解決と涙

「犀川、それって……」

「……黙って聞いて」

「お、おう……」

「武藤。大丈夫? 意識ある?」

「あぁ。はっきりしすぎてるくらいだ」


九条のアレが、しっかりと密着していて……。

何とも言えない気持ちになっている自分を、ちゃんと認識できている。


「私、武藤くんのこと、結構信頼してた。エチエチだし、バカだし、ダメなところもたくさんあるけど……。でも、嘘は言わない人だなぁって」


……なんか、褒められてる気がしないな。


「それで、しばらくは症状も安定してて……。だけど、そこに笹倉さんが現れた。武藤くんは、笹倉さんに夢中になって、私のことなんか、まるで忘れちゃったみたいに、バイトに勤しんで……」

「だからそれは、犀川にプレゼントを」

「理由なんかどうでもいいの」

「……」

「……ううん。違う。どうでもよくなんてないよね。私のために働いてくれてたんだから、謝るべきだった。でも、できなかったの」


犀川は、泣きそうな顔になりながら、語り続ける。


「明美の言った通りだよ。私……。武藤くんを、一人占めしたいって思ったの」

「……マジかよ」

「大マジだよ。自分でも、意味わかんなかった。武藤くんのこと、別に好きじゃないし、むしろ嫌いなタイプの人だと思ってたのに……。笹倉さんに取られちゃうかもって、明美に取られちゃうかもって、思ったら、なんか、ダメになっちゃった」

「直美……」


九条が、ため息をついた。


「本当にさ、不器用だよね。直美って」

「うるさい」


少しだけ、溜まってしまった涙の粒を、バレていないと思って、慌てて手で拭いている犀川。


……可愛いな。


「今でも、武藤くんのこと、好きかどうかわからない。だけど……。明美よりも、武藤くんのこと、必要だと思ってるのは、私だから」

「……そんなことないし」

「それに、武藤くんの気持ちだって、もしかしたら偽物かもしれないから。私が好きだって気持ち……。魔物症候群のせいで」

「ねぇ直美」

「……なに?」

「私さ、一年生の時から……。なんかわかんないけど、他クラスだった、地味~で陰気な武藤のこと、大好きでさ。理由がわかんないから、すっごい自分でも気持ち悪くて……。なんであんな奴から、目が離せないんだろうって。不思議で仕方なかった」


陰気だっていう、自覚はあったけど。

いざ、改めて人に言われると、何とも言えない気持ちになるな……。


「だけどね? 髪の毛切ってから、その好きって気持ちが、一気に爆発したの。でも元からずっと好きなのは、間違いなくて……」

「だから、なに?」

「武藤の気持ち、わかるんだよ。ずっと直美のことが好きで……。その直美が、もっと魅力的になったから……。余計好きになって……」

「そう、そうなんだよ犀川。俺、本当に犀川のこと、大好きで……」

「……別の女に抱き着かれながら、よくそんなこと言えるよね」

「あっ……、すまん」


犀川が。


ようやく、少しだけ、笑ってくれた。


「……大丈夫そうだね。よしっ」


突然、九条が、俺から離れた。

一瞬、失神してしまうかと思ったが。


俺は、しっかりと、犀川を目に入れたまま。

足もとがふらつくことも無く。


両足で、立つことができている。


「犀川、お前……」


それはつまり。

犀川が、また俺のことを……。信頼してくれた、証でもある。


「……私は、武藤くんのこと、好きじゃないからね?」

「お……。ま、まだそんなこと言うのか」

「武藤くんが、私のこと、好きなだけだから」

「……そう、だな」

「それを私が、許してあげるだけだよ」

「許すって……。どんな関係だよ」

「もう、他の女の子のところ、行かないでね」

「いきなり重たいな……」

「なに?」


思いっきり、睨まれてしまった。


「……すまん」

「わかればいいの」


そして、すぐ笑顔に。


「はぁ~長かった。これにて一件落着? 明日の夏祭り、参加するんでしょ? 浴衣とかさ、お母さんに言って、探してもらったら?」

「そ、そうだ……」


犀川が、部屋を出て行った。

行動が早いな……。


「ありがとう九条。本当に、お前のおかげだよ……」

「……」

「……九条?」

「武藤も、早く直美を追いかけてよ」

「え?」

「……一人にして」

「す、すまん。お礼だけでもって思って」

「フラれたんだよ? 私。一年間ずっと好きだった人に、やっと告白して……」

「……」

「泣かせてよ。一人でさ。少ししたら、元気な九条明美になって、戻るから」

「……ごめん。九条」

「いいよ。武藤……。すっごく良い匂いだった」

「なんだよ、それ」


九条は笑っていたが。

……唇が、震えていた。


「……ありがとう」


最後に、もう一度お礼を言って。

俺は、犀川の部屋を、後にした。

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