第38話 - セドリオン対談
ヨルムンガンドのダンジョンから戻ってきた
ダンジョンはヨルムンガンドが支配していたダンジョンだけあって最下層は超広大な空間が広がっている。さすがに閉じてしまうのはもったいないのでそのままにした
後々産業に使えるように改造しよう
城へ戻るとクルハはティルや兄弟たちを集めて夕方まで自慢話を続けていた
よっぽど楽しかったのだろう、いずれ他の子たちも連れて行ければいいが
ダンジョンへ向かってから戻ってくるまでに5日は経っていたようで、戻るなりリリアナに軍略会議室へ呼ばれ、報告を受けた
「玄人さま、連合の動向ですが、シルヴァン帝国の領地を奪い返すべく進軍が決定されたようです」
「早速か、かなり大きな被害が出たはずだが」
「それが、元シルヴァン帝国の兵士や指揮官が多数セドリオンに亡命しているらしく、兵については前回と同様の規模を派兵してくると予想されます」
別に領土を返すのは構わない、海を越えているので管理しづらい事もある
だが、シルヴァンが復興するとなるとまた子供たちが危険に晒される可能性がある
「リリアナ、セドリオンは交渉とまでいかなくても会話くらいは可能か?」
「騎士道に重きを置く国なので礼儀をわきまえてさえいれば無下にはなさらない可能性があります」
よし、それなら試してみるか
「では以下の条件で交渉してくれ」
・シルヴァン帝国の復興を許可しない
・領土はセドリオンが管理する事
・上記を約束する場合魔王軍は退却、無血開城するものとする
「承りました、ですが、これでよかったのですか?」
「いいよ、魔王軍が人間を盾にしていると言われそうだしな」
リリアナは少し考えながら返事をする
「なるほど、人間だけをセドリオンに送る方法もあると思いますが」
「領地がないのに押し付けても食料に困るだろ」
「それは、そうですね」
リリアナは少し残念そうだ
「残念そうだな」
「それなりに犠牲を払って手に入れたものですので...」
「そうだな、かといって攻め込まれる口実を残しておけばさらに被害が拡大するかもしれないだろ」
リリアナはハッとしたような表情を見せると深々と頭を下げた
「仰る通りですね、思慮が足りませんでした、このまま通達しましょう」
納得してくれたようだ、領土欲のない王ですまんな
…
数日後、ヨルムンガンドの使いと言う人狼が抜け殻を持ってきた
数トンはあろう物量だったが、これでも欠片ほどしか解体していないらしい
今回持ってきてもらった量だけでも消費するのに半月以上かかるだろう
この調子なら抜け殻を全部処理するのに100年はかかると言われた
従えて置いてよかった、殺してしまっていたら皮もさることながら肉、骨の消費も間に合わず腐らせてしまっていた
あれほど巨大な魔物が腐ってしまえばそれらを狙って強力な魔物が寄ってきたり、肉を食べた魔物が強大な力を得てしまうだろう
…
抜け殻は伸縮性が高く、ぶ厚く、通気性に優れ、非常に丈夫で薄く加工すればぼんやりと透けるような透明度を持っていた
撥水性も高く、毒にも強いため下着として高い人気を獲得
サキュバスたちは透ける特性を利用してエロさを強調するような下着をいくつも考案し、人間の国の婦人方にまで噂は広まった
夏になったら浜辺でサキュバスたちの獲物が増えるんだろうな
防具のインナーとしても有用で、厚いため耐衝撃性も優れ、伸縮性が高いため邪魔にもなりにくい
さらには膝を痛めた者たちへのサポーターとして医療現場でも活躍、万能素材だ
ヨルンは鬼人族の穀物ベースのお酒、日本酒が気に入ったようで100樽ほど贈呈した。翌日には全部なくなってた。
あとは鎧などの素材が手に入れば、魔王軍は戦闘における負傷率が大幅に減るだろう
今でもローニャンやオークターヴィルを通じて金属は仕入れているが重量の関係で一度の取引に大量の金属を扱えないのだ、船に乗せすぎれば沈んでしまうし
ドレイクたちも飛行距離が減ってしまうので外部からの入手が大変だ
自国の自給率も上げていかねば
...
夏が近づいてくる頃、セドリオン貴族国家から人間領での対談の打診があった
これは大きな進展だ、魔王と話す機会を持つというのだ
いきなり和解とまではいかないだろうが、これをキッカケに少しずつ戦争をせずに済む方向へ進んでいくかもしれない
俺はウキウキしながら軍略会議室にリリアナを呼んだ
「今回の会合は誰がでてくるのか、どんな条件があるか聞かせてくれ」
「はい、まず場所はセドリオン貴族国家首都の西にある海岸です。護衛は従者含め4人まで認められております。会合の相手はセドリオン貴族国家の王と外交官とのことです」
「わかった、こちらからは俺が代表としてリリアナが補佐、護衛は誰を連れて行けばよいかな」
「アヌビス様とシデン様のみでよいでしょう」
護衛なのにリッチはつけないのか
「人選の理由は?」
「まず玄人さまを護衛できるような者はおりません、玄人さまの足手まといになるのが関の山。それであれば私の護衛として欲しい者を二人選びました」
なるほど、アヌビスがいれば連携はしやすいしそれでいいか
「わかった、では準備でもしていこうか、お土産とかいるかな?」
「既にいくつか見繕っているのでお任せください」
さすがリリアナですね、安心
…
夏も中盤という頃、対談の日が来た
ドレイクに頼んでシルヴァン帝国城跡を中継しつつセドリオン領、会合の場所へやってきた
森や花が非常に美しい平原で、海岸沿いに木製の砦がぽつんと建っている
ここが今回の会合予定地だ
ドレイクから降り、人化してもらい、一緒に入ることになった
中へ入ると女王、外交官、そして勇者一行がテーブルの向こうに並んでいる
女王が挨拶をする
「余はエミリエル=エリクシル=フローラ III世である、此度の提案感謝する」
「ん、俺は玄人、君たちには魔王と呼ばれているな」
簡単な挨拶と土産を渡し、席に着いた
エミリエルは席に着くとしっかりと俺の顔を見据え、冷静に話し始める
「驚いた、玄人殿は人間なのか?そして、その、彼女も」
「もちろんだ、今でこそ魔王に慣れたが、呼ばれ始めたころはひどく抵抗したよ」
エミリエルはアヌビスとシデン、ドレイクを見て続ける
「護衛の者たちは調教済みという事なのだろうか」
俺はあきれながら、テーブルへ肘をつき、頬に拳をあて、さも横柄な態度で返答した
「いいや、俺は魔物と会話できる、皆それぞれの意思でここにいるんだ。言葉を選ばねば暴れだしても俺は止めんぞ」
勇者たちは剣に手をかけ、緊張が走る。
少し間をおいて女王が手を上げ、静止した
エミリエルは少しのけぞりながら話す
「それは、失礼。我々の価値観で見てはいけないという事だな」
「今まで話す事なんてなかったんだ、これくらいは仕方ないだろう」
「フッフッフ、確かに」
外交官は普通の人間のようだ、今にも漏らしそうなほど顔をひきつらせ、滝のような汗を流しながら城の譲渡に関する書類を広げた
頃合いを見てエミリエルが口を開く
「この条件について、今回このような場を持たせて頂いた。あまりに我々に対して有利すぎる、なぜだろうか?罠ではないかと疑う者も多くてな。玄人殿の意見を聞かせてくれないか」
俺は背を伸ばし、腕を組んで返答する
「結論から言うと戦争をしたくない、シルヴァンを維持するために人間軍と戦わなければならないのが面倒なんだ」
エミリエルが首をかしげる
「先の戦争では多大な戦果を上げたではないか、武力を盾に我らに無理難題を押し付けてもよかろう」
俺はため息をついた
「お前たちの国ではそうなんだろうな、同族を人質に取られる気持ちはシルヴァンが子供たちを攫ったことで思い知っている、そういう交渉はしたくない」
「なんと、ずいぶんと甘い王だ」
俺はエミリエル女王を睨みつけた
「お前たちはそんなに殺しと脅しが好きなのか?」
「民が納得しないだろう?魔王の民は人間に恨みを持つものはないのか?」
「魔物は力関係が何よりも大きな権力だ、俺が決めた事に口を出す奴はいない。それに、もうシルヴァンは滅ぼした」
「なるほど」
エミリエルは少し間を開けて話し出した
「シルヴァンの復興を認めないのは子供たちが攫われたという主張のためか?」
「そうだ」
「仮の話しだが、シルヴァンが復興したらどうする?」
「また滅ぼすさ」
ほんの少し沈黙が続いた
「相分かった、魔王軍の撤退を確認次第、セドリオンの配下に置こう」
「助かる」
いやに素直に進んだな、物わかりのいい女王なんだろうか?
この人なら停戦、同盟などで今後の戦争を回避するような交渉もできるかもしれない
「エミリエル女王、我らと停戦、または同盟などは考えられないか?」
話しを聞いた勇者一行のアリアが声を張り上げる
「ふざけないで!!!魔物たちがどれだけの人を殺したと思ってるの!」
さらにアリアは激怒し、テーブルへ寄り、力強く両腕を叩きつける
「なんで罪もない人々が魔物に殺されなきゃいけないの!平和に暮らす人々があなた達に虐殺されているのはどうしてなの!!同盟してもあなた達は殺し続けるんでしょう!」
(人間だけが被害者で、魔物は加害者だから何をしても許されるのか?)
俺はアリアを睨んだ
「なぜ人間だけが被害者なんだ?お前たちが殺した地竜は被害など与えていなかったはずだ、お互い言い分はあるだろうがどこかで歩み寄らなければこの螺旋はおわらないんだぞ」
「...うっ...く...」
アリアは黙り込み、ユートが口を挟んでくる
「魔物たちから亡くなった人々の遺族へなにかしらの謝罪をすることはできるか?できないのならばお前の言っていることは上辺だけの嘘にすぎない」
(魔物にも家族はある、お前たちが殺した魔物の家族への保証はするのか?)
俺は頭を抱え、首を振りながら話した
「イライラするな、正論を語れば正当化できると思ったか?。お前たちが日々討伐し、解体している魔物たちにも同じことが言えると思わんのか?人間さえよければよいというその傲慢が自分たちの首を締めているんだ」
「なっ...」
アリアは怒りに満ちた顔で口を開く
「魔物のくせに」
「やめよ」
エミリエルが仲裁に入る
「玄人殿、貴殿の仰ることは最もだ、だがそなたも人間なれば我々の気持ちも察して欲しい。おそらく、まだ早いのだ」
俺は大きなため息をついた
「そう...か、残念だ」
俺はアリアに問いかけた
「たしかに魔物は人を襲う
だけど人も人を襲う、共通点は自分より弱いかどうか
個人で勝てなければ群れて勝つ、より強くなって弱いものから奪うだけ
人も魔物も大して変わらない、この愚かな行いこそが魔物だと思わないか?」
...
対談ではその後一言も話すことなく、皆席を立った
女王の言う通り、まだ早いんだろう。人間が魔物を殺すたびに、魔物が人間を殺すたびに報復の螺旋は続く、俺が生きているうちに戦争はなくなるんだろうか
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