天使のパワー

「さっき、絵本で天使さんに出会ったって言ったんですけど……。その他にも、柚が天使に憧れた出来事があったんです」


笹倉は、自分の羽根を、愛おしそうに撫でている。


「小学校五年生の時、柚のお母さんが、ちょっと、事故に遭っちゃって……。足を骨折して、入院することになったんです」

「それは……」

「はい。結構変な折れ方しちゃったみたいで、しばらく入院して、リハビリまでしないと、歩けるようにはならないって。柚、お母さんっ子だったから、毎日家にお母さんがいないと、何にも楽しくなかった。お父さんにも、お姉ちゃんにも、強く当たっちゃって……」


笹倉が、思いつめたような表情をしている。

俺は、優しく笹倉の頭を撫でた。


「……ありがとうございます」

「続けてくれ」

「……どうしても、早く良くなってほしくて。私の宝物だった、天使のぬいぐるみを、プレゼントしたんです。そしたら……。お医者さんもびっくりするくらい、突然足が良くなって……。予定よりも早く、お母さんが退院することができて」


笹倉が、笑顔になった。


「お母さんに、言われたんです。天使のおかげかもねって。柚ちゃんも、この天使みたいに、いつも笑っていてくれたら、お母さん嬉しいなって……」

「……良い話だな」

「でしょう? それからずっと、柚はこんな感じなんです。たまに、うるさいよ~って、怒られちゃう時もありますけど」


自嘲気味に笑うと、笹倉は立ち上がった。


「……そんな私が、天使になったんです。これって、運命だと思いませんか? 全人類を……。笑顔にしなきゃって、なんか、そう思いました」

「壮大だな……。全人類って」

「はいっ。でも、柚ならできる気がするんです! だから……。まずはこの街の人からって、思ったんですけど……。いきなり躓いちゃいました」

「笹倉……」


どうしてだろうか。

その笑顔が……、妹の嬉波と、重なった。


まだ、姿があったころの嬉波。

年下だからか? 

いや、嬉波と笹倉は、全然違うし……。


「先輩?」

「あっ……、いや、うん」

「どうしたんですか? 柚が神々しくて、見惚れちゃってます?」

「んなわけあるかよ」

「えぇ~!? そんな言い方ないじゃないですか!」

「治療の件だけどさ」

「……はい」

「完全に、羽を失くすんじゃなくて……、もしかしたら、残す方法も、あるかもしれないな」

「えっ……。本当ですか?」

「知らん」

「えぇ!?」


多分、あると思うけど。

……なかったら、申し訳ないから、濁しておいた。


「でもでも、その件も添えて伝えれば……。雇ってくれるところ、あるんじゃないですか?」

「い、いや、まだあると決まったわけじゃ」

「なかったら、ごめんなさいして、断ればいいだけですから……。学校に戻る前に、最後、一店舗だけ、行ってみませんか?」

「……そうだな」


しまったなぁ。

笹倉の良い話に流されて、不確定なことを口走ってしまった。


ウキウキしながら、歩き始めた笹倉を、止めることもできず。

俺はやはり、後を付いて行くのみだった。

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