笹倉柚は、天使になりたかった

「柚、天使になるのが夢だったんです……」


うっとりした表情で、笹倉が語り始めた。


「あれは、小学校二年生の時。ママに読んでもらった絵本に出てきた、可愛い可愛い天使さん……。ずっと憧れでした。そんな、憧れの天使さんに、なることができたんです! これって運命だと思いません!?」


シーンと、静まり返った、オカルト研究部の部室。


「……フミちゃん。珍しいよね」

「珍しいですね」


二人が呆れている。


文月先生の手を、突然笹倉が握った。


「な、なんですか?」

「先生! 私、このままがいいんです! 天使として、生きていきたい!」

「バカなことを言わないでください。軽度の内に治療しないと、重症化するケースもあります」

「重症化?」

「例えば……。羽が三つに増えるとか」

「三つ!? 最高じゃないですか!」


ダメだ……。

なんだこの、ポジティブ女子は。


「あのさ……。柚っち。そのままが良いって言ってもさ、電車とか乗る時、どうするの? いきなり羽が生えてきたら、困るでしょ?」

「これ、飛べるんですよ!」


そう言って、羽をバサバサと動かし始めた。


「じゃあ、トイレは? してる最中にそうなったら、どうする?」

「お、男の子がいる前で、トイレとか言わないでくださいよ! 柚は天使なので、トイレなんて行きません!」

「……」

「行きませんからね!?」

「お、おう……」


わざわざ俺に、もう一度言わなくてもいいんだよ……。


「笹倉さん。例えば、空を飛んでいる時に、その羽が突然消えたら、落下して死にますが。それに関しては、きちんと考えていますか?」

「……そっか」

「考えてなかったんですね……」

「でも! 大丈夫だと思います!」

「全く……。良いですから、病院に行きますよ?」


文月先生が、笹倉の手を掴もうとしたところ。

笹倉が、俺の後ろに隠れた。


そして、羽を目いっぱい伸ばして、文月先生を威嚇している。

……クジャクかよ。


「……まぁ、ぐちぐち言うよりも、色々体験したほうがいいかもしれませんね」

「文月先生?」

「武藤くん。今日の授業は、私から免除するように伝えておきますから。彼女を連れ出してあげてください」

「本当ですか!? ありがとうございます! フミちゃん先生!」

「フミちゃん先生……。あの、それ別に、気に入ってるわけじゃないので。やめてください」

「えぇ~? 良いじゃないですか~」


笹倉が、唇を尖らせた。

なんか、面倒な展開になってしまったぞ……。


「歩夢。ちゃんと面倒見るんだよ?」

「あれ? そもそもこれ……。モモ先輩が付いて行ったほうが良くないですか?」

「私は色々仕事があるの。歩夢は暇でしょ?」

「暇って……」


学生とは、何なんだろう。


とにかく、決まってしまったものは仕方ない。

笹倉と一緒に、校外へ出ることになった。

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