説得と宣告

「おーい。犀川」


犀川の部屋のドアをノックした。


返事はない。


「犀川~。武藤歩夢だぞ」


やはり、返事はない。


「入るぞ~」


俺は、鍵を使って、ドアを開けた。

部屋の電気は、少し暗め。


そんな中、ベッドの上で、布団に包まっている、大きな塊が目に入った。


「……はぁ!?」


俺が入って来たことに気が付いた瞬間。

その塊から、犀川が姿を現した。


寝間着なので、色々緩くて……。

すぐに、煩悩が刺激され、よろしくない気持ちになる。


そもそもこの部屋自体が、犀川の放つ何とも言えない香りが充満しており、立っているのがやっとなくらい、クラクラするのだった。


治療を受けていて、これだから……。

もし、そのままの状態だったら、どれだけヤバいんだろう。


……意識をしっかり保て。武藤歩夢。


「よう。犀川」

「ななな、なんで武藤がここに……」

「昨日、文月先生が、家に来るって言ったろ? その付き添いだよ」

「早く出て行って」


犀川が、こちらに向けて、手を伸ばす。

しかし、触れたら失神することがわかっているので、伸ばすだけだった。


その伸ばした手を、上下に揺らしている。


「……出てって」


……念力か?


「犀川。俺の話を聞いてくれ」

「嫌だ。聞きたくない。私はもう、学校辞めるから。関係ない」

「お母さんからも話を聞いただろ? 魔物症候群は、そんなに絶望する病気じゃない。治りにくいし、一生付き合っていく人もいるけど……。でも、ちゃんと社会復帰できるんだ」

「無理でしょ。どうせ、胸萎まないし。もし仮に、異性を魅了する症状が抜けきったところで、男にエチエチな目で見られるなんて、最悪」

「……じゃあ、犀川が辞めるなら、俺も辞めるよ」

「……え?」


俺は、魅了に必死で耐えながら、犀川の目を見つめた。


「なんで? 意味わかんない」

「犀川が学校を辞めるっていうことは、そのくらいのことなんだ」

「……理解できない。脅してるつもり?」

「あぁそうだ。脅してる。もし、将来有望なお前が、学校を辞めるなんてことになったら、俺が責任を取って辞めるって言ってんだ」

「責任なんて、武藤にはないでしょ」

「ある。だって、俺が最初に、犀川のことに気が付いたんだから。責任者って呼べると思うぞ」

「無茶苦茶……。全然理屈になってない。暴走してるだけだよ」


犀川は賢い。

こんなことじゃ、納得しないのはわかっていた。

だから――秘策を用意した。


犀川のお母さんには、申し訳ないが。


武藤歩夢。頑張らせていただきます。


「あのな、犀川」


じーっと目を見つめているせいで、フラつきそうになる中。

それでも俺は、目を逸らさず、言い放った。


「何を勘違いしているのか知らんが……。お前は、最初からエロかったぞ」

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