、いただきます!」
緊張よりも気まずさが勝ったのだろう、秋葉が上ずった声を出しながらクッキーを口に放り込んだ。
「おいし! これ手作り? ちょーおいしい! プロ!」
秋葉が強張った顔をほころばせながらもう一つクッキーを手にとった。それを見て嬉しそうに笑う春乃に負けじと夏海もさんざん食べたクッキーに手をのばす。
二人がばくばくとクッキーを食べる姿を見た冬人もクッキーを手に取り、「美味しい」と呟く。
「ありがと」
その小さな声に春乃は優しくほほ笑んだ。
二人の視線が絡む。なんだかそれは立ち入ってはいけないもののような気がして、思わず夏海は目を逸らしたが、真逆の行動をとる者もいた。
「冬人って好きなやついんの?」
⭐︎
さすがにわかった。
恋愛なんてしたことない秋葉だったが、さすがにわかった。
そう、秋葉は一瞬の春乃と冬人が目があった瞬間、彼女の視線の合図を察することができたのだ。
間違いない、春乃は冬人のことが好きだ。
それにもう春乃は冬人に告白したのではないか。きっと恋愛初心者の冬人のことだから、少し考えさせてくれとでも言ったのだろう。そう考えると冬人の「かわいそ」発言も辻褄があう。
そして今、秋葉は自分のすべきことを理解していた。
二人を、くっつける、ことだ。
秋葉は冬人のことを一番の友人で、良いやつだと知っている。春乃だって優しそうでかわいい女の子ではないか、クッキーも美味しいし。
つまり秋葉が恋のキューピッドとなることで、みんなが幸せになれる。
「な、どうなんだよ冬人。好きなやついんのか?」
⭐︎
なにをしているんだこの男は、と夏海は大きくため息をつきたくなった。そんな彼女の視線に気がついていないのか、秋葉はだんまりの冬人から今度は春乃に目を向けた。
「じゃあさ、梨崎さんはどうなの?」
突然の流れ弾に春乃はうええ、と声をあげた。
「付き合ってるやつとかいんの?」
春乃がぶんぶんと首を横に振った。
「タイプの男は?」
「えーと」
「えーいいじゃん、教えてよ」
「うーんと」
ああ、と夏海はあることを考えついた。
秋葉は、春乃が好きなのだ。だからこんなふうにたくさん喋って、春乃と関わろうとしている。
夏海は二人を視線の中にいれたくなくて、膝の上にのせた握りこぶしを見つめた。だから急に春乃が叫んだときは驚いた。
「好きな人、います!」
⭐︎
やはり、か。
秋葉は自分の考えが合っていることを確信する。
「えー告白とかしないの?」
これは意地悪な質問だったかな、と秋葉は口に出してから後悔する。しかし恋のキューピッドとしてはこの初々しい二人を積極的にしなければ一歩進めないだろう。
「もう一回アタックしてみれば、案外いけるかも。ねえ、オレら、お喋りして仲良くなったじゃん」
秋葉はクッキーを二つ同時に口に放りこみながらそう言い、自然に告白タイムの流れに誘導する。自分でいうのもなんだが高度なテクニックだ。
一瞬静寂があり、誰かが言葉を呟く。
「改めて、なんだけど」
冬人はその言葉で自分の仮説が正しかったことを知る。やはり告白も済んでいたのだ。
しかし、なにかがおかしい。そう、聞こえるはずなのは女の子の声なのに、今のは、
「篠崎さん!好きです!」
⭐︎
夏海にはもうなにがなんだかわからなかった。秋葉がいつも通りてきとうにベラベラ喋ると、いつの間にか冬人が春乃に告白していた。
予想外の展開に流れる沈黙を破ったのは春乃だった。
こっちも改めてになっちゃうんだけどね?と春乃は前置きをする。
「ごめんなさい」
すると急に春乃がこちらを向いた。
「私ね、夏海が好きだよ」
⭐︎
春乃の見たことのない真っすぐな瞳に、夏海は目を逸らしそうになるが、なんとか右手を握りしめて春乃の見つめ返す。
『それは友達としてでしょ』
それはあまりにも野暮な質問だ。
驚いたのはもちろんで、春乃に好意をもっているのももちろんだった。しかし夏海は言わなければならないことがある。
夏海は大きく大きく息を吸って、吐いて、よし、と自分に気合をいれた。
「ごめん、春乃。わたしもさ、その、そういう人いるから」
夏海は視線と体を正面に向ける。背の高い夏海が胸を張ると、秋葉と同じくらいの目線になった。
「わたし、西川秋葉くんのことが好きです」
⭐︎
正直いって秋葉の頭はパンク寸前だった。
冬人は春乃に。春乃は夏海に。夏海は秋葉に。
隣の席から出た相関図のやじるしは、いつの間にか一周して自分のとこまでのびてきた。
三人の視線を一気にうけて、秋葉の首筋に季節外れの汗がたらりと流れる。
夏海に告白されたが、秋葉は彼女と話したのは初めてだったし、なにも知らずに付き合うのは嫌だった。
「......ごめん」
だからそう言ったのに、なぜか三人はまだ秋葉を見つめていた。そしてちらちらと冬人のほうも見ている。
ああ、これは。
鈍い秋葉でもわかる、この話は『ある言葉』を言わないと終わらない、終われないのだ。
「実は、オレさ」
この気まずさから逃げ出せるならなんでもいい。うそをつくのは申し訳ないけれど、あとで謝るから許してほしい。
「冬人のこと、好きなんだよね」
⭐︎
どういう風の吹き回しなのか、秋葉にはいまだに理解できなかったが、今日は春乃、夏海、秋葉と冬人で遊園地に遊びに来ている。
あの告白のあと、冬人には振られ、春乃に「ライバルだ」なんて睨まれて、実は話を全く聞いていなかった。だから放課後、冬人が自慢の長い髪の毛を結いながらどんな服を着てこようかと相談されたときにはビックリした。(俺は隣に並びたくなくなるレベルのダサさじゃなければなんでもいいぜ、と冬人に言われた。結局まだその場のノリだと言えてない)
ショッピングモールとかならまだわかるが、なぜ初手から遊園地なのか。四人は四角形のドロドロとした関係ではないのか。あふれ出す謎の答えを議論に参加しなかった秋葉が知るはずもない。
だから、思い切って聞いてみた。
「そりゃもちろん、」
「お互いのことが大好きだからでしょ」
アイ・ライク・♡ さちり @sachiri22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます