第49話 湖畔の町 レジャー編

 サンデーにより奇病の発生源が特定されてから数日後。


 湖畔の町は、未だ罹患者の残る一部の区域を除き、湖周辺への封鎖が解除されていた。


 閉まっていた店も開き始め、少しずつ以前の活気が戻りつつある。観光客の姿はまだ少ないが、新聞によってこの朗報は既に各所に伝わっており、人が溢れる町に戻るのも時間の問題だろう。


 サンデー達はハルケンの勧めもあり逗留を続け、湖畔のバカンスを気ままに満喫中だった。



 この湖群地帯は広大で、標高差も激しい。


 先日サンデーが蟲使いを発見した場所は、標高も低く比較的温暖な場所であったが、反対に2000mを超す山の上に位置する巨大な湖も存在する。


 そんな場所では当然気温も水温も低く、一面の氷に覆われている。


 冬ならではの水辺のアクティビティと言えば、やはりアイススケートだろう。


 貸し出されたスケート靴を履いて、快晴の空の下、二人は意気揚々と分厚い氷の上へと降り立った。


「いや~スケートなんて学生の冬休み以来ですよ~」


 エミリーが腰を引きつつ、そろそろと滑り出している。


「ふふ、私もこういったスポーツは記憶に無いな」


 対したサンデーは滑ると言うよりも、普通にすたすたと歩いている。


「サンデー様~、それじゃスケートになってませんよ~?」

「そうかね? では手本を見せてくれ給えよ」


 羽扇越しにくすくす笑うサンデーの挑発に、エミリーは発奮する。


「良いですよ~。少し勘を取り戻すまで待ってくださいね~」


 引けていた腰をすっと伸ばすと、真っ直ぐに右足のつま先を前に滑らせる。


 つつっと、ゆっくり前に慣性が働いた。


 エミリーは体重をそちらに乗せると、今度は並行させるように左足を前に出した。


 つつー。


 交互に体重を入れ替え、徐々に前へと進み始めるエミリー。


 しばらくバランス感覚の確認をするように、ゆるやかにサンデーの周りを旋回していたが、ようやくコツを思い出せたらしい。


 突如シュッと氷を蹴る音を響かせると、徐々に速度を上げ始めた。


 周囲にはぱらぱらと他の客がいるが、間隔は広くぶつかる心配は全くない。


 初めの引けた腰は何だったのかと思わせる華麗なフォームで、氷の上を縦横に滑り回るエミリー。


 時に大きくカーブを描き、時に鋭いターンで急な方向転換をしてみせたりと、なかなか様になっている。


 周囲の他の客も、遠巻きながら感心している様子だ。


 最後に大きく旋回しながらサンデーの元へと向かい、その目の前でキュッと一回転してから立ち止まってみせた。


「こんなものですよ~」


 満面のドヤ顔で、胸を張りつつ両手を誇らしげに開いている。


「いや、お見事。助手君にこんな特技があったとはね。人は見かけによらないものだ」


 羽扇を胸元に仕舞い、ぱんぱんと拍手を送るサンデー。


「やっぱり~、私を鈍臭いと思ってますね~?」

「ふふふ、まあまあ。そのイメージは今払拭されたとも」


 エミリーの頭をわしわしと撫でてみせると、サンデーも今見た手順でそろそろと滑り出した。


「成程ね。氷上など普通に歩けば良いものを、面白い方法を思い付くものだ」


 つつりと滑り出す足元を興味深く見詰めながら、感心した声を漏らすサンデー。


「普通の人は~、そんなスタスタと氷の上を歩けないものですよ~」

「そうなのかね。一つ勉強になった」


 子供が新しい玩具を与えられような無邪気な笑みを浮かべて、サンデーは滑り出した。エミリーがそれに随伴する。


「ふむ。風を切って滑るというのも、なかなか気持ちの良い物だが」


 既にエミリーと遜色ない速度で、危なげなく滑るサンデーが、何やら思い付いた様子でエミリーへ手を伸ばす。


「せっかくだ、一つ踊ってみないかね?」

「アイスショーですか~? いきなり大丈夫でしょうか~?」


 エミリーが心配気にしつつもその手を取る。


「何、失敗しても転んで少し痛い目を見るだけだろうさ。遊ぶ時は全力で遊ぼうじゃないか」


 サンデーは握った手を引き寄せ、自分を中心としてエミリーを回転させた。


「わかりました~。お付き合いしましょ~」


 急な旋回にも動揺せずに、サンデーと一体となって回り始めるエミリー。


 くるくると互いの重心を利用しながら、回転し、位置を入れ替え、ワルツにも似た舞いを作りあげていく二人。


 時に、サンデーがエミリーの腰を抱き上げ、回りながら抱擁する。


 時に、掲げられたサンデーの手を支点にしてその場て鋭いターンを見せるエミリー。


 二人で一つの生き物を形成するように、付かず離れずを繰り返して踊り続ける。


 いつの間にか、周囲に散っていた他の客が遠巻きに円を成して、二人を囲んで眺めていた。


 華麗に舞いながら滑り続ける二人は、やがて繋いでいた手を惜しむようにゆっくりと離すと、僅かな距離を取って同時にその場でゆっくりと回転を始める。


 その回転は徐々に勢いを増し、二人は両手を天に突き上げながらも回り続ける。二本の柱が氷上に現れたようだ。


 その速度が最高潮になった頃、二人同時にザリッと足元の氷を抉るようにして急停止し、各々のポーズを決めた。


 わっと、観客と化した周囲から歓声と拍手が沸き起こる。


「いや~なんだか目立っちゃいましたね~」


 満更でもなさそうに、笑顔で周囲へ両手を振り返すエミリー。


「ふふふ、楽しかったし良かったじゃないか。転んで恥もかかずに済んだしね」


 サンデーも軽く手を振りつつ、岸へと歩き出した。


「君も汗をかいただろう。休憩がてらスイーツ補給と行こうじゃないか」

「良いですね~。寒い所であえてかき氷なんか食べるというのも最近のトレンドですよ~。天然氷のふわふわかき氷~」


 二人は笑い合い、口々に感想を言いながら群がってくる観客達を適当にあしらいつつ、岸にある休憩所へと戻って行くのだった。

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