第8話  美穂との再会





 社会人になって二年が過ぎだ。

 その年の新入社員の中に、高校の後輩だった石川美穂の姿があった。

「西岡先輩、お久しぶりです」

「やあ、元気そうだな」

「理子さんは一緒じゃないんですか?」

 真っ先に出たのは理子の事だった。

 慎司は苦笑した。

「理子は学校の先生だよ」

「ようやく理子さんから卒業されたんですね」

 とからかうように笑った。

「いきなりのご挨拶だな」

「わたしたちが恋人になれなかったのは、理子さんがいたからなんですよ」

「美穂も同じこと言うんだな」

「誰だってそう思いますよ」

 そう言いながら美穂は慎司の腕を取った。

「ねぇ、お昼おごってくださいね」

 相変わらずサバサバしていると言うか、そんなストレートなところは嫌いじゃなかった。



「へぇ、美穂ちゃんが入社してきたんだ。よかったじゃないの」

 会社の帰り『野菜の佐々木』に立ち寄った慎司は今日の出来事を理子に話した。

「どう? 昔の恋人との再会は? ときめいた?」

 理子が目をキラキラさせて聞いた。

「恋人っていう関係じゃなかったと思うけどな。ランチをたかられたよ」

「もぉ、そんなこと言う。で、これからどうするの?」

 理子の興味はやはりそっちだった。

「そんなこと聞かれても分からないよ。だって、再会したばかりだよ。いきなり、また付き合いますか? なんて話にはならないよ」

「ただいま」

 そこへ沙織が帰ってきた。

「あっ、慎兄ちゃん。久しぶり」

 美穂と同級生の沙織も新社会人だった。

 理子が慎司の今日の出来事を話すと、何故か沙織は浮かない顔になった。

(おやっ?)

 と思いつつも慎司はそれには触れなかったが、帰り支度をする慎司に

「慎兄ちゃんはわたしが見送るから、お姉ちゃんはいいよ」

 階段を降りる慎司の後を沙織がついてきた。

 『野菜の佐々木』を出た所で沙織が口を開いた。

「お姉ちゃんのこと、どうするつもり?」

「えっ?」

 慎司には沙織が何を言いたいのか分からなかった。

「お姉ちゃんをこのままにしておくの? もうそろそろお姉ちゃんのことちゃんとしてあげてよね」

 慎司はなんて答えていいか分からなかった。

「お姉ちゃんは慎兄ちゃんのこと、心から深く愛しているのよ。慎兄ちゃんだって分かっている筈よ」

「そ、それは…」

「沙織!」

 珍しく理子が大きな声で階段を下って来た。

「沙織、いいのよ。慎ちゃんを責めないで。わたしは慎ちゃんに幸せになってもらいたいの。それだけなのよ」

 理子は慎司に笑みを向けた。

「慎ちゃん。わたしのことは気にしないでね。慎ちゃんは自分が幸せだと思える道を歩めばいいのよ」

「お姉ちゃん…」

「沙織も心配してくれてありがとう。でもね、本当なのよ、これ。わたしが望むのは慎ちゃんの幸せなの。分かって欲しいわ」

 理子はもう一度慎司に微笑んだ。

 


 独身寮に戻った時、理子からメールが届いた。

《沙織のことは許してあげてね。あの娘なりにわたしを思ってのことだから。

 わたしは慎ちゃんの近くにいたいのは本当だけど、彼女としてではなくお姉さんとして、もっと突っ込んだ言い方すると、母親が息子を案ずるような気持ちかな。(笑)

 だから、美穂ちゃんとの再会を大切にして欲しいの。わたしはいつまでも慎ちゃんの傍にはいられないから、慎ちゃんを大切にしてくれる人に、バトンを繋ぎたいのよ。

 頑張ってね、慎ちゃん》

 理子からのメールに慎司は少し引っ掛かる部分を感じていた。

《いつまでも慎ちゃんの傍にいられない》

《バトンを繋ぎたい》

 スマホを覗き込む慎司の手が軽く震えた。

(何言ってるんだよ、理子)

 理子が遠くに行ってしまうような気がした。

 慎司はメールではなく電話を入れた。

 電話に出た理子を慎司が問い詰めると、彼女は笑った。

「心配かけてごめんね。わたしだっていつかは彼氏を見つけて結婚するって意味よ。もっともそれは、慎ちゃんの結婚を見届けてからだけどね」

「誰かいい人いるのか?」

「いないよ、そんな人。気になる?」

 クスクスっと笑う理子に、

「べ、別に……じゃあ、おやすみ」

 と慎司は電話を切った。

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