第26話 金毛羊の村 3

 サンデーは広場の中心に居並ぶ群れから、一番手前にいた金毛羊と目を合わせた。


「君で良いか。おいで」


 呼ばれた羊が、列から進み出てサンデーのすぐ目の前に立つ。

 驚いたのは村長だ。


「なんと!?」

「よーしよし、良い子だ」


 頭を下げた金毛羊の鼻先をくすぐるように撫でると、サンデーは言葉を続けた。


「お手」


 ぽん。


 金羊毛がその大きな蹄をサンデーの手の平に乗せた。

 村長の目が見開かれる。


「おかわり」


 ぽん。


 すかさず反対の脚と入れ替える金羊毛。


 ざわり、と周囲の村人も事の異常に気が付き寄ってきていた。


「お座り」


 ずしんっ。


 本来なかなか取らないであろう、腰を下ろす姿勢までこなしてみせる。


「よしよし。最後に皆一斉にやってみようか」


 サンデーが手を振ると、列に戻って行く金羊毛。


「では……ちんちん」


 ずしゃあっ!


 3mを超す巨体が10頭、同時に立ち上がる様は圧巻であった。


「よーし偉いぞー。おいでーおいでー」


 我が子に向けるような優しい声をかけると、金毛羊が列を成して、順番に頭を撫でて貰っていく。

 金毛羊の気性を知る者にとっては信じられない光景である。


「む、娘さん、あんた何者だね!?」


 手解きをしていた村長が泡を食ったように尋ねる。見れば周りの村人達も似たような表情である。


「只の観光客だが」

「それ程のテイマーの技を一体どこで!?」

「さて……なんとなくだろうか」

「な~ん~と~な~く~!?」


 叫びながら膝から崩れ落ちる村長。地面に手を付き、がっくりとうなだれる。


「……こいつらは凶暴な上に縄張り意識が強い……! 儂らを仲間として認めさせるのに5年もかかったものを……」


 歯ぎしりが聞こえそうな程の呻きだ。


「いや、たまたまさ。君達がよく躾けておいてくれたからだろう」


 村長の肩を労わるようにさするサンデー。


「よくここまで仕込んだ物だ。賞賛に値するとも」

「娘さん……」


 涙ぐむ村長だが、ぐっと拳を握ると目に強い光を取り戻した。


「いや。感謝するぞ娘さん。儂らは自分の技に己惚れとったようだ。あそこまでの芸ができると見せられた以上、目指してみせるとも!」


 村長が立ち上がり、天に拳を突き上げる。

 同時に村人達からも賛同の声が上がる。


「「うおおおおおおお!! うおおおおおおお!!」」


 何故か雄叫びが沸き上がる広場。


「良い話……なんでしょうか~?」


 首を捻りながらも写真を撮るエミリー。


「さあ……何か盛り上がってるし良いんじゃないの?」


 展開に付いていけないとばかりに肩を竦めるアルト。

 先日海魔を手懐けた場面を見たばかりの彼女にとっては、今更な光景である。


 そんな中、ナインはサンデーにずかずかと近寄り声をかけた。


「姐さん!」

「何だね、騒々しい」

「俺も躾けてくれ!!」


 がばっと土下座をしてみせるナイン。


「はぁ!?」


 慌てたのはアルトだ。


「あんた何言ってんの!? 本気でアレになったの!?」

「黙ってろアルト! 漢にゃ負けられねぇ戦いがあるんだよ!」


 ナインは金羊毛を睨みつける。


「羊の分際で姐さんになでなでされやがって……! 俺だって褒められてぇ!!」

「家畜に嫉妬なんかするなよ……」


 くらりと眩暈を感じるアルト。

 周囲の者も困惑気味で見守っている。


「さぁ! 姐さんやってくれ! 覚悟は決まってるぜ!」

「まあ、やって欲しいと言うなら構わないが」


 サンデーがナインに向き直り、手を差し出す。


「お手」

「わん!」


 シュバッと右手を乗せるナイン。


「おかわり」

「わん!」


 シュババッと左手に入れ替える。


「お座り」

「わん!」


 ずさっと蹲る。


「ちんちん」

「──っしゃああ!!」


 ナインは勢いよく立ち上がると、同時にズボンのベルトに手を掛けた。


「──させるか馬鹿野郎!!」


 同時に、忍び寄っていたアルトのドロップキックがナインの側頭部を捉える。


「うおおお!!」


 バランスを崩したナインはそのまま横手にあった飼葉の中へと頭から突っ込んでいった。ズボンがずり落ちた、とても情けない恰好で。


「絶対何かやらかすと思ったわ! しばらくそこで寝てろ馬鹿!」


 脇から飼葉をかき集めて、完全にナインの身体を埋め尽くすアルト。その上から更に粘着魔術をかけて固めてしまった。


「ふふふ、愉快な相棒で結構だね」

「もう! サンデーさんのせいでどんどんおかしくなってんですけど!」

「私に当たられても困るね。頼まれたからやっただけで」


 くすくすと笑いながら、アルトの追求をひらりと躱すサンデー。

 そこへ先程の高揚から正気に戻ったのか、村長が声をかける。


「娘さんら、良かったらお茶にでもしないかね? 特産のチーズもあるでな。目を覚まさせてくれたお礼に、ご馳走させとくれ」

「それは嬉しい提案だ。ご相伴に与ろうじゃないか」

「良いですね~。もともとチーズが目的でしたしね~」

「ちょっと話聞いてます!? あ、でもお茶は頂きます」


 わいわいと賑やかにその場を離れる一行。


 ナインはしばらく動き出す事はなかった。

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