Rack

橋民レイカ

第1話  始まり

一人の少女–––小柄な体に合わない大きなジャージに首元までをうずめた彼女は街のビルの屋上から“今を生きている人々”を見下ろす。

赤く染まる夕陽に照らされながら忙しなく絶え間なく人間が街の中を流れてく。


赤は・・赤色を見るといつもあの日のことを思い出す。


◇◆◇


「ハァ、ハァハァ」

静寂の包み込む部屋で少女が一人座り込んでいた。

息は荒く、見開かれた目は焦点があっていない。


「ゔぁぁ、ァァァアァァァア!!!!!!」

恐怖からか錯乱する様にか細い腕で自らの顔を掻き毟る。


どれだけ爪を立てようが少女の皮膚は出血どころか傷一つ付かない。

しかし少女の手にはべっとりと赤い血が付着していた。


その血に気づいた彼女の目からは堰を切ったように涙が溢れ出し・・・全身を染める赤に溶け込んでゆく。


「いや、嫌、嫌嫌ァァァ!!」

逃げるように顔を逸らした彼女の目に映るのは、床、壁、天井どこも彼処も染めている『赤』、『赤』、『赤』、『赤』、『赤』。


そして–––––––––彼女と同じくらいの年頃の子供たちの死体だった。


ここは小さな児童養護施設。

今は物言わぬ骸となった子供達が暮らしていた場所。


子供達の体と部屋のいたる場所に無数の穴が開いていた。


髪も肌も色素の薄いどこか儚げな小さな女の子。そんな印象を受ける彼女はまだ10歳にも満たないだろう。


目の前の惨状に恐怖し錯乱する彼女はただ一人の生き残りであり元凶。



後に特殊能力Rackラック極秘統括機関よりRack識別No.73『鉄の処女アイアンメイデン』と呼ばれ、人々を恐怖に陥れる彼女の始まりの殺戮だった。




二十二世紀。

ある日を境に世界中に特殊な力を発現させる子供たちが次々に現れた。


その能力は多種多様なものであったが、一つだけ彼らの力には共通点があった。


拷問及び処刑。

その特性と力を特殊能力として持つ者。




拷問とは。

被害者の自由を奪った上で肉体的・精神的に痛めつけることにより、加害者の要求に従うように強要する事。特に被害者の持つ情報を自白させる目的で行われるもの。

処刑とは。

対象者を死に至らしめる刑罰。


鉄の処女、という拷問器具がある。

一度目にすれば忘れることのできない異様な形状の拷問器具。


血の伯爵夫人エリザベート・バートリー。

彼女は鉄の処女の製作者ともされている。


四百年ほど前、ハンガリー王国の伯爵夫人であるエリザベート・バートリーの手によって何百人もの少女が悲惨な死を遂げた。


ある時粗相をした侍女を折檻していた彼女に侍女の血がかかり、彼女には血が触れた手の甲が若返ったように見えた。

その血が悲劇の始まりである。

血を浴びれば美しさを保つことができると考えた彼女は若い処女の血を求め、少女たちを拐い残虐の限りを尽くした。


指を切り落とす。皮膚を剥ぐ。内臓を取り出す。

拷問は多岐にわたるがその中で彼女の好んだとされる『鉄の処女アイアンメイデン』がその残虐性を物語っているだろう。



数百年の時を超え、エリザベートの狂気の精神の宿った『鉄の処女アイアンメイデン』、その残虐極まりない力がとある少女の中で目覚めた。


引き金は本当に些細なことだった。

この養護施設に来たばかりで馴染めなかった彼女は、小さなことから別の少女と喧嘩になり揉み合いの中で突き飛ばされた。


その瞬間彼女の中で何かが外れる音が聞こえた。


特殊能力––通称Rackラックに目覚める原因がなにかは正確には解明されてはいないが、彼女の場合は咄嗟の恐怖心だったのではないかと言われている。



無意識下で彼女に人の域を超えた特殊能力が開花した。

それと同時に自分のものではない感情が奔流となって精神を蝕んでゆく。

狂気、歓喜、嗜虐心、恐怖、焦燥、殺意。

能力に宿る拷問具の、被害者の無数の感情が彼女を壊してゆく。


無情にも、彼女の意思とは関係なく『鉄の処女アイアンメイデン』の力は子供たちに牙を剥いた。

彼女の周りに無数の円錐型の鉄の杭が出現し、誰もが現状を理解するより早く体を貫かれて息絶えた。


視界を染める『赤』。

無数の風穴を開け床に転がる死体。

年端もいかない少女の行った惨劇とは考え難く、そして幼い心が耐えられるほど易しいものではなかった。


錯乱する彼女を他所に能力は彼女に更なる力を齎す。


「ひっ、ひぃっ!!」

手首から先の感覚が消えた。

否、肉体であった場所が鋼鉄に変化している。

外見が変化したわけではない。

だが彼女には分かる。肌が身体が体温を失ってゆくことに。

手首にとどまらず腕、足、さらには胴体まで感覚が消えてゆく。


人ではない何かに変貌してゆく、その事実が彼女の思考を染め上げ恐怖に拍車をかける。


色素の薄かった瞳は血溜まりを写すかのように赤く染まり、全身に浴びていた返り血は次第に消えていった。


彼女がそれについて疑問を感じることはなく、唯一つの事実に戦慄した。


怖気も走るようなその事実を否定するため血溜まりへと手を伸ばす。血に触れた鋼鉄の手はわずかに輝き–––血を吸い取った。


何故そんなことが起こったのか彼女はもう知っている。

能力が本能がそれを嫌でも自覚させる。


血を吸収し肉体が小さく––––若返っているのだ。

能力の影響か身体が血を求め、手当たり次第に血を吸い取っていく。


血溜まりが全て消える頃には元々小柄だった少女はさらに体を縮めていた。


彼女の眼からはすでに光が消えている。

恐怖に震えることも、我武者羅に暴れることも、罪の意識に苛まれることもなくなった。


能力を得て血を吸ったことで肉体が満たされるような本来あるべきものになったような気がした。

何よりその行為に僅かな歓喜を感じた、そのことが彼女の心をつなぎとめていた何かを完全に壊した。


身体はアイアンに、心もまた身体と同じように温度を失った乙女メイデン


生きた人間が消えたその場から彼女もまた姿を消した。



以上がXX年前に起こった児童養護施設虐殺事件及びRack識別No.73『鉄の処女アイアンメイデン』の能力発現の顛末である。


資料No.1508

管理 Rackラック極秘統括機関



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Rack 橋民レイカ @Hasitami

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