ありがとうが蟻が十の世界で
でつるつた
第零話 ハジメニ / △△△第一話 日常
とあるマンションのとある一室にて。 一人の男がこの現代社会には似つかないボールペンと紙を机上に、椅子に座っていた。 とてもアナログなそれらは、しかしその男の表情を見る限り、とても満足のいくもののようだ。
何でもかんでもインターネットやコンピュータなどの最先端がいいってわけではないのか。 全く、人間はわからない。 便利なものはどんどん使っていくべきなのに。
……それはさておき。
その部屋はこれといって目立ったものはなく、机の他に大きめの本棚とそこに詰まった本ぐらいしかない、とても質素なものだった。
男が何をしようとしているのか。 こんな晴れた明るい日には散歩のひとつぐらい行く方がよっぽど有意義だと思うが、そんなことよりもこの男にとってこの今から使おうとしているボールペンと紙は大事なものだったのだ。
男は徐にボールペンを手に取り、その紙に何かを書き始めた。 よく見ると、その紙は原稿用紙のようだった。 ……何か物語を描くのだろうか。 それにしても、メモ用紙などは机上にはなく、まるで頭の中に全ての設定が埋め込まれているかのように、滑らかにボールペンを走らせていた。
……まあ、それはそうだ。 設定が頭にあるのではなく、記憶が頭にあるのだから。 当然、ペンが止まることはないだろう。 男は所謂ノンフィクションという物を書こうとしているのだ。
……今から十年前、2042年の夏。 その夏に日本は大きく変わったのだ。 それはもう、宇宙の正体が解明された並に大きな出来事だった。 (未だに解明されていない)
しかし、時は流れ、万物は姿形を変えていく。 よどみに浮かぶなんとやら、それは人間の感じる情も然り。 当時は***っていたこの状況も、今となっては当たり前のように……おっと。
すまない。 認知できない言葉を使用してしまった。 辞書にもない、聞いたことのない言葉を。 だがまあ、安心して欲しい。 この男はその認知できない言葉を懇切丁寧に説明する為に、いま必死に机に齧り付いているのだから。
……まずはこの男が書いている物を読んでもらおうか。 その後にまた、私は語るとしよう。
〝*****〟という言葉の意味を知ってもらってね--
△△△
夏い暑。 そんなしょーもないことを考えながら炎天下を歩いていた。
ギラギラと全てを焼きつくさんと燃える太陽はアスファルトを熱し、そのアスファルトは独特の臭いで俺の鼻をつく。 暑さを助長するかのように騒騒しい蝉の甲走る鳴き声は、普段この時間帯は閑静であるはずの住宅街を朝から縦横無尽に駆け回り、喧騒にしている。
ダラダラと滝のように流れ落ちる汗は拭っても拭っても止まるところを知らない。 そのせいで体にへばりついてしまった制服も不快感を助長する。 全く、汗というものは体を冷やす効果があるはずなのに全然涼しくならないじゃないか。 より一層不快にしてどうする?
と、もうお分かりだと思うが俺は夏が好きではない。 こういう日はクーラーの効いた部屋で涼むことに限る。 部活動で朝から走っている人の気が知れない。
朝からどうにもできない天候に愚痴を思いながら歩いていると、向かいから手を振って駆け寄ってくる人影があった。
……どうして神様はこうも理不尽なのだろう。
駆け寄ってくるのは俺の数少ない友達のハジメだ。
ハジメの汗は俺のジメジメとしたそれとは違い、なんというか、いい男のアクセサリーと化していた。 茶色のナチュラルショートの髪にぱっちりとした二重。 その下には浅緑の瞳、まさに爽やかの権化と言っていい。 漫画の一コマなら、あはは と手を振りながら汗が太陽の光に反射してキラキラ輝いていることだろう。 こう、スローモーションな感じで。
それに比べて俺ときたら、一目でわかる根暗なやつ。 ハジメとは雲泥の差、月と鼈である。 勿論、俺が泥で鼈だ。 漫画の一コマなら、一番端っこにどよーんとした背景に肩を落としている感じ。 本当に神様は平等と言う言葉を知らないのだろうか。
……いや、〝知るわけない〟か--
……それは兎も角、どうしてハジメは学校とは真逆の方向に走っているのか。 別に頭がこの暑さでぶっ壊れてしまったわけではない。
「ユウ、おはよー!! 」
「ああ、おはよう」
ハジメは毎朝、わざわざ俺のところに走って向かってきては一緒に登校をするからだ。
何故、ハジメが雲泥、月と鼈の関係であるはずの俺と共に登校しているのか。 これは俺の推測だが、多分俺に同情をしているのだと思う。 先程、数少ない友達と言ったが、告白しよう。
俺には友達がハジメしかいない。
……今、「それはお前が友達だって思っているだけで、相手はそうは思ってないのでは? 」と思った者が居ると思う。
だが、そのようなことは断じてない。
何故ならハジメから友達だと言われたからだ。
……いや、本当だ。 マジで。
「いやー、楽しみだねー! 」
「ん? 何がだ? 」
「何って、今日は終業式だよ? 明日から夏休みだよー」
「ああ、そういうことか」
到着したハジメは、さすが陸上部と言ったところか2回程、すぅー……はぁー…… と深呼吸をした後すぐに会話を展開した。
しかしそうなのだ、今日は終業式なのだ。
明日から待ちに待った夏休み、ということである。
まあ、俺は待ってはいな(略
「ん? 何そのキョーミのなさそうな反応はー? 」
「……いや、だって俺夏好きじゃないし……」
「え!? 夏が好きじゃないってそんな人がいるの!? 存在するの!? 」
「おいおい、自分中心で世界を回すなよ。 この世に絶対なんてないってどっかの偉い人が言ってたから夏イコールみんな好きって言う式は成り立たないだろ」
「あーでもそっかーそりゃいるよねー……夏楽しめない非リア君っ! 」
また悪そうな顔で言いやがって……。 もう悪意しか伝わってこない物言いだった。
「もし非リアが夏を楽しめないのなら、俺は一年中、365日が楽しめない超非リアになるのだが」
「あ、非リアは否定しないのね」
「って言うか、お前も非リアだろ? 何上から目線なこと言ってんだよ」
そう、ハジメはルックスも頭も良く、運動もできるのに彼女がいないのだ。 ……いや、いないのではなく、作らないのだ。 その気になれば今日の放課後にはデートのひとつはしてそうなぐらい人気はあるのだが。 俺こと超非リアに対する当て付けか……?
「はぁ、全く近頃の若者は……。 ユウたち、もとい君たちはすぐ彼女云々でリア充かどうかを判断するんだから」
「何を言い出したのかと思えば……。 そこを! 譲ったら! もう男としておしまいだと思うんだがっ? それと俺の名前とYouをかけるな」
俺は最近リア充とはリアルが充実、つまり同性の友達がいて、そいつらとワイワイしてたらリア充だっ! とかいっているやつをネットで見たのだが、それは言わないと言う暗黙の了解があると思うのだ。 彼女云々が問題じゃないと言う言葉はただの逃げの言葉に過ぎなくて……
「あー、ユウ? もういいよ? 」
おっと、取り乱してしまった。 自論を語るとついつい熱くなってしまう。
「でもね、僕はユウがいればリア充なのさっ! 」
あからさまにふざけたポージングで言ってのけるハジメだった。
「ハイハイ、俺はそうでもないけどなー」
えー と言うハジメを後ろに俺は学校へ進んだ。
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