第43話 湖畔の町
フロントから東へ延びる街道の果てに、大小の湖が連なる大水源地がある。
それぞれの湖畔に村々が点在し、東部開拓の最前線と呼べる地域だ。
この地方ではその豊富な水資源が注目され、水耕栽培という農法が試みられている。
まず植物の蔓や枝で組んだ筏に、湖底の泥をさらって盛った人工の浮島を作る。それを湖面に浮かべ、上に果物や花などを栽培するというものだ。
湖底の泥には作物の育成に有用な栄養素が豊富に含まれており、肥料を用意する必要も無い。数年ごとにまた湖底から泥をさらって交換すれば良いだけなのだから。
浮島から水中へと伸びた作物の根は、水を吸い上げ浄化する。
更には魚たちの産卵の場ともなり、水産資源の増加にも繋がるなど、良い事尽くめである。
島固有のメロンやトマトに似た作物や、新種の花々が栽培に適合し、年々収穫量を増やしていた。
他にも湖で獲れる魚を使った料理が主な特産品となっている。
美しい湖畔の景観とグルメが楽しめるとして、湖畔地帯の入り口に大きな町が作られ、着々と観光地化に成功しつつあった。
そんな湖畔のリゾート地に向けた馬車へ、サンデーとエミリーは乗り込んでいた。
「う~ん、着いたらまずは何を食べましょうか~?」
観光ガイドを片手に、エミリーが唸っている。
「魚料理は外せないし、フルーツも色々あるみたいですよ~」
「焦らずともグルメは逃げはしないさ。目に付いた物から全部味見すれば良いじゃないか」
横に座ったサンデーが、いつものように羽扇をはたはたとさせている。
「あ~お客さん達、湖畔の町が目的ですかい?」
会話が聞こえていたのだろう、前方を見ていた御者が肩越しに尋ねてきた。
「ああ、そのつもりだよ」
「そりゃついてないですねえ。もしかしたら湖までは行けないかもしれませんぜ」
その言葉に、サンデーとエミリーは顔を見合わせる。
「なんでですか~?」
「聞いてませんかい? ちょいと前から奥地で伝染病が流行りだしたってんで、一部の村は出入り禁止になってるんでさ」
「ふむ。助手君?」
「え~と~……ああ、メモに書いてありました~。これはうっかり~」
てへりと舌を出してみせるエミリー。領主から聞いた情報をメモはしていたものの、その後酔い潰れて記憶が飛んでいたらしい。
メモ書きには、『湖の奥地の村で未知の病が流行りだし、一帯を封鎖している。騎士団から高位治癒魔術を使える者を派遣する予定』、と書かれていた。
「まあ、旅にトラブルは付き物さ」
サンデーは気にも留めずに目を閉じる。
「どうします? この馬車は一応町の入り口までは行きますが。途中の村で帰りの便に乗り換えもできますぜ?」
「せっかくここまで来たんだ。町並みだけでも眺めて行くさ」
気を遣って聞いてくる御者に、サンデーは変更は無いと伝える。
「そうですかい。じゃあこのまま行きますんで」
御者は確認を終えると、手綱に集中を戻した。
馬車から降り立ったサンデー達を迎えたのは、大きなアーチ型の門だった。
上部に「ようこそ湖畔の町へ!」と書かれた、目立つ看板が付いている。
門を潜ると大通りが真っ直ぐ続き、遠目に大きな湖が見えた。
左右にはレンガ造りの立派な建物が軒を連ねている。
様々な色のレンガを組み合わせており、非常にカラフルな家が多い。色の差を利用して、壁面にハートマーク等の凝った模様を作っている家もある。
しかし、街道の封鎖が解除されたばかりだからだろうか。まだ夕暮れ前だと言うのに観光客の姿は少なく、店もあまり開いていない。
代わりに、物資の搬入に忙しく動き回る人足と、巡回の兵士が多く見られる。
よく見れば、大通りの向こうには関所のような柵が設けられていた。
「お話通り~、あそこで通行止めのようですね~」
エミリーが細い目の上に手をやり、懸命に凝らしている。
「せっかくの綺麗な町並みだが、病が流行っているとあっては商売あがったりという訳か」
大通りをゆっくりと歩きながら見回すサンデーに、ふと一人の兵士が近寄って声をかけてきた。
「失礼致します。私はイチノ騎士団所属の者ですが、貴女はもしやサンデー様では?」
「ふむ。だとすれば用件は何かね?」
羽扇越しに尋ね返すと、兵士はびしりと敬礼をしてみせた。どこか緊張気味である。
「我が上官より、貴女様のような風貌の女性を見かけたら、是非とも本部へお寄り頂くように伝えろ、との命令を受けております!」
確かに特徴を聞いていれば、サンデーの姿は一目で判別できるだろう。
「ふうん? もしかすると、領主君の差し金だろうかね」
「かも知れませんね~。この様子では観光どころではなさそうですし~、お話を伺ってみるのも良いかと~」
「そうだね。では案内して貰えるかな」
「はっ! それではこちらへどうぞ」
兵士はきびきびとした動作で先導を始めた。恐らく二人が重要人物であろう事を理解して、その案内に付けた事が誇らしいのだろう。
颯爽と前を行く兵士に付いて、二人はレンガの町並みを進んで行った。
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