第34話 - 勇者と挨拶
勇者が召喚されたと噂されてから10年が過ぎた
春の陽気に包まれ、魔王城は今も活気に溢れている
俺は威厳を大事にしろと言われ、今は竜の被膜で出来た黒いローブを身に纏い、身の丈ほどあるトレント製の杖と、顔ほどの大きさがあり、爬虫類の瞳のような細長い深紅の魔石を身に着け、見た目はすっかり魔王になった
勇者はというと、着実に力をつけ、魔王領の端っことはいえ人間の領土になってしまっている
少し領土を渡せば大人しくなるかと思って放置してたら全然そんなことなかったのである
欲深いね、魔物は根絶やしにしたいらしい、トレント寝具使ってるくせに
勇者一行の情報は以下
===== 勇者一行 =====
白金 勇人 (シロガネ=ユート)25歳
勇者 出身:ルクフォントデュー宗主国家
アイオン=ウィル=レオンハート 30歳
騎士 出身:シルヴァン帝国
ベルナート=スターゲイザー 68歳
賢者 出身:セドリオン貴族国家
アリア=ルク 20歳
聖女 出身:ルクフォントデュー宗主国家
勇者以外は各国の代表とも言える英雄達だ
ローニャンとオークターヴィルは国交があることもあって中立でいてくれているが、シルヴァン、セドリオン、ルクフォントデューは同盟を結び魔王と敵対する連合となっている
あれから国をあげての大規模な行軍はなく、勇者一行が各地で猛威を振るっている程度なので魔王軍としても軍を動かすほどの事はしていない
…
城の広間でくつろいでいると、リリアナがパタパタと駆け寄ってくる
「玄人さま!南の山に住んでいる地竜が討伐されました!」
俺は驚いた顔でリリアナを見た
「は?竜に手出したの?勇者?」
リリアナは息を切らしながら答える
「はい、先ほどフリートさまが訪れ、お怒りでございます」
フリートが怒りに満ちた顔でのしのしと広間に入るなり怒鳴った
「玄人!聞いたか!?若い竜が勇者に殺されたぞ!」
フリートは顔を真っ赤にしながら席に着いた
「あやつら人の形をしておらねば見境なしに殺しまくっておる!あの蛮族どもをなんとかせい!」
俺は勇者たちの行いを顧みて、返答した
「そうだな、やりすぎだ」
「そうじゃ!ワシがお仕置きしてやりたいが魔神を呼ばれると面倒じゃ、玄人、竜の無念を晴らしてやってくれ」
フリートがここまで怒るのは珍しい、自分で手を下せないのがよほど悔しいのだろう
正直勇者たちの行いは魔物たちにとって、無差別テロを続けているに等しい
力関係が魔物にとって正義なのでこれも自然の節理と思っていたが、土地の豊穣を守る竜たちでさえ殺すとなれば話しが変わる、竜は知能が高く、大人しい
縄張りにさえ入らなければ攻撃することもない、土足で侵入して殺してしまうなど強盗だ
しかし竜をも倒すとなれば並みの魔物では太刀打ちもできない、俺が直接見に行くことにしよう
俺は準備をして地竜が討伐された山の麓へ向かった
…
ワイバーンから降り、山の麓の見晴らしのいい草原で待つ事にした
日は高く、正午というところか
草原はさわやかな風が吹き、ところどころ花を咲かせている
10分ほど待っていると人影が見えた
1,2,3、4人、勇者のパーティだろう
俺はワイバーンを離れさせ、勇者に歩み寄った
俺が人型だからだろうか、勇者一行は戦闘態勢になる事もなく近づいてくる
お互いの顔が見える距離に達したころ、立ち止まった
アイオンが話しかけてくる
「そこの魔導士よ!ここは魔王領だ!ここで何をしている!引き返せ!」
なるほど、人型でなければ見境なしか、人なら交渉の余地はあるのか?竜なら人とも会話できたはずだ、会話をすることもなく討伐したのか?蛮族どもめ
ベルナートが皆へ注意を促す
「あの魔導士の魔力、尋常じゃありません、魔王領を一人で歩くのも怪しすぎます」
勇者一行はハッとすると一斉に武器を構えた
ユーキが話しかけてくる
「魔導士殿、あなたはいったい何者か!?」
俺は大きくため息をつきながら答えた
「俺は魔王と呼ばれている、地竜を殺した理由を聞きに来た」
勇者一行はどよめいた
ユーキは剣を構えながら話し出す
「ま、魔王とは大きく出たな...地竜は近隣の村から討伐依頼があった、竜の素材で貧しい人たちを救い、豊かにするためだ」
その程度の話であれば交渉や交易などの手段でどうにかなったはずだ!殺す理由にはならん
「竜は賢い、いくらか話しをすることで解決する方法もあったはずだが?」
「ここから南にある街に治療の難しい病が流行っている、その治療に竜の肝が必要だったんだ」
そんな病聞いたことないわ、竜は確かに生命力で溢れているがその治療法は迷信だろう
俺はこの愚かな行いに怒りを覚えた
「お前も異世界人だろう、そんな世迷言を信じて竜を殺すのか」
俺も戦闘態勢を取った、杖に魔力を込め、手を離すと宙に浮く
「貴様らの傲慢は我慢ならん、全ての土地が貴様らのものとでも思っているのか」
勇者一行はアイオンを先頭に隊形を組む
ユーキは緊張しながらも話し出した
「魔導士殿、剣を納めてくれ!怪我ではすまなくなる」
俺は左手を前に出し、重力魔術を展開した
「頭を足れよ」
一言つぶやくと勇者一行の周りに重力場が発生し、最も重い装備をしているアイオンが片膝をつく
俺は魔術を次第に強めながら話した
「まだ信じられんのか?お前たちの目の前にいるのはこの大陸を治める王だ」
ベルナートが呪文を唱え、術式が展開されると重力場の内側に光の幕が現れ、勇者一行は重力の影響化から解放された
ベルナートは続けて術式を展開すると、大きな竜巻が発生し、俺に迫ってくる
俺は重力魔術を解き、右手をかざし、竜巻が消えるイメージをする、すると竜巻は消えた
間髪入れずにユーキは剣に雷を纏わせる
アイオンの前に出ると剣を横に振る、すると、巨大な雷の刃となって俺を斬りつけた
俺は障壁を展開したおかげで大したダメージはない
すぐさまアイオンが走りこんで来て俺に盾を構えて体当たりする
俺は杖で受けた、びくともしてない様子にアイオンは驚いているようだが
アイオンの背後で何かが光り輝く
するとアイオンが飛び退き、同時にアイオンの背後から炎の蛇が迫ってきた
杖で炎の蛇を払うと蛇たちは跡形もなく消える
よく訓練されている連携だ
俺は距離をとるため杖を勇者たちへ向け、強い衝撃波をイメージする
すると巨大な岩でもぶつかったかのように勇者一行は10メートルほど後ろへ飛ばされた
「今度は俺の番だな」
そういうと俺は右手の人差し指で宙に輪を描いた
すると勇者たちの周りに氷の壁が立ち上がる
続けざまに左手の杖を地面に刺し、杖に魔力を込めると、上空に雷雲を呼んだ
瞬く間に空は暗くなり、雷が何度も降り注ぐ
勇者たちは障壁を展開して一歩も動けない
さらに両腕を前に出し、小さく圧縮された炎の玉を作り出した
雷と氷の魔術を解くと同時に俺は炎の玉から身の丈ほどもある熱線を放出する
アイオンが慌てて前へ出ると盾で受け止めた
アリアが祈りを捧げ、アイオンの盾を強化、サポートしている
勇者たちはアイオンの影に隠れ、何か呪文のようなものを唱えているようだ
俺は熱線を放出する炎の玉を残したまま勇者たちの横へ転移し、右腕を一振り、風の刃で攻撃した
勇者が盾で風の刃を受ける、が受けきれなかった刃がアイオンの右腕を落とした
アイオンは熱線を受け止めながら痛みに耐えかね叫ぶ
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
ベルナートが叫んだ
「準備ができたぞ!」
すると勇者はアイオンの右腕を拾う、ベルナートが杖で地面を叩くと術式が展開され、勇者たちはどこかに転移した
…
勇者たちの気配は感じられず、草原に気持ちの良い風が吹いている
「転移魔術か、逃がしてしまったな...」
10年の間継承を続けた俺は今や竜や魔神に並ぶ魔力を身に着けていた
今の勇者たちならまだ俺を倒すことはできないだろう
一度城へ戻ってフリートへ報告しよう
…
城へ戻ると広間でフリートが待っていた
「首尾はどうじゃ?戦っておったのはなんとなくわかる」
俺は首を振り、報告した
「逃げられたよ、騎士の右腕くらいはお仕置きできたかな」
フリートはため息をついた
「竜を倒すだけはあったか、蛮族め」
「そうだな、それくらいの力はあったと思う」
フリートは目をつむり、しばらく黙り込んでから、話し出した
「地竜を殺す理由はあったのか?」
「竜の肝で病が治るという迷信を信じて殺したらしい」
フリートは拳を握りしめた
「確かに竜の生命力は驚異的じゃ、だが...若い竜がそんな理由で殺されたのか...」
フリートの静かな怒りが伝わってくる、異変を感じたティル、クラピウス、クルハが様子を見に来た
フリートはティル達に気づくと、涙を浮かべながら席を立ち、何も言わずに帰っていった
広間へ行くとアヌビスが尻尾を丸めている
「玄人、りゅ、竜王さまは大丈夫か?」
アヌビスが怯えるほどフリートの怒りは激しかったらしい
クルハも涙を浮かべながらとぼとぼと歩いてきた
「おじい様、どうしたの?怖い」
俺は困った表情をしながらも笑い、クルハを撫でた
「おじいちゃんは悲しいことがあったんだ、そっとしといてあげよう」
ブルブルと震えるクルハを心配して兄弟たちも駆け寄り、慰めている
あの異世界勇者、きっと世のためにやってるとでも思っているのだろうか
魔物を倒すたびにもてはやされ、魔物は容赦なく殺していいと思い込んでいるのだろう
会話する余地もあると思いもしたが、この仕打ちはさすがに許せない
被害が広まる前に手を打とう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます