10 孤影

 シノブは電車を降り、サバタリアン・ファーマスティカル本社へと向かう。

 駅から線路に沿って五百メートルほど北へ行くと踏み切りがあり、そこを左へ曲がってしばらくすると、以前聞き込みをしたコンビニエンスストアがある。その先が、サバタの正面ゲートだ。

 シノブはその途中の踏み切りまで来たとき、男の存在に気がついた。

 右に線路。左はマンション工事中のため鋼板で仮囲いがされていて、夕陽を完全にさえぎっている。その線路と工事現場の間の、まったくの日陰になった車一台程度の幅の生活道路で、黒いコートを着た男はフェンスに腰かけてタバコを吸っていた。

 そのただならぬ雰囲気に、シノブは足をとめる。

 男もこちらに気づき、立ちあがり、道路に落としたタバコを踏み消す。

 しばらくして、男がこちらに歩いてくる。確かな足取りで、シノブに向けて、歩を進めてくる。

 シノブも、同時に男に向って歩き出す。

 男が両脇に手をつっこむ。コートの中から抜き出された両手には、大型の拳銃が二丁握られていた。

 デザートイーグル。五十口径AEアクション・エクスプレス弾を撃つことができる強力な拳銃である。だが、その凄まじい反動のため、大の男でも、両手に一丁ずつもってあつかうなどは、不可能な代物である。

 男はそれを、軽々と取り回し、シノブに向けてふたつの銃口を向ける。

 シノブもうしろ腰のワルサーP99を取り出すと男に向ける。

 シノブの目が、煌めき、あの時のようにいろをなくす。

 男――クラウンが両手の銃の引き金をひく。

 瞬間シノブは横っ飛びに飛んで、工事現場脇にある電柱に身を隠す。

 弾丸をかわしたシノブは、電柱の陰から銃を撃つ。

 クラウンは弾丸の軌道を読んでいたように、腰をおとして、なんなくかわしてしまう。

 シノブはいったん、体を電柱の陰にもどす。

 真横の工事現場の騒音が耳に響く。

 男の気配がない。

 シノブは電柱から顔をだして、様子をうかがう。

 と、男は目の前にいた。

 反射的に、シノブは腰をおとしつつ、電柱陰から飛び出す。

 直後に発射されるAE弾。弾丸は鋼板を突き破る。

 かがんだシノブに向けて、クラウンは銃のグリップを振り下ろす。シノブはころがってかわし、すぐに立ち上がる。

 そこに向けて、放たれる弾丸。シノブは、しゃがむ。クラウンはつま先で蹴りあげる。シノブはバク転してかわす。追いすがって、回し蹴りをいれるクラウン。かわしざまにシノブは足払いをいれる。クラウンは飛び上がってかわすとともに、両手の銃を撃つ。ふたたび横に転がってかわすシノブ――。

 立ちあがるシノブをながめつつ、クラウンは思った。やはり、この娘は我々と同種の人間だ。しかも、覚醒までしている。だが、俺は最強だ、負けるはずがない。俺は総合戦闘力では最強の強化兵パワードソルジャーだ。いっかいの女子高生に負けるはずがない――。

 クラウンの目が見ひらかれる。瞳が一瞬輝き、虚無のまなこに変化する。

 クラウンは回し蹴りを放つ、かわすシノブに向けて銃を撃つ。よけたシノブに再び回し蹴り、さらに回し蹴り、弾丸、蹴り、弾丸……。

 シノブは攻撃をかわしながらも、じょじょに追いつめられていく。銃をクラウンに向ける。クラウンはシノブの銃を左手で払い、右手の銃でシノブの頬を殴る。シノブの口から、血がしぶく。

 よろけて後ろにさがったシノブの腰が線路のフェンスにあたり、同時に、踏み切りの警報機がなりはじめた。

 クラウンの膝蹴りが、シノブのみぞおちに入る。シノブのからだがくの字に折れ曲がる。その額に、クラウンの銃口があてられる。同時に、シノブのワルサーの銃口もクラウンの頬にむけられる。

 静止するふたり。鳴り響く警報機。近づく電車の走行音。

 引き金を引いた瞬間自分も殺られる恐怖が、互いの精神を支配する。

 シノブの額がクラウンの銃口でぐいぐいと押され、体がのけぞり、上半身が線路へと押し出される。

 シノブの視界のすみに、赤い電車が入ってき、それがしだいに大きくなってくる。

 電車が目前にせまった時、シノブは、銃を放す。地面に落ちるワルサー。

 クラウンはさすがに意表をつかれた。

 その瞬間、シノブは左手でクラウンの銃を跳ね上げると、右拳でその顔をぶん殴る。横にむきによろけるクラウン。さらにシノブは蹴りを放つ。よろけつつも、腕で足をさばくクラウン。さばいて、シノブに銃を向ける。引き金が引かれ、シノブは銃を払う。放たれた弾丸は道の彼方へ飛んでいく。

 ふたりの横を走っていく電車。

 シノブはクラウンの頭部めがけて蹴りを入れる。クラウンは、その蹴りを左腕で受ける。だが、シノブは防御されてもかまわず、その脚を振り切った。

 クラウンはガードしたまま線路へとふっ飛ばされ、フェンスをつきやぶり、電車に接触する、かに見えたが、電車は通りすぎていった。

 飛ばされつつ、ほくそ笑むクラウン。

 体勢を立て直しつつ、向こう側の線路上に着地した瞬間――。

 反対側から来た電車がクラウンを押しつぶした。

 急ブレーキをかける電車。

 車輪に巻き込まれて、肉体が四散するクラウン。

 断裂した頭部が跳ねてころがり、こちら側の線路の上でシノブを見つめるようにしてとまる。ほくそ笑んだ顔のまま。

 シノブはその目を見ながら、後ろさがりに塀の間の暗がりへと姿を消した。

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