6 勁風 (2)
おかしい。
なんだこれは、とシノブもトビタもあたりを見回す。
いくらシャッター通りとはいえ、駅を利用するのにこの商店街を通り抜ける人は多く、昼ひなかに人影がまったく途絶えるなど、ありえない話だ。
歩行者専用のはずの道の東西から、黒い大型のウォークスルーバンがバックで走ってきて、T字路の手前で止まる。
バンの後部ドアが開く。
中から各六人、ミリタリー服を着た兵士たちが降りてきて、シノブたちを半円に囲むようにして、配置についていった。
彼らはみな筋骨たくましく、同じ服装をし、同じアサルトライフル・ファマスを持ち、そして、
「今度は、なんにん子だ?」
シノブは驚愕した。
今さっき、双子の話をしていたと思ったら、十二人の同じ顔と同じ体形の男たちに取り囲まれている。
シノブとトビタは、銃を引きぬくと、オブジェの台座に身をよせる。
男たちを降ろしたバンは、すばやく立ち去っていく。
兵士たちは、あるものは街路樹の陰に、あるものは電柱の陰、あるものは駐車場にとまっている車の陰、あるものは家の陰に、それぞれ身を隠すようにして、こちらを狙っている。
シノブの目からこぼれた涙は、すでに乾いていた。
エクリプスは、T字路のやや東北の位置にある、このあたりでは一番見晴らしがいい三階建ての雑居ビルの屋上にいた。
住民を退去させ、規制線を張って封鎖し、
そこに散らばる、
「ふふふ、われら十三の頭脳と、二十六の目から逃れられはせん」
エクリプスは、シノブたちが身をひそめるオブジェをみつめ、ひとり笑みを浮かべる。
彼らは十三人でひとりの兵士。
十三の頭脳が脳波でつながり、十三の視界で状況を把握する。
ひとつの意思で十三人が戦う、それがエクリプスという
「そんな俺たちを、ふたりだけで倒せるものか」
SRシリーズ最強の、リーダーのクラウンでさえも、エクリプス十三人を同時に相手にすれば、まったくかなわないのだ。
「さあ、狩りのはじまりだ」
男たちは、シノブとトビタをまだ完全に囲みきれていない。
「おい」とシノブはトビタに声をかける。「後ろがあいてるな。とりあえずさがって距離をとろう」
だが、トビタは、顔をけわしくし、シノブの言葉に答えない。
「おいっ」
「うるせえっ」
トビタが、いつになく、怒気を多分にふくんだ声を発する。
「わざとだ、わざと俺らの後方をあけているんだ」
シノブにはトビタの言っている意味が理解できない。
「完全に囲むと、敵は必死になって抵抗するからな。わざと逃走できる余地を残してあるんだ。それにつられてここから飛び出してみろ。瞬時に
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ」
トビタは黙考していた。
いや、トビタは考え込んでいるように見えるが、考えはすでにまとまっている。沈黙は、決意を固めるための沈黙にすぎなかった。やがて、意を決したように口をひらく。
「俺が
「は?バカ言ってんじゃねえよ。お前が戦うなら私も戦う」
「お前こそバカ言ってんじゃねえっ」トビタはまた怒声を発する。「いいか、今度は今までとは違う。あの数を見ろ。戦闘は数だ。二対十二(屋上のひとりには気づいていない)。彼我の戦力差は絶大だ。どんなにお前が運動神経がよくても、今回は無理だ」
シノブは憤慨を押し殺すように、息を荒くする。
「俺が飛び出したら、お前はそこの車の後ろに走れ」
とトビタはアゴで五メートルほどむこうに路上駐車してあるセダン車を指す。
「ダメだ。それじゃ、お前が死んじゃうだろう。嫌だ、私も戦う」
「言うことをきけっ!」
トビタの本気の怒りに触れ、シノブは
ふたりが言い争っているうちに、エクリプスが動く。左の手前にいたひとりが電柱から飛び出し、発砲する。
弾はオブジェの台座に当たったが、シノブたちがひるんだ隙に、ひとつこちらに近い電柱に身を寄せる。
「このままじゃ、ジリジリ追いつめられるだけだ」トビタが気持ちを静め、落ち着いた声で言う。「俺の家のテレビ台の引き出しに、お前名義の通帳がある。本当は就学資金のつもりでためていたお金だ。お前に持たせると、すぐに使っちまうからな、こっそり貯金していたんだ。ここから逃げきったらそれを持って、ほとぼりが冷めるまで、どこかへ身を隠せ」
ひとことひとこと、丹念に言い含めるように、トビタは話す。
「お願いだから、言うこときいてね、シノブちゃん」
いつもと同じ軽薄な調子で言って、トビタは台座から半身を出して、銃を数発、敵に向けて撃つ。
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