第22話 海と水着とバーベキュー

 サンデーを捕らえた触腕が強く締め上げられ、ミシミシと体に負荷がかかる音が響く。


 ブチリ……


 やがて響く、肉が押し千切られたような嫌な音。

 ナインとアルトは思わず顔を背ける。が、それ以降海魔の動きが無い。

 恐る恐る視線を戻すと、再びブチッと音がする。


 サンデーは健在だった。

 が、二人は思わず叫んでいた。


「「食ってる!!」」


 サンデーが拘束されたまま、目の前の触腕を無造作に手で千切り取って、もぐもぐと頬張っていたのだ。


「適度に焦げ目が付いてなかなか美味だよ。君達も食べてみるかね?」


 何事も無かったように巻き付いた触腕をこじ開けると、そのままひょいと海魔を持ち上げ、紙屑でも放るように洞窟の奥へと投げ飛ばす。


 バシャアアアアン!!!


 大量の水飛沫が舞い、岩壁へと突き刺さるように激突する海魔。

 そこへサンデーがぱちんと指を鳴らすと、周囲の岩肌が格子状にせり上がり、天然の生け簀となって海魔を封じ込めてしまったではないか。

 蠢きながら触腕を伸ばそうとする海魔だが、わずかな隙間からもぞもぞとはみ出すのが精一杯の様子である。


「ほら、ここから切り取り給え。何、姿は少し違うがイカだと思って食べてみると良い」


 うぞうぞと藻掻く触腕をぶちぶちと引き千切るサンデーに、流石の冒険者二人もドン引きである。


「いただきま~す」


 エミリーが全く臆さずに食べ始める。


「ん~本当ですね~。焼きイカみたいで美味しいですよ~ソースが欲しくなりますね~」


 呑気に食レポを始めるエミリーに、顔を見合わせる竜閃。


「ふむ、ソースか。確かにこのままでは少々味気ないな」


 エミリーの言にサンデーが思案顔になり、近くの地面へ視線を送る。

 すると、ポンと言う音と共にサンデーの傍に煙が立ち上る。それが晴れると、唐突に調理台とバーベキューセット一式が置かれていた。


「魔術って何でもありなんだな……」

「あれを基準にしちゃ駄目……」


 ナインの呟きに、こめかみを指で抑えながら返すアルト。


「さてさて、どう料理してくれようか」


 サンデーは鼻歌混じりに調理台の蛇口を捻り、肉のぬめりを洗い流した。

 続いて包丁を手に取ると、まな板に置いた肉に手慣れた様子で切れ込みを入れていく。そして次々と串を通していき、すでに火を熾してあったバーベキューセットの網に乗せた。

 焼き加減を見ながら、刷毛でソースを塗っていく。

 辺りにじゅわりと肉の焼ける音と、ソースの焦げる香ばしい匂いが立ち込める。


「良い匂いですね~」


 エミリーの言葉を肯定するように、竜閃の喉がごくりと鳴った。


「そろそろ良いだろう」


 十分に火が通ったと見て、サンデーが串を取り上げる。

 まずはエミリーに渡し、次いで自分も口を付ける。


「これはたまりませんな~」

「上々の出来だ。君達もどうかね?」


 差し出された串焼きと、頬が落ちんばかりのエミリーの表情を見比べると。竜閃はおずおずと手を伸ばした。

 サンデーから受け取った串焼きは、見た目には屋台で見かける物と遜色がない。

 二人は意を決して口に入れる。

 すると何とも言えない香ばしさと共に、イカに似た風味が口に広がる。ほのかな甘みが感じられ、焼けた事で表面がパリッとし、殴った時ほどの硬さがなくなって程良い食感となっていた。


「なんだこりゃ……うめぇ……」

「魔物なんて初めて食べた……けど……美味しい」

「そうだろう? 食べず嫌いは勿体ない事だ」


 あまりの展開に付いていけずにただ食べ続ける二人。


「せっかくだから他の者も呼んで振る舞うのはどうかね。こうして無力化もした事だし、依頼は完了だろう?」


 その言葉に竜閃ははっとなる。


「ああそう……なのか? 退治しろとは言われたが、生け捕りの場合はどうなんだ?」

「うーん。とりあえずギルドに連絡するのは賛成ね。御馳走するってのは正直どうかとは思うけど……」

「このまま養殖できれば名物として観光資源になるかも知れないよ。いくらでも生えてくる事だしね。コスト0じゃないか」

「あ~それは良いですね~。特許を取って大儲けです~」


(この人達発想がやばい……)


 思わず顔を見合わせる竜閃だった。


 キュオオオオオン……


 その時、妙に悲しげな響きの鳴き声が聞こえてくる。

 海魔が身動きできずに苦し気に呻いていた。心なしかガタガタと震えている。

 多数ある不気味に見えた眼孔も、何処となくうるうると涙目になっているようにも見えた。


「ふむ? 何でもするから食べないで欲しい?」

「姐さん、こいつの言葉がわかるのかい?」

「もしかしてテイマーのスキルを?」


 竜閃が驚いた様子で問いかける。


 テイマースキルとは、簡単に言えば動物と意思疎通を果たし支配下に置く特殊な技能の事である。

 魔術による精神支配ではなく、相手と直接交渉し、信頼、あるいは恐怖等で主従関係を結ぶ物だが、通常は野生動物を飼い慣らす程度で、魔物と会話をする例は極めて稀である。


「なんとなく解る程度だがね」


 手に持っていた最後の串を食べ終えると、サンデーは顎に手をやり考える素振りを見せた。


「ではこうしよう。この子は私が預かり、悪さをしないように躾をする。何、責任を持って良い子にして見せるとも」


 岩の檻に手を触れると、ゴゴゴと振動音を響かせながら、元の岩壁へと戻っていった。


「放しちまって大丈夫かい?」


 半信半疑のナインが尋ねる。不意討ちに備えて、その手にはすでに棍棒が握られている。


「大丈夫だとも」


 サンデーは気にするでもなくすたすたと海魔の胴体に近寄ると、指でその表面を撫でてみせた。


「次に悪さをすれば丸焼きにするさ。君もそれで良いかね?」


 キュウウ!


 分かったとばかりに声に明るさが戻る海魔。


「宜しい。それでは今日から君を非常食兼ペットとして認めよう」


 海魔がその言葉を受けた瞬間、見る見るうちにその体が縮んでいった。そして信じがたい事に手の平サイズにまで縮小してしまったではないか。

 デフォルメまでされたその姿は、ぬいぐるみを思わせる。


「可愛い物だろう?」

「それがテイマースキルの効果なんですか……?」


 どういう仕組みなのかさっぱりだと言わんばかりの表情のアルトが尋ねる。


「さて。他のテイマーとやらを見た事が無いのでね」


 そう答えてサンデーは海魔をひょいと拾い上げ、胸の谷間へと押し込んだ。


「お、良いなそれ! 俺もやって……」

「あんたは……恥を知れ!!」


 ベキィッ!!


 今にもサンデーの胸に飛び掛かりそうなナインの顔面に、アルトの華麗な蹴りがめり込んだ。

 その勢いのまま、ナインは水溜りに盛大に突っ込んでいった。

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