魔族の娘と死霊魔術 〜勇者に故郷を滅ぼされ奴隷として売られたので、発現した「死霊魔術(ネクロマンシー)」を駆使して必ず報復すると決めました〜

超高校級の小説家

第1話 拐われた娘①

この世界ではよくある話だが、

一人の娘が一週間前に村の近くで何者かに拐われ、奴隷商人を経由して辺境の領主に売られた。


娘の名前はレミリアという。


レミリアは領主のメイドに身なりを整えられて夜伽の部屋に押し込まれた。

着ていた服はご丁寧にそこのハンガーに吊るされている。


それから暫くして領主らしき男が部屋に入ってきた。

男は若く茶色い髪で精悍な顔つきのイケメンだ。

レミリアは不安そうに、少しずつ男から距離を取っている。

男は娘を落ち着かせようと話しかけた。


「まあちょっと落ち着いてくれ。別に問答無用で襲うつもりはないから。お前の名前は?」


レミリアは警戒しながら答える。

すぐに逃げれるように、男から目を離さない。

威嚇するように睨めつける。


「私はレミリアです。この状況で落ち着ける訳ないです」


男はレミリアを値踏みする様に見回す。

軽く波打つ薄紫色の髪を肩まで伸ばした、大きな瞳の可愛らしい娘だ。

用意した薄手のローブのせいで、身体付きが貧相なのがよくわかる。


奴隷商人とやりとりした役人から、相手は妙齢の女奴隷と聞いていた。

実際に見たであろうに、そのまま寄越すとは、その役人には後でじっくり話を聞く必要がある。


レミリアはどう見ても12、3歳くらいにしかみえないが、耳が少し尖っており、人族とは違うようだ。


(この状況でも割と落ち着いているな。見た目よりは長く生きているということか。)


レミリアは人族と同じように地上で生きる魔族だ。


「俺はこの一帯の領主をしている。今日は俺に夜伽するよう言われて来たのだろう」


奴隷商人からはそう言われている。

初仕事とはいえ、出来なければ奴隷商のところに逆戻りさせられ、厳しい折檻を受けるだろう。


「いきなり連れてこられて、そんなこと言われたって。それなりに生きてますけど、そんなことできるわけないです」

「それは俺も理解しないわけじゃない」

「理解してる割にはちょっと目が血走ってて怖いんです。そういう嗜好の人なんですか?」


煽っているわけではない。本音だ。

男は目が血走っている。

身体が少し熱いし、何か落ち着かない。


魅了チャームされている? サキュバスの血が混じっているのか?)


ただ、美しい顔立ちの娘だが、女としての魅力が出るのはまだ先の話だろう。

魅了されてもこの程度のものだ。


(しかし、面白そうだ。少しからかってやるか)


男は少し身を乗り出した。


「お前、魅了しているだろ。自業自得ではないか」


正気を保てなくなるような強力な魅了ではない。

世代を重ねて血が薄れているのだろう。

よく見れば耳の上にサキュバスの角の名残であろう突起がある。


「してませんよ! 変なこと言わないで」


レミリアは少し顔を赤くして言い返した。

その仕草が可愛らしく、軽く魅了されている男は少々やりすぎてしまった。


「そう言わずにこっちへ来い」


男が手を伸ばした。


「いやっ!」


レミリアは咄嗟にドアのある方へ跳躍する。

ドアノブに手をかけようとした瞬間、


「やめろ! あぶないぞ!」


大きな音と共に結界の魔法陣が発動し、レミリアの手が弾かれる。


「痛っっ!」


腕に少し赤い火傷のような傷を負ってしまった。

言わんこっちゃないと男は目を覆った。


(少しやりすぎたか)


流石に興醒めだ。

怪我までした少女をからかう趣味はない。

男はベッドから立ち上がった。

傷の手当てをするためだ。

しかし、徐々にレミリアの傷が癒えてしまった。

魔族と知っている男は別に驚きもしない。


「自己再生か? お前ヴァンパイアの血も混じっているのか」


その血もかなり薄れているようだ。

ヴァンパイアといえば「魔王」には遠く及ばないが「魔人」クラスの化け物であり、そんな物が魔界から出てきたら一国が滅びてしまう大惨事で、例えハーフヴァンパイアでも上位魔族であり、すさまじい瘴気を纏っている。


(だいぶ人族と同化しているな。この辺りの魔族の村の娘だろうか)


男は不憫に思う。

人族には近隣に村を作って隠れ住む温厚な魔族に対して、人とは思わぬような迫害をする輩がいる。

この娘も捕らえられたか拐われたのだろう。


「お前、どうして奴隷になったんだ?」

「村の近くの森で食料を…………集めてたら、何か被さって…………きて突然真っ暗に……」


レミリアはうずくまり、震えるように泣きだしてしまった。


「お、おい、大丈夫か?」


男は近づき再び手を伸ばそうとした。

レミリアはそれを拒絶する。

拐われてからの日々、あまりの理不尽に心身共にもう限界だ。


「こないでっ! なんで私がこんな目に合わないといけないんですか! もう嫌です!!」


レミリアが激昂すると、男の後ろに何かが揺らめいて消えた。

その瞬間、どさっと音がして男がその場に崩れた。


「えっ?」


レミリアは顔を上げた。

よく見ていなかったので何が起きたのかさっぱりわからない。

少しずつ冷静になっていった。


(何が起きたの? 逃げるチャンス?)


しかしすぐ考え直す。逃げてどうしようというのか。逃げた奴隷の末路など、子供でもわかることだ。

倒れている男は、話が通じる相手に見えた。

ならば、男を起こして現状を変えてくれるよう訴えかけた方がいい。


レミリアはうつ伏せに倒れた男を仰向けにした。

力が抜けている大の男をレミリアの力で動かすのはひと苦労だ。

息を切らせながら小声で男に呼びかける。


「あの、起きてくださーい」


男はピクリとも動かない。

辺りはすごく静かで、外で巡回しているであろう兵士の足音くらいしか音がない。


(あれ? 息してない?)


レミリアは顔面蒼白になる。

慌てて、はだけた男の左胸に耳を当てる。

心音がない。


(嘘でしょ!?)


目立つ傷も無いのに男は死んでいるかもしれない。


「ちょっと! おきてください!」


軽く揺すっても何の変化もない。

レミリアからすれば自分に危害を加えた相手だが、

この状況だと誰が疑われるかは火を見るより明らかだ。


このまま奴隷商人のところに戻されたら、

折檻どころでは済まない。

人が死んでいるかもしれないのに酷い話ではあるが、

我が身が一番可愛いのはどうしようもない。


折檻で散々打ち据えられて生かされたとしても、

次に売られた先で、とんでもない目に合わされる可能性もある。

いくら傷ついても身体は魔法で綺麗に治るのだ。

心の傷だけ残して。

魔族の奴隷なんて生きたまま五体バラバラにされて、内臓まで魔術やら薬やらの材料にされる可能性すらある。


幸いレミリアは拐われてからの1週間、

直接殴られたりはしたことはないのだが、

折檻を受ける奴隷の悲痛な呻き声を聞きながら、

一晩中、恐怖で眠れぬ夜を過ごした日はあった。


それ以前に、この男は自分を領主と言った。

怒り狂ったこの城の人族に処刑されるかもしれない。


兵士の足音がドアの外まで近づいてきた。

ドアの外で止まった。


ドアノブの結界に弾かれたり男が倒れたりと、

立て続けにかなり大きな音がしたので、

城の見回りの兵士が気にしてやって来たのだ。


トン!トン!


間髪入れずドアがノックされる。


(ああ! どうしよう!)


心臓がバクバクと口から飛び出しそうだ。

目眩がしてきた。


(お願い! お願い起きて!)


手を握って強く強く願った。

そこから心臓マッサージのように両手を男の胸に押しつけ、力を込めながら更に願った。


(起きて! お願い! もう辛いのは嫌なの!)


もう一度、男に当てた手に力を込めたその時、

身体中の力が手のひらから吸い出される感覚。

力がどんどん抜けていく。


(なにこれ? 私、何か吸い取られてる!)


レミリアと男の下に真っ黒な円が中心から広がる。

どんどん力が吸い取られる。


床の円状の暗闇は丁度二人が入る大きさで止まった。

その暗闇から黒い筋がたくさん立ち昇る。


レミリアは思わず見上げてしまった。

頭がくらくらする。


黒い筋が男に向かって滝のように降り注ぎ、

地面の暗闇も男に向かって収束する。


(うわぁ! すごいけど、もう無理)


レミリアの意識はそこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る