サキュバスの魅了 疑似体験

昨日抱き着かれた時は、失神してしまったが……。

今は、ギリギリ意識を保てている分、その魅力を、しっかりと受け止めてしまっている。

まず、匂い。

犀川はとにかく、エロい匂いがする。


エロい匂いってなんだよ。って思うけど、とにかく言葉で言い表せないほど、エロい。


それから、背中にぎゅ~っと押し付けられている、大きな二つのアレ。

それはもう、ブラジャー、犀川の服、俺の服……。


本当に、三つも布を経由してるのか、疑わしくなるくらい、しっかりと柔らかさが伝わってくる、悪魔的物体だ。


極めつけには……。


「ん……。あれ? んしょ……。えぇっ?」


……犀川の息遣いを、すぐ耳元で感じてしまうこの距離感。


当の本人は、脳みそをプリンに支配されているので、俺が意識を失う寸前であることに、気が付いていない。


ちなみに俺は、コントローラーこそ握れているが、ボタンを押す力が湧いてこないので、スタート地点から全く動いていない状態。


どうなろうと、間違いなく犀川が勝つはずなんだが。


「犀川ちゃん! それ、逆走してるよ!?」

「えぇ!? そんな! 早く戻らないと負けちゃう!」

「現状、最下位は歩夢だから、現実の歩夢に攻撃すればいいんじゃないかな! そうしたら、抜かされないよ!」


何か聞こえた気がする。

もはや、目を開けていることすら、難しい状態になっていた。


この弾力と、温かさに……。

勝てる男子がいるのなら、連れてきてほしい。


「そ、そっか……。ごめん武藤くん。プリンのためだから!」

「~~!?」


いきなり、耳に風が吹いた。

もしかして、犀川が、息を吹きかけたのか?


犀川の吐いた息が、耳の穴から侵入して、脳みそまでじんわりと温かくなっていく感覚に陥った俺は。


とうとう、コントローラーすら、手放してしまった。


「おぉ! 良いぞ犀川ちゃん! あと一周!」

「はい! プリンプリンプリン!」


段々と、音が聞こえなくなってくる。

犀川と触れ合っている部分が、溶けていくような……。


もう、正常な思考をすることはできない。


あたたかい。

きもちいい。

やわらかい。


そんな、五文字のひらがなだけで、脳みそが埋め尽くされている。


そして……。


「やった~!!!!」


いきなり、耳元で響いた大きな音で、俺は目を覚ました。


「おめでとう! 歩夢に勝った犀川ちゃんには、プリンを差し上げます!」


そうか。

俺は……。負けたんだな。


いや、でもなんだろう。

違うところで勝った気がするから、いいや。


「しっかし、ただ抱きしめられたくらいでさ~。こんなによわよわになっちゃうって、恥ずかしくないの? あ、ゆ、む、くん?」


……くそっ。

今までこのゲームで、モモ先輩に負けたことなんて、一度も無かったのに。


ついに俺の戦績に、黒が刻まれてしまった。


胸に負けたんだ……。俺は。


「ほらほら。なんとか言ったら? ねぇ。悔しい? ん?」

「……う」

「う?」

「……うるさいです」

「あはは! 惨めだなぁ~歩夢! 敗者の気持ちがようやくわかったでしょ!」

「はぁ……」


ようやく、体が動かせるようになった。


サキュバスの魅了って、こんな感じなのかな……。


あのまま抱きしめられていたら、本当に脳みそがドロドロに溶けてしまっていたかもしれない。


「美味し~!!!」


……当の本人は、そんなこと一切気にせずに、プリン食べてるけど。


「さて! じゃあ~。私に負けた二人には、罰ゲームね」

「「は?」」


ほぼ同時に、声を出した。


「聞いてないですけど。そんな話」

「言ってないもん」


モモ先輩が、いたずらっぽく笑う。


「そろそろお腹空いたでしょ? 二人で、買い出し行ってきてよ。近くにコンビニあるからさ」

「私、プリンだけで十分です」

「さすがに健康に悪いから。え~っと。私はざるそばと、サラダチキンお願いね!」

「だいたい、なんで二位の私まで、行かないといけないんですか? 最下位の武藤くん一人で良いじゃないですか」

「ダメ~。この中で二位っていうだけで、実際は歩夢の次に、順位悪いんだからね? それに……。三人分の荷物を、一人で持たせるなんて……。かわいそうでしょ?」

「それは……、そうですが」


どうやら、犀川は納得したようだ。


「ねぇ、歩夢」


モモ先輩が、耳打ちをしてきた。


「……二人きり、だからね。ちゃんと活かしてよ?」


……そういうことか。


「……ありがとうございます」

「ううん。頑張ってね!」


なんだかんだ言っても、優しい先輩だ。


「よし。行こう犀川」

「な、何? 急にやる気になって」

「コンビニ好きだからな。俺。言ってなかったか?」

「初耳……」


呆れた様子の犀川を連れて、コンビニへ向かった。

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