第31話 サンデー様の躾講座
木々を飛び移りながら疾走する狂犬は、森の周りで待機していた兵士たちの頭上を飛び越え森から脱出を果たした。
着地点の近くにいた兵士を殴り飛ばして、他の兵士へとぶつけて足止めにすると、自身は放牧地へと脇目も振らずに駆けだした。
肩と手の平の血はすでに止まっている。痛みはあるが走るのに支障はない。凄まじい再生速度であった。
凄腕の剣士を出し抜いてやった高揚感と共に、屈辱も忘れずに刻み込む。
(何だろうが、逃げりゃ俺の勝ちだ!)
獰猛な笑みを浮かべて走り続ける狂犬の前方に、人だかりが見えてくる。
強化された狂犬の視力が、村の者と思われる子供達と金毛羊が村はずれに集まっているのを確認した。
(ちょうどいい、人質にするか)
ニヤリと笑いながら人の群れを品定めしていく。その中に、その場に似つかわしくない黒づくめの女が目に付いた。
「──サンデー殿!!」
森の入り口から飛び出してきた、ソルドニアの声が響いた。
反応してか黒い女が振り返る。どうやら知り合いのようだ。
それを見た狂犬の頭に、残酷な考えが浮かぶ。
(目の前でぶっ殺してやりゃあ、ちっとは気が晴れそうだな)
騎士への意趣返しとばかりに標的を定める狂犬。
ソルドニアが追い縋ろうとするが、すでに遅い。
狂犬はあっと言う間に人だかりの中へと躍り込む。そして、サンデーと呼ばれた女に殴り掛かった。
「運が無かったな女! 八つ当たりだが恨むんじゃねぇぜ!」
叫びながら拳を突き出す。
するとそれを見たサンデーは、
「なんだ、君も混ざりたいのかね」
そう呟くと右手を差し出した。
「お手」
「わん!」
岩をも砕く狂犬の拳が、ちょこんとサンデーの指先に添えられる。思わず鳴き声まで出してしまっていた。
「おかわり」
「わん!」
「お座り」
「わん!」
言われるままに勝手に体が動く狂犬。
一瞬の静寂の後、サンデーがにやにやとしながら言う。
「ちん……」
はっと正気を取り戻し、憤怒の形相を浮かべる狂犬。
「何させやがるてめぇぇ!!」
立ち上がりざまに顎を打ち抜こうとした狂犬を、サンデーが少し感心したような目で見た。
ドガン!!
凄まじい衝撃と共に、気付けば狂犬の身体は宙高く打ち上げられていた。
横にいた金毛羊が割り込み、角でかち上げたのだ。
空中で首を捻り、女の方向を見ると、その手元にきらりと光る物が見えた。
その瞬間、自分の身体が何かに巻き取られていく感覚が襲う。
びしり。
全身に細長い物が食い込む感触。次いで、急激な落下。
気が付くと、付近にあった大木の太い枝に、縛られた状態でぶら下げられていた。
結び目は複雑で、六角形が目立つ。亀甲縛りという特殊な縛り方だ。腕は後ろ手にきつく縛られ、両足は揃えた状態でミイラの包帯のごとくガチガチに固められている。藻掻こうともゆらゆらとするのが精一杯だった。
比較的自由な首だけを動かし、金色の毛糸で縛られたのだというのがようやく理解できた。
「うむ、やはり金毛糸は頑丈だね」
満足げなサンデーが手に持った毛糸の束を放り投げると、木の幹へと一人でに巻き付いて完全に固定される。
狂犬は文句を言おうとするが、ご丁寧に
「さてさて。君は何者かな」
近寄って様子を伺うサンデーを睨みつける狂犬。
サンデーは駆け寄るソルドニアと、途中で合流したのだろう竜閃の姿を確認すると、納得したように頷いた。
「何やらおいたでもしたんだろう。この子達も縄張りを荒らされて怒っている。少しお仕置きが必要なようだね」
すり寄ってきた金毛羊を撫でつつサンデーは思案する。
すると羽扇を畳むと狂犬の横手に回り、その手を振りかぶった。
ばしぃぃぃぃん!!!!
破裂音にも似た音が響き渡る。
狂犬の全身に貫くような痺れが襲い、次いで臀部がじんじんと熱を持ってくる。
あまりの痛みに声も出ない。背筋を反らして痙攣するのみだ。
尻を叩かれたのだと理解したのは、二回目が襲ってからだった。
ばしぃぃぃぃぃぃん!!!!
先程よりも明確に激痛が走り抜ける。
「ふんぁっっっっ!!」
肉が弾け飛んでもおかしくない威力だが、一歩手前の絶妙な加減。
傷ではなく神経への苦痛のみを追求した一撃。
それが等間隔で襲い来る。
息継ぎができるかできないかのぎりぎりのテンポである。
「……サンデー殿、これは……」
ようやく辿り着いたソルドニアが絶句する。
「……ほら、だからもうサンデーさんだけで良くない? って言ったじゃない」
追従するアルトがやっぱりと言わんばかりに首を振っている。
ばしぃぃぃぃん!!!!
「君達の知り合いかな。ついお仕置きしてしまったが、良かったかね?」
尻を叩く合間に尋ねるサンデー。
「いえ、問題ありません。捕縛に協力頂き、感謝致します……」
自らの失態と急激な展開によって、ソルドニアの身体をどっと疲労感が襲う。礼にも覇気が無い。
「もう少し大人しくなってから引き渡すとしよう」
打たれる度に「ふが!」「ふぐ!」としか言葉を発せない狂犬だが、まだ目に光が宿っており、サンデーを睨みつけていた。
「ふふふ、なかなかに躾け甲斐がある根性をしているじゃないか」
楽し気に笑うサンデーを、ナインが羨まし気に見詰める。
「次に俺も頼もうかな」
「うむ、儂も後学の為! 調教される側の身に立ってみたいものだ」
「じゃあ俺も!」
「俺も!」
いつの間にか村のテイマー達も寄ってきており、口々に言い出す。
「は~い順番ですよ~。ちゃんと並んでくださいね~」
エミリーが整列を促すと、たちまち男達の長蛇の列ができた。
「変態ばっかりだ……」
アルトの呟きが風にかき消される。
結局100回程叩かれた頃には狂犬の敵意は消え失せ、猿轡越しに謝罪を繰り返すようになった後、騎士団へと引き渡されたのだった。
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