第19話 国境の村②
食堂は数組の客しか座れない狭さだった。既に先客が何組かいたが、隅の方で2人の席を確保できた。
すぐ店員が注文を取りに来てくれた。
「食事は決まったものしかないんだ。飲み物だけ別料金だ。どうする?」
「じゃあ僕は果実水で。レミもそれでいいかな?」
「はい、それで」
店員になんだ酒を頼まないのかという顔をされた気がした。
しばらくすると、果実水と料理が運ばれてきた。
サラダと焼き物何種類かとパンとスープ。
「うわあ、結構豪勢ですね! いただきます」
「なかなかいけるね」
「明日出るときちょっと包んでもらおうかな?」
「君はそういうことは頭が回るんだね」
レミリアのような娘の旅人が珍しいのか、近くの客が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、元気いいねえ。どこから来たんだい?」
レミリアは思わず身構えて黙ってしまった。知らない人族に抵抗ができてしまったのかとアレイスターは思ったが、実際はただの人見知りだ。
「おや? 怖がらせてしまったか」
客は壮年の男だった。身なりや佇まいから商人に見えた。アレイスターが代わりに応えた。
「すまないね、彼女は見ての通り人見知りでね。僕らはバリアント領から来たんだ」
「バリアントからと言うと、巡礼か何かかね」
「まあそんな感じさ」
レミリアは関せず再びご飯を食べ始めた。
「最近この辺りで危険な魔物が良く出るらしいんだ」
「危険な魔物? 見当はついているのかな?」
「いや、それが遭遇した奴は全員死んでるからわからないんだよ」
それなら野盗かもしれないのに、魔物と断定されているということは現場に痕跡があるのだろう。
「現場に巨大な足跡があるんだ。死体も荒らされてるって話らしい」
レミリアの手が止まった。ご飯中に聞きたくはなかった。男も気づいたようだ。
「正直、足止め食らって困っているんだ。まああんたらも気をつけた方がいいよ」
「情報ありがとう、気をつけるよ」
男は部屋に帰って行った。
気を取り直して食事を再開する。
「ここに来るまでは会いませんでしたね。この先にいるんでしょうか」
「恐らくそうだろうね。足跡を見ればどんな魔物かわかるんだけど。国境という場所も良くないね」
損害が著しいようなら、国なり領主なりが討伐に来るはずだ。ただ、国境は魔物が移動しさえすれば他国の厄災にしかならない。なかなか重い腰が上がらないのだ。
「見かけたら倒しておいてもいいかもしれない。君のペットが増えるだろうし」
「そんな強い魔物を使役できるのかな」
「ベオウルフより強い魔物なんてなかなかいないから大丈夫だと思うよ」
「はあ」
少し食事の楽しみが半減したような感じだった。
部屋に帰るとペットとの感覚共有の練習を始めた。
レミリアは蝙蝠と向かい合っている。
『シンクロ』
蝙蝠の視界が頭に入ってくる。
「私が見えてます。なんだか目が回りますね」
「君自身の視界はどうなってる?」
「よくわかりません、私が見えているだけです」
「それはシンクロしすぎかもしれないね。ちょっと危ないよ」
蝙蝠が飛び立った。
レミリアは視界がぐらついて倒れてしまった。
シンクロは途切れた。
「目眩がします」
「君の視界のまま、対象の視界が少し頭に入るくらいがいいんだけど、難しいよね」
「何かコツはありませんか」
「こればかりは自分の感覚でやるしかないと思う。もしかしたら、完全に視界を乗っ取る術なのかもしれない。その場合は酔いになれる訓練に切り替えないとだね」
流石に自信が使わない術のことはわからないらしく、珍しくアレイスターの助言を得られなかった。
その晩、遅くまで何度も試したが、シンクロの具合を調整することはできなかった。
レミリアは疲れたので、身体を拭いて寝ることにしたら、アレイスターは何も言わなくても着替えるまで外で待っていてくれた。
ベオウルフと違ってデリカシーがあるし、魔導バカじゃなければ素敵な人だなと少し思う。
なんでベオウルフなんかと比べてしまったのかと気恥ずかしくなり、布団を被っていたらいつの間にか寝ていたレミリアだった。
翌日、朝食を終えるとすぐに出発した。食事は忘れずに包んでもらった。
今日も天気は良好だ。
街道をそのまま歩けば明日にはアルミダに到着するだろう。
道中、昨晩酒場で聞いた、魔物にやられた馬車の残骸を発見した。
確かに大きな足跡が残っており、他の魔物にでも食われたのか、被害者については血痕以外見つからなかった。
「すごく大きな足跡です。うそみたい」
「これは犬の足の形かな? それにしてはちょっと大きすぎるね。犬系の魔物でこんな大きいのとなると、フォレストウルフかキラーハウンドの相当生きている個体かもしれないね」
「まだこの辺にいるのかな」
レミリアは不安になってきた。
「気をつけていこう。犬系は賢いから厄介だよ。もしフォレストウルフなら群れで来るだろう」
しかしその夜、予想の斜め上の事態に遭遇した。
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