優しいマスター

「面白いね……」

「……え?」


笹倉の話を聞いたマスターが、興味深そうに頷いた。


「いやぁ。見ての通り、この店、お昼時なのに、お客さんが全くいないだろう? 何か打つ手はないかなぁって、ちょうど思っていたところなんだ」

「……うぅ」

「え、ええぇ? どうして泣くんだい?」

「だってぇ……。優しくされたのぉ……。初めてですからぁ……」


優しく……。まぁそうか。

だからって、泣かなくてもいいだろうとは思うけど。


「すいません。こいつ、ちょっとメンタルがやられてたところで……」

「いやいや、気にしなくていいさ。ちょっと待っててね……?」


そういうと、マスターが、カフェオレを持ってきてくれた。


「結構甘くしてあるから、飲めると思うんだけど……」

「ありがとうございます……」

「君は、苦くても平気かな?」

「あ、はい……」


俺は、ブラックを入れてもらった。

笹倉と同時に、飲み始める。


……美味しい。


「……美味しいです!」


マスターが、満足そうに頷いた。


……これだけ美味しいなら、もっと流行ってもいいはずなのに。

隠れた名店というか……。

もったいないような気が、してしまう。


「店の名前が悪いのかなぁ……」

「そんなことないですよ! ジョーカーって、すごくかっこいいと思います!」

「ははっ。ありがとうね。それで……。その、もし、笹倉さんが良ければなんだけど、うちで働いてみないかい?」

「……えぇっ!?」

「いや、すぐにとは言わないんだ。その羽のこともあるだろうし。治療が上手くいって、ある程度落ち着いてからでもいいから、どうだろう」

「もちろんです! 私、ここで働きます!」

「うん。それは良かった」


こんなことも、あるんだな……。

マスターが、優しい人で良かった。


「あの、マスター。ジョーカーっていう店名って、どこから来てるんですか?」

「私の苗字だよ」

「苗字……。城島とか?」

「いいや」

「城之内?」

「違うよ」

「城戸さん……」

「残念。ジョーは後ろに付くんだ」

「じょう……」


笹倉と一緒に、考えていると、ドアが開いた。


「あれ? 明美、どうしたんだい?」

「ちょっと忘れも……えっ?」

「……九条?」

「あっ、正解。よくわかったね」

「なんで……。なんで武藤が、ここにいんの!?」


マスターが、何事かと、俺たちに交互に視線を送っている。


「おやおや。知り合いだったのか。言われてみれば……。明美と一緒の学校の制服を着ているね。はっはっは」


そして、愉快に笑った。


……こんな偶然、あるのか?

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