異世界写真録
卯鵜 馬宇摩
1
光はなく、月明かりも届いていない。辺り一面、暗闇で包まれている。一歩先がギリギリ見通せるくらいだ。
わかることは二つ。一つはこの場所がどこかの森ということ。もう一つは――
「ここどこ……?」
この場所を僕が知らないことだ。
「ギャァァァァァ」
名前も聞いたことのないようなカラフルな怪鳥が近くで奇声を発しながら飛び立っていった。
耳に手を当て、心中で怖くない、怖くない、と連呼する。もちろんのことながら体は震えているし、足はすくんでいる。
僕こと、ジャンクがなぜこんな状況となってしまったのか。それを知るためには半日前程……いや、実質十四年前に遡ることになる。
ジャンク――僕は十四年前、ある有名一家の長男として、この世に生を受けた。貴族の家系、それも王族に限りなく近い家系。それに加えて父親が王国内有数の騎士であった。物心がついた時には既に、礼儀作法、学問、戦闘訓練、など様々な英才教育の計画が立てられていた。
努力はした。だが、神は僕に何も与えてくれなかったらしい。
歳が三つになる時には、家庭教師に見放され、六つになるときには学校の教師に呆れられ、九つになるには同級生に嘲笑をくらう始末だ。そして十四と三か月たった今日、ついに親にも見放された。
親にも見放されたとわかった途端、今までの努力に疑念を抱いてしまった。全て無駄になった気がした。
何も自分は成しえることはできないのだ。そう強く思った時、目の前が真っ暗になった。それからどう過ごしたのかあまり覚えていない。結果的に、この大森林にいたというわけなのだが。
とにもかくにも、このままだと森の中で死んでしまう。早いうちに森から出よう。もと来た道を戻れば出られるはずだ。
踵を返し、来たと思われる方向に戻ろうとするが、目の前には広大な森林が変わらず広がっている。もちろんのことながら整備された道など一切ない。
「……っん?」
嫌な言葉が脳裏をよぎった。
ということはつまり……この森で完全に僕は迷子になっている……?
迷子だと認知した瞬間、木々の間を唸りながら風が吹き去っていった。
静寂。
途端の静寂。生き物の這う音も聞こえなければ、いつものように耳にしていた暖かい、人々の生活音も聞こえることはない。
しっかりと僕を見据えた闇はいまにも食って掛かろうとしているようだ。
頬に冷たい汗が伝い、足が生まれたての小鹿のように小刻みに震えだす。心臓がいつもより強く激しく胸で脈打っているのがわかった。
怖すぎるがこんなところにいてもやはり本当にどうしようもないので勇気を振り一歩踏みだした時。
一瞬だけ届いた月明かりの下、目の前の荒れ放題な草むらが揺れたのが見えた。
――戦慄。
心臓をわしづかみされたような感覚に陥る。今にも気絶しそうな己の体を奮い立たせ、やっとの思いで踏み出した一歩を、スッと引いて元の場所に。
草むらからは小刻みに、カサカサと乾いた葉と葉が擦れあう音が続いている。この音の大きさからするに、通り抜けていく風ではなく、動物系統のなにものかがいるのは明らかなのだが問題はそこじゃない。大きさが全く分からないことだ。
自分より小さい動物だといいのだが、如何せん判断材料がない。もし予想が外れて僕と同程度、もしくは大きい『何か』が出てきてしまったら……。
死あるのみ。
逃げなくてはいけないのだが……。逃げなくてはいけないのだが……。
足が完全に恐怖で逝ってしまったようだ。一歩も動かすことができなかった。
せめて何もみないように死のうと精いっぱい目を瞑る。
茂みの揺れはもうすぐそこまで来ている。
あと、三歩程か……。
二……。
一……。
死ん――。
「……なにやってんだ? お前?」
「へ?」
巨大獣に食われる気満々でいた僕の心臓がドクンと高く跳ね上がった。
……人?
「おい、生きてるんか? お前」
もう一度男の野太い声が聞こえてきて、ゆっくり開眼する。男が立っていた。
「あ……あんた、こそ誰だ……?」
これが僕を食らうはずだった獣――改め、僕の目の前に現れた大男との初コンタクトになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます