プロローグー3 加納
その日、私と川瀬さん畑中さんは食堂で昼食を食べていた。
2人は私と同じ英語の授業を取っていて、学部も違うがなんやかんやと付き合うようになった仲だ。
川瀬さんは私と同じくらいの高すぎず低すぎずな背丈の女子で、同じ外国語学部。髪は茶髪でどことなく無邪気というかあどけない表情が特徴の子だ。自由さが目に見えていて、人懐っこさがありつつも人嫌いしない感じが好ましく思えた。それとなく近くにいることを利用して仲良くなった。ちなみに今日は唐揚げ定食を食べている。一番、おいしそうだと言っていた。
畑中さんは対照的に人嫌いという感じが露骨に滲みだしている人だ。所属は文学部の哲学科。私たちより結構高めの背丈で、異様に長い黒髪。細身の手足と、整っている割に睨みつけるような顔立ち。格好は大体Tシャツにジーパン。あと、わがままで横暴。喫煙所じゃないところで電子タバコを吸う、未成年のくせに。哲学科はどうしてここまでわかりやすく変人なのか。あと、川瀬さんに異様にやさしく、私に対してなぜか辛辣だった。ちなみに、今日は鳥のささみ定食を食べている。一番、栄養があって安いと言っていた。
「はあ・・・・」
そんな二人と話しているときに思わず大きなため息が出てしまった。私、こと加納は今日はかけそばにトッピングで小鉢を置いて食べている。私は・・・・なんでこれ選んだんだったかな、覚えてない。
「加納さん・・・どしたの?」
「また、えらいでかいため息で」
川瀬さんは心配そうに、畑中さんは少し呆れたように声をかけてくる。
「いや、ごめん、なんでも・・・ない」
もう一度、ため息をついてそういうと、眼前の二人は無言で目を見合わせた。川瀬さんは首を傾げて、畑中さんは肩をすくめる。
「気になるなあ・・・」
「多分、しょうもないことで悩んでるんでしょ」
む、相変わらず失礼な人だ。私は少し顔を歪めたが、すぐに元に戻す。わずか二週間ばかりの付き合いであるが、この人の失礼さ加減にも、もう慣れたものだ。
「いや、昨日二人で聞いてた話しあったでしょ」
「あー、ザキさんの?」
「そうそう」
「何それ」
「えーとね、かいつまんで話すとーーーー」
その場にいなかった畑中さんに川瀬さんが軽く省略して昨日の話の内容を話していた。山崎さんの昔話は結構、ショッキングだったから、私たちはかなり興奮して聞いていたのを覚えている。案の定、畑中さんもどことなく楽しげにその話を聞いていた。いや、この人は川瀬さんの話だから楽しく聞いてるだけかもしれない。そういうやつだ。
「話が終わった後に、こっそり名前聞いといたの。この学校内にいるんだったらーと思って。で、その付き合ってた人ってのがどうも私の、仲のいい先輩っぽいの」
「え、ほんと?」
川瀬さんが目を丸くする。
「うん、本人に高校のころ彼氏いました?って聞いたら、いたっていうし。別れた時期的にも多分間違いないかなーって」
「へー、世界狭いねえ」
「ほんとにね・・・」
ふうとため息をつく。ほんとに、こんなことってあるのって感じだ。
「で、加納さんは何悩んでるの?」
そう、それが問題なのだ。
「えーとね・・・これ、本人たちに伝えるべき?」
場が一瞬沈黙する。とっさに答えが出てこない質問だ。でも、沈黙を最初に破ったのは、案の定というか畑中さんだった。
「伝える必要あるの?それ。所属くらい知ってるかもしんないし、それで何か変わるわけでもないでしょ。そもそも会いたがってるかもわかんないし」
「まあ、・・・・そうなんだけどね」
どことなく、なげやりなそんな言葉に。私は多少、癪ながらふむと唸る。確かに、そこはわからない。そして、私が一方的に空回りして、いい結果に結びつくとは限らない。そういうことは昔、何度かあった。
しかも、もし。もしそれを聞くことで嫌な記憶を掘り返すようであれば・・・。ぶるっと思わず震える。高校時代のとらのうまがよみがえってしまう。
「・・・川瀬さんはどう思う?」
「私?私は・・・・そーだなあ」
川瀬さんは首を捻る。そのまま腕を組んでうーんと唸る。真剣そうな表情で悩んでいる、シンプルに人のために悩んでいる。そんな姿だけで、いい子なのだなと思えた。それからぽんと思いついたように手を叩いた。頭の上に電球でも浮かんでいるかのような顔をしている。
「やっぱり、会いたいですか?って聞くかなあ」
妙案、とでも言いたいかのようににっこりと笑って提案してきた。妙案・・・か?
「川瀬さん、それ・・・、嫌な気持ちにさせたらどうするの?」
「え?ごめんなさいって、謝る」
あっけらかんと何でもないふうに答える。シンプル、単純。あまりの簡潔さに、私はちょっと毒気が抜かれて肩を落とした。隣の畑中さんも笑いながら軽く肩をすくめている。
「・・・・・シンプルだねえ、川瀬さんは」
「みはるんはそういうところがいいとこだ」
でもそれが一番なのだろう。私たちはこの単純さにひかれて集まったのだ。まあとりあえずやってみるかと軽く笑って、私たちはその場は解散した。してもいないことを悩んでも仕方ないのだろう。山崎さんには川瀬さんから聞いてくれることになった。
踏み込んで大丈夫なのかなあ。
まだ、少し悩みながら。でも川瀬さんの言葉に背中を押されながら、私は合唱部の部室を目指した。
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「高校の頃の彼に会いたいか?なんでそんなこと聞くの?」
「はい、え、えーと
合唱部の部室で日下部先輩と話せる機会があったので、それとなく話題を振ってみていた。まだ周りに人も多いのは少し気になったが、割合騒がしいので大丈夫だろう、他人には聞かれていない。
日下部先輩は二回生で私と担当するパートが同じソプラノだったので、話す機会も結構あった。人当たりが良く落ち着いて話を聞いてくれるので、短い期間ではあるが後輩たちからはすでに結構慕われている。肩ほどまでの髪とすらりと細い手足、背丈は私と同じくらい。顔立ちも整っていて、彼氏なんて、いくらいてもおかしくないのだが、彼氏はいないと明確に公言している。男子新入生たちが歓喜し、なぜか女子新入生も嬌声をあげた。あと、落ち着いた見た目に反して、発生する高音は声量がえげつない。一度、ソロを聞いたときはその細い身体からどうやってそんな声が出るんだと訝しんだりした。
「うーん、そうだなー。彼と会いたいか、かあ・・・」
唇に手を当てて、少し声を落として考え込むような格好になる。ただそれも少しだけで、すぐに何かに気付いたような顔になるとふっと笑った。少し、寂しげな顔。
「恥ずかしい話だけどさ、会いたいなあ。今でも、好きなんだねきっと」
声のトーンがさらに落ちて、こっそりと本音をつぶやくようにそう言った。普段、落ち着いた先輩が、朗らかにでも少し悲しそうに笑う。
その顔があまりに寂しそうだったから。
そっか、好きか。まだ、好きなんですね。一年半前に分かれた彼がまだ好きなんですね。きっとどの話題を出してもしないような、そんな顔を見せるくらいにはまだ想っているんですね。だから今も彼氏いないんですね、きっと心の中のその席はまだ彼のためにとってあるんですね。
「・・・・・・・・・・・・尊い」
そこまで心の中で整理しおえてから、思わず考える人みたいなポーズになって、小声でつぶやく。はあー、無理、素敵、ため息がこぼれる。全米が泣いて、火山が爆発する。私もこんな恋したい、いや私じゃ無理だな、こんな尊い感情わいてこねーわ。とりあえず今すぐ、ハッピーエンドに包まれてほしい。もうこの人を抱えて美術部に山崎さんと一緒に叩き込んでしまいたい。そのままゴールインでもベッドインでもなんでもすればいいのだ。末永く爆発しろ。そして、そのまま孫に囲まれて二人同時に老衰で死んでくれ、ついでに最期の瞬間まで手を繋いで逝ってほしい。
「加納さん・・・・大丈夫?ごめん、こんな話、未練ったらしいよね?」
一人唸っていた私に対し、日下部先輩は少し申し訳なさそうに目を伏せる。そんな姿も愛らしい。しかし先輩思い違いをしています。
「未練ったらしいなんて、そんなことありません!!日下部先輩に恥ずかしいことなんてどこもありません!!好きな人を永く想っていることの何が悪いんですか!!そんなこと言うやつがいたら、私が局部ぶっ潰してやりますよ!!」
思わず熱が入って、声が大きくなった。周囲がなんだなんだとこちらに眼を向けて、はっと我に返る。な、なんでもありませーん、ととぼけて思わず上がった腰を椅子に下ろす。日下部先輩は少し面食らったような顔をしていたが、軽く笑ってあはは、ありがとうと私に告げた。ただ、そういう声は少し寂しそうだった、きっと叶わない想いだと感じているのだろうと思った。
しかし、いかん。つい熱が入りすぎている。私はふーふーと息を落ち着ける。この癖のせいで何度失敗したことがあるだろう。
感情を暴走させるな、先走るな。状況をよく見ろ。やりすぎ、ダメ、絶対。
その後、日下部先輩とはあまり話す機会もなく合唱の練習が始まり、そのまま流れで解散した。
帰りにご飯にいくグループがあったので、乗ってみたが日下部先輩は用事があって先に帰ってしまうみたいだった。残念まだ話したかったのに。
大学近くの定食屋『やすじ』について、同回生や先輩たちと適度に話をしながら、ふと思う。
あれ?でも確か、日下部先輩の方から山崎さんを振ったんだよね?
ずずっと、みそ汁を吸いながら、今日の先輩の顔を今一度、思い浮かべる。あんな顔をする人が、自分から別れを告げたりするだろうか。
うーん、とみそ汁に口をつけたまま悩む。その間、ずーっと日下部先輩の少し悲しそうな笑顔と、会いたいと言った声を思い浮かべる。
「はあ・・・・とうと・・・・」
思わず、呟く。
あれをおかずに何杯でもごはんが食べれる。今飲んでんのみそ汁だけど。
しかし、さてさて、どうしたものかな。
定食屋でたくさんの人に囲まれながら、一人、私はみそ汁の椀の中で唸っていた。
あの恋はなんとしても成就させねば。
私はあの人たちを応援したいのだ。
妙案を求めて、私は一人、唸る。
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ちなみに、この日から少しずつ、加納さんはちょっと変な人という噂が広がり始めた。
何故だ。上手いこと隠してたはずなのに。
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