距離感

「なんだか、不思議な感じ」


買い出しを終え、マンションに戻る途中。

犀川が、そんなことを言い出した。


「どうして?」

「だって……。私、こうなる前には、誰かの家に泊まるなんてこと、したことなかったもん」

「……だろうな。犀川、友達いなさそうだし」

「抱き着くよ?」

「どんな脅しだよ……」


今、手に持っている袋に入っている、せっかく買った食べ物たちが、地面に落下することになってしまうので、それはやめてほしかった。


「心配するな。俺も、人の家に泊まるなんて初めてだぞ」

「あぁ。武藤くん、友達いなさそうだもんね」

「おいおい。すぐにやり返すな」

「ふふっ」


犀川が、笑ってくれた。

……なんだか、良い雰囲気じゃないか?


「おかしいよね。魔物症候群になって、全部終わっちゃったのかなぁって思ってたのに……。今の方が、普通の学生っぽいことしてるなんて」

「……そうかもな」

「ありがとう。武藤くん」

「……あのさ」

「ん?」

「ちょっと、そこの公園に、寄らないか?」

「なんで?」

「袋の中身が、ちょっと傾いてるみたいなんだ」


適当な理由を付け、公園のベンチに座った。


「ちょっと。私、アイス買ったんだけど。溶けちゃうじゃん」

「じゃあ、今食べればいいんじゃないか?」

「もう……」


犀川に、アイスを手渡した。


「さっき、プリン食べてたばかりなのに」

「甘いものは別腹って、よく言うでしょ」


アイスを食べながら、そんなことを言う。


「意外だったよ。堅物な委員長が……。実は甘い物好きだったなんてな」

「バカにしてる?」

「し、してないしてない」

「……別に、良いじゃん。そもそも私、堅物って言われるほど、何かを規制したり、口うるさく注意したりなんて、してないでしょ」

「そうかな……。結構厳しい委員長だと思うぞ」

「男子生徒が、エチエチな話をしている時、女子生徒がどんな気持ちになってるか……。考えたこと無いから、そういうことが言えるの」


そう言われると……。反論は、難しい。


「……でも、私はしばらく、教室に行けないから。きっと、男子たちが好き放題やってるんだろうね」

「まぁ……」


犀川がいなくなったことで、確かにみんな、羽を伸ばしている感じはある。


「だけど、犀川を心配してる生徒もいたぞ」

「誰?」

「……」

「はぁ……。無理に慰めないでよ」

「俺とか、心配してるし」

「武藤くんは……。こっち側だから。カウントしない」

「こっち側って」

「一応。味方だと思ってるんだから」

「……え?」

「……い、今の無し。嘘。嫌い」

「えぇ?」


犀川が、必死で顔の前で手を振って、誤魔化そうとしている。


『……二人きり、だからね。ちゃんと活かしてよ?』


モモ先輩……。


俺、頑張ってみます。


「……犀川」

「ん?」

「俺……。さ、前も言ったと思うんだけど」

「何?」

「……お前のこと、昔からちゃんと、見ててさ」

「はい、ストップ」


犀川が、手で制してきた。

もちろん、触れてはいないが……。


「待ってくれ犀川。言わせてくれよ」

「ダメ。聞きたくない」

「でも」

「武藤くんのこと……。自分を助けてくれた人として、ちゃんと信じたいの。まだ、本当に信じられたわけじゃないから……。そこに、余計な気持ちを持ち込まれたくない」


立ち上がった犀川は、もう歩き始めている。

慌てて後ろを追いかけた。


「もし、それ以上踏み込んでくるなら……。やっぱり、学校は辞める」

「そんな……。なんでだよ」

「……とは言ってみるけど、辞めるつもりなんてないの。だから……。ね? 武藤くんが、我慢してくれれば、それでいいから」

「……そうか」

「うん。そうなの。仲良くやりましょう? せっかくのお泊り会なんだから」


犀川は、笑顔だった。

だから俺も、笑顔を返してみる。


ちゃんと、笑えているだろうか。

好きな人の笑顔なのに、なぜか少し、目を逸らしたくなった。

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