第17話 故郷に向かう

帰郷をベオウルフに伝えてから、レミリア達はすぐに準備にとりかかった。

旅で一番重要なのは水と食事だ。川の水を飲みながら保存食で食いつなぐような旅は、旅慣れしていないレミリアには難しいとアレイスターは考えているようだ。


「行商人みたいに、カビが生えかけた硬いパンを食うみたいな過酷な旅行にはならないけど、カンパンとか干し肉を食い続けるのは嫌だろう?」

「カンパンも干し肉も嫌いじゃないですけど、毎食は嫌ですね」


どうせ10日もすれば戻るのに、費用はいくらでも使えなどと言っているベオウルフもだが、アレイスターもレミリアには割と甘い。


水は魔法で出せるので心配は要らなかった。


アイテムボックスは時間経過を無視できるので、ホノに頼んである程度つまめる食事を用意してもらうことにした。


「レミリアあんた故郷に帰るのかい? 寂しくなるね」

「いえ、ちょっと様子を見に行くだけですよ。言わずにいなくなっちゃったし」

「確かに親御さんも心配してるだろうね。こっちで暮らすなんて言ったらまた心配するんじゃないのかい?」


両親より村長のばあちゃんが面倒だなとレミリアは思った。親とは仲は良いが、魔族は寿命が長いため人間よりは親子関係は希薄だ。

レミリアは24年生きており、人間ならとうに家を出ている。24の娘に、見た目の13歳程度を扱うように干渉していては、良い関係が築けるわけがない。自然とお互い奔放に生きているのだ。

しかし精神はともかく、身体が成体になるまでは庇護がある程度必要なため、共同体として村が重要になっている。村長は保護者のようなものだ。


「そこはわかってもらうしかないですね。村に居たってつまんないので」

「若い娘さんには毎日同じ暮らしは難しいのかね」


この街は決して大きくはないが、ベオウルフが露天などある程度自由な商売を認めているためか、開放的で活気のある街になっている。近くの村からの若い客も多いのだ。


ホノから聞いたのだろう、帰郷の話を聞いたノーラが部屋に押しかけてきた。


「レミリア! せっかくお友達になったのに帰っちゃうのやだよ!」


ホノには説明したはずだが、明らかに早とちりしていた。改めて説明するとノーラはホッとしたようだ。


「街も立ち寄るみたいだから、お土産買ってくるね」

「ならお菓子がいい! 楽しみにしてるね」


緊張感がまるで無かった。


アレイスターから旅装についてひとつ忠告を受けた。


「君は身につけていないようだけれど、普段着としてフードの付いたケープを渡されたはずだよ。出る時は必ず身に付けるようにしてね」

「そういえばありましたね。探しておきます」

「この街は大丈夫だけど、魔族に敏感な地域に行くからね。君の角は髪に隠れてあまり目立たないけど、隠して動くに越した事はないんだ」

「実は父にも母にもこんなの無いんですよね」


レミリアは角を触りながら言った。


「ずっと親御さんと暮らしてきたんだよね?」

「はい、覚えいる範囲ではずっとですね」

「まあ君もいい歳だからね。興味があるなら聞いてみれば、何かあれば話してくれるかもね」


「そういえば、道中の課題を出すつもりだったんだ」


アレイスターが闇の魔導書を持ってきた。

ページをぱらぱらめくり始める。


ふと、ひとつのページが妙に目についた。

めくる間のわずかな時間ではあったが、書かれていた魔法陣がレミリアの網膜に焼き付く感じがあった。


「えっ?」

「どうしたんだい?」

「いえ、なんでもないです」


アレイスターは訝しそうな顔をしたが、再びページをめくり始めた。


(なんだったんだろう。少し情報が流れ込んでくる。「死の神◯◯」。言った方がいいのかな? でも盗み見た感じだし)


アレイスターの手が止まった。


「これだね。使役する不死者の感覚を共有する魔術」

「ごめんなさい、意味がわかりません」

「少しは考えてから言ってね……少し言い砕くと、使役対象が見ているものや、聞いているものを『シンクロ』する魔術だね。偵察とかにつかえるだろう? 今回のような場合、ダイブイーグルに先行させれば、村も探しやすくなるし」

「なるほど」

「ちなみに、こういうのはお約束なんだけど、嗅覚や味覚を魔物と共有すると悶絶する羽目になるから気をつけてね」


想像しただけでぞっとする話である。


「僕も精霊や使い魔とシンクロする魔術は使ったりするから、難しかったらアドバイスできると思う。この旅の間に身につけて欲しい」

「わかりました」




マイラ村に向かう方法として、アレイスターがシルフの加護を利用して飛行する移動魔術を使ってくれるようだ。

しかし、他国である教皇庁領に飛んで入るわけにはいかないので、マイラ村が近いと思われるアルミダに直接行くのは政治上問題がある。

そこで、フィーンフィル王国側にある国境沿いの村の辺りから歩いて国境越えをすることになった。


というわけで、現在レミリア達は空を飛んでいた。アレイスターがレミリアを小脇に抱えている。

レミリアはぐったりしていた。


「高くて恐いのと、速くて恐いのがいっぺんにきてます」

「大丈夫だよ。僕が術をコントロールしているのに。なら、自分で飛んだ方が恐くないと思うよ。また君にも教えてあげるから自分で移動したらいい」

「便利だけど教わりたいと思えない……」

「これでも気を使ってゆっくり飛んでいるんだけど」

「いっそ速く飛んで早めに終わらせて欲しいです」

「そうかい?」


速度が急に上がった。風の抵抗が少し強くなる。


「やっぱやだ! とめてくださいーー!」

「もうすぐ着くよ。騒がしいなあ」


レミリアの悲鳴が響き渡っていた。

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