夢想家の私は夢を食べる

@harumametomoya

第1話 おはよう

「それでは朝7時のニュースです。昨夜未明、高校生と思われる女性のバラバラ死体が川崎市……」朝方、まだ白んだ陽の光が窓より差し込む中、随分と物騒なニュースが寝起きに飛び込んできた。最悪な朝だ。

 東京、八王子の一角。四階雑多ビルの三階、タオルを顔に被せてソファに寝そべる男。ここの家主だ。スマホのデジタル音が部屋に響き渡る。電話だ。男は寝そべったまま手探りでガラス机の置かれたスマホに手を伸ばす。まだ眠い。体を起こしたくない。ないとかこのまま…中々届かず体がソファから乗り出す。このままだとまずいまずいぞ。スマホのバイブレーションがなかなかに姑息な動きを見せる。さらに男は体を前のめりに伸ばす。あ〜あ!案の定男はそのままソファから転げ落ちた。

「痛っつあ、んだよ」床に転げ落ちた男はそのまま仕方なく立ち上がり電話に出た。

「はい、もしもし」しゃがれたダミ声は相当の重傷だ。

「やっと出やがったかこのおっさん予備軍。お前今何時か知ってるか!?七時半だ!七時半!普通の大人ならな……」いつもの説教が始まる。これ以上俺のテンションを下げさせてたまるかと、そんな面倒なことをさせてたまるかと何とか出鼻をくじく。

「うるせえな。性根が枯れたお前と違って俺はまだピチピチだぜお前と違って」電話越しに大きめのため息が聞こえて来る。

「お前、酒飲んでたのか?それなら俺も呼べよな」

「嫌だね。お前に酒飲ませると面倒なんだよ。情緒が不安定になるから……」

「あ??」

 強めのあ??だ。心外なのだろうがこの相手を喋らせると色々と面倒なのはご存知の通りなので気にせず男は気にせず話を進める。

「笑うし、泣くし、面倒いし、終いには記憶が飛ぶんだからお手上げだ。なのでお前とは酒は飲みませぇぇん」しゃがれたダミ声がうざったらしく相手をおちょくる。返す暇を与えず本題へと話を戻す。

「それで何の用?」

 欠伸を零す男、返答は深いため息。

 机に置かれた陶器のコップにウォーターサーバーの水を汲みに立ち上がると、即座に飲み干した。はぁ、昨夜からビールを飲んでいて喉の奥に違和感を覚えていた男にとってこの水は浄化の聖水だ。

「テレビのニュース見たか?」

 男は部屋の隅に置かれたこじんまりとした小さな付けっ放しのテレビに目を向けた。

「あぁ今見たよ。悲しいもんだ」

「そうだな」悲痛に悩む両者。

「まさかだよな」テレビを見つめる男。

「あぁまだお若いのに」嘆く相手。

「まだいけたはずだろ」言葉に力が籠る。

「当たり前だ!」

 同じように伝播された思いを電話越しに吐き捨てる相手。

「何で……何で引退しちまったんだよ冬ミン。俺結構好きだったのにさ」急に冷めたように声のトーンが落ちた男の部屋のテレビにはツインテールのアイドルが多くの記者に囲まれて頭を下げている風景が映っていた。見出しは『我らが天使、巣立ちの時』。

「そっちじゃねぇよ。バラバラ死体の方だ!お前わざとだろ、そうなんだろ」男は掠れた笑い声を電話越しからは舌打ちが飛び交って聞こえた。

「ふざけるな。こっちは真面目な仕事の話をしてるんだよ。イイ加減にしてろ。こちとらお前の後処理にどれだけ……」声のトーンを低くして男を凄む電話越しの男。

「ハイハイ分かったよ」男は簡単にあしらうように電話越しの男に語りかける。この両者は古くからの友人の間柄なのだ。

 

 明朝、包丁がまな板に当たる音、味噌汁の匂い、冷や水での洗顔、霞む視界で寝起きのボサボサ頭と酷い顔を鏡に写していた。

かすみ〜ご飯食べちゃって〜」霞と彼女を呼ぶのは彼女の母親、父親は既に朝食を食べている。丁度コーヒーを飲み終えたところのようだ。いつもと何ら変わらない、いつもの朝。

「ここって学校への通り道じゃないの?霞も気を付けてよ〜」

「ふぁいふぁい」朝食のマーガリンの塗られた食パンを口に食みながらまだ寝ぼけた頭で適当に答える。これもまた彼女にとってなんら変わらない日常の一部。

「もう本当に分かってるの?」

「はは、大丈夫だよ、それにこれはいつものことだろ」心配する母親とは反対に笑みを浮かべる父親。対照的な二人に挟まれた当の本人はと言うと何事もなく牛乳を含んで食パンを飲み込んでいた。

「行って来ます」制服に身を包み髪を整え父親と一緒に家を出る。特に話す事も無く最寄りのバス停の前で別れる。

「行って来ます」霞は父親にそう伝えていつもの様に学校に向かおうとした。

「霞」

「ん?何」いつも呼び止められずに「行ってらしゃい」の一言で終わりなのに。

今日は『ゾンビモンスター』略してゾンスターの新作キーホルダーが出るので早く立ち去りたいのだが、と心の中であたふたした気持ちを抑えつつ、振り向く。

「朝、母さんも言ってたけど気を付けてな」父親の顔には今朝のように笑みはなく、逆に曇った表情を見せた。

「もう心配しすぎ、大丈夫だよ」口では平然を装ってはいるが父親の心配を他所にゾンスターが気になり過ぎて気が気ではなく、そそくさとその場を後にした。その明らかに軽薄な去り際に彼女の父親は一つ思い出した。

「……そう言えば今日だったな。あのキモ、いや…ホラーなキャラのキーホルダーの発売日。我が娘ながら感性を疑いたくなる。誰に似たんだか」

 学校。昼休み……

 霞は今朝買ったゾンスター第三弾海洋編のゾンビクラーケンを見て過ごしていた。

「やっぱいいよ!期待を裏切らないこのデザイン、そしてこのリアリティ。癒される〜」机に置かれたキーホルダーフィギュアを頬を机に押し付けてマジマジと見つめていた。だがその安息の地は一人の少女によって崩れ去る事となる。霞は絶対に全種集めると密かに心に決めたその時のことだ。

「ねえ霞。ってまたそのキモいの買ったの?」

「前にも言ったけど、キモくないから」話しかけて来たのは友人である佐藤利夢。霞の友人である。

「キモいよ、ちゃんとキモいから」もう何回この会話をしたのか分からないほどだが、霞は決してゾンスターをキモいとは認めない。そんな霞を哀れに思ったのか利夢は霞にある提案をする。

「イイ加減そんな物より一緒にこっち側にこない?最近ホットなのは王道ではあるんだけど消しゴム♂と鉛筆♀なんだけどさ」霞はわざとらしく深いため息を吐き捨て、白々しく嘲笑った。そんな反応をされれば当然利夢はいい気分ではいらえない。

「何よその反応は、私は態々わざわざホットニュースを教えてあげてるのよ」何をと言わんばかりの顔で笑い飛ばす。

「別にホットでも何でもないし、そんなこと言うんならこっちのゾンクラの方が全然ポヤポヤ[#「ポヤポヤ」に傍点]だよ。ほら見てよこの艶めかしい触腕と腐敗のコラボをさ」霞はゾンクラと呼んでいるキーホルダーをうっとりと見惚れ見る。対照的に利夢は自身の心酔しきっている至高の戯れシュミと嫌悪している友人の戯れそれに遅れていると言われ黙っている訳もなく。

「ポヤポヤじゃなくてホヤホヤだし、頭大丈夫?まぁ仕方ないか、そんなただただキモいだけの物が好きな奴の頭がまともな訳ないものね」反撃に転じる利夢ではあったが逆に霞に手痛いカウンターをもらうこととなる。

「そんなこと言ってイイのかな?私知ってるんだからね利夢が気になってた先輩にさりげなくアプローチした時に磁石の話したら引かれてその日を境に距離を置かれた事を」なぜその事をとたじろぐ利夢。その一言に毒気を抜かれ言い返す気も起きない。

「何で私以外まともな友達いないあんたが知ってるかわからないけど、もう先輩のことはいいんだよ。ハハハ……」自分で言っていてその時の情景を思い出して気を落とす利夢の横で霞は頭を抱えていた。

「私にはゾンスターがいる。友達なんて二の次、そうだ友達百人なんて土台無理な話なんだ」そうブツクサと頭を机に突っ伏している。その姿をみた利夢はなんだかどうでも良くなってくる。こんな会話を繰り返して何回目だったか、そんなことは二人とも覚えていない。わかることはわからないくらいと言うだけだ。

「はぁ、こんなキモンスター[#「キモンスター」に傍点]の話じゃなくて……」

「キモンスターじゃないよ!ゾンスター[#「ゾンスター」に傍点]だよ」食い気味のツッコミは突っ伏していた霞の体を持ち上げた。利夢は無視して霞の向かい側に座る。

「それで相談なんだけどさ……」先程までの毒気の混じった声色とは打って変わってなんとも弱々しく不安げな面持ちだ。だがそこを察せないのが霞の悪いところなのだろう。

「何々!まさか男出来たとか?」

「まだ続けたりないの?」

 霞の友人である利夢は周りからも認められる美人ではあったが何故か不思議と異性と見られず、彼氏が出来ないと言うコンプレックスを持った彼氏いない歴=年齢の残念美人、色々拗らせてしまった利夢の今の趣味は脳内カップリング、どんな存在でも純愛に繋げる事が出来、今では無機物にでも純愛を求める猛者となってしまった。

 そして霞もまた凄まじい能力と称号を持った人物なのだ。その天然さから男の勘違いを幾度となく起こした。勘違い男製造機とまで言われた人物なのだ。その為、男からも女からも敵を作りやすいと言う特性を持ち合わせた悲しい存在でもある。そんな互いに疎外感を持つ二人は今では一番の友人同士である。そんな友人からの相談だと言うのだから無視は出来ない。利夢は椅子ごと寄せて声を抑えつつ顔を近づけ、そして満を持して口を開いた。

「ストーカー?」

「そう。ぽい人を最近見かけるようになってさ」これにはゾンスターに夢中だった霞も友人の危機ともなれば前のめりになって顔も近くなるものだ。

「あ!でもぽいってだけで違うかもで、取り越し苦労の可能性も……」本来なら家族に先に相談するのが普通なのだが利夢にとってはそうもいかない。

「あぁ、なるほどそれでうちに相談したのか。おk、分かった。相談に乗ってみるよ」霞は利夢の話の途切れぬうちに返事をした。助けを求めようとしたうちから利夢は少し不安げではあった。

「大丈夫、何もなかったらそれはそれでオッケーだし、不安になっていつまでもモシャモシャするのが一番ダメでしょ」霞は明確に浮かれていた。友達と言える人から頼られる事に、相手のことも考えずに。

「うん、ありがとう霞。ついでに言っとくとじゃなくてモヤモヤね。てかモシャモシャって何だし」

とりあえず下校時は一緒に帰る事と人気のないところは通らない事を徹底する事とした。

 下校時、白い空に赤みがかってきた頃。

「それじゃあね」手を振って送り合う両者。

「変な人が居たら大声出してすぐに逃げてね」そう軽く忠告してその場を後にした。

それにしても霞は明確に浮かれていた。唯一の友人に頼られた。これは自慢できると帰路に着く足取りも心なしか軽やかである。

自室に着くまで霞は終始笑顔だった。それを見た母親は察するように軽くおかえりと済ますだけにとどまった。

部屋に着くなり、学校指定の鞄(ゾンスターのキーホルダーが盛大に装飾された)を放り投げるとベットに倒れ込みにやけた顔とニヒニヒという気の抜ける笑い声を漏らしながら、どこかに電話をし始めた。それにしてもジャラジャラと無駄につけられたキーホルダーは随分と前のもののように見える。角は丸くなり、塗装も剥げている。それもそのはずだ。霞の使っている携帯は使い古されたガラケーと呼ばれる霞の姉のお下がりだ。

「おかけになった電話番号は……」と留守電になってしまったがそれでも気にせず霞は音声を吹き込んだ。

「お姉ちゃん、あのね。私の友達に利夢っていう変な人が居るんだけどさ。その利夢が最近ストーカー被害に遭ってるかもなんだって。まぁ、さっきも言った通りの少し変わって子だからさ思い違いっていう可能性もあるんだけど、でもどうしてもって言うからさ、お姉ちゃんにお願いしたいんだ。このメッセージを聞いたらすぐに返信をください。待ってます。フフッ」

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