第41話 野良犬 2

 檻の内側に入って来た騎士はジャンだった。


「……何も副官殿自ら、食事を与えなくても良いんじゃないかと思いますがね」


 鍵を開けた兵士がジャンヘ不満げに声をかける。


「お前達を信頼していない訳ではないんだが。餓死をされては困るからしっかりと食事をさせろ、と団長殿の仰せだからな」


 軽く振り返って言葉を返すジャン。


「自分でやってしまえば、お前達から報告を受ける手間が省けるだろう」

「そんなものですか」


 納得したようなしないような様子のまま、兵士は入り口を施錠し幌の向こう側へ消えた。


「さあ、食事だ。朝もろくに食べていないのだ。今回はきっちりと全部食べて貰うぞ」


 そう言って銀盆を床へ置き、粥の入った皿を持ち上げてみせるジャン。

 移送が始まってから何度目かになる光景だ。


 狂犬は手を拘束されている為、ジャンがスプーンで粥をその口元に運ぶ。


 狂犬の口が開き、素直にそれを受け入れた。


「……よし。その調子だ」


 ジャンは軽い驚きと共に次の粥を差し出した。

 一口目から食べ始めたのは初めてだったのだ。


「お前は死刑が確実だと思っているようだが、裁判はやってみなければわからない。お前はまだ若いからな。改心を誓えば温情が出る可能性が無くもないのだ」


 気休めだ、とジャンは自分でも思う。しかし生きる希望を持って貰わなければ、本土に届ける前に餓死されかねない。


 捕縛してから分かった事だが、狂犬はかなりの若さだった。

 体格こそ立派だが、その顔にはまだ仄かに幼さが残り、恐らく20歳を迎えていないのではないかと思える程だ。

 こんな少年が、騎士100名を含め多くの猛者を殺めてきたというのだから驚きだった。


 確かに連続殺人犯ではあるが、訴状を見るに一般人を狙った殺人はほとんど含まれていない。

 大抵がマフィアの構成員であったり、武道家であったり、騎士であったりと、戦いの心得がある者ばかりだ。


 理解が得られれば、死刑だけは免れる可能性なら、確かに有る。

 0ではない、と言う程度ではあるが。


 若い者が命を散らすのは、なるべくなら見たくない。


 我ながら甘いとは思いつつ、ジャンはスプーンを動かし続ける。

 気付けば、皿は空になっていた。


「その様子なら大丈夫そうだな。明日もその調子で食べるのだぞ」


 盆を持ち、ジャンは立ち上がった。そして入り口に声をかける。


「終わったぞ。開けてくれ」

「はい、只今」


 幌が再びめくられ、兵士が顔を見せる。


「へぇ、今回はちゃんと食べたんですね」

「ああ」


 ジャンの手に持つ盆の上を確認し、兵士が軽い驚きを浮かべながら鍵を開ける。


 それを待って、退出しようとしたジャンの視界が不意にぐらりと揺らいだ。

 辛うじて、驚愕した表情の部下の顔面が、何者かの拳で打ち砕かれたのが見えた。


 首を打たれたのだと、遅れて伝わってきた痛みにより理解する。ジャンの薄れゆく意識の端に、自分を見下ろす少年の姿が朧気に映った。

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