第88話 死闘
9つ首の邪竜の巨体は、見事に後方の門を塞いでいる。
他に通路は見えない。
あの者を打ち倒さなければ、先へは進めないのだろう。
ソルドニアが先陣を切って、邪竜へ向けて突撃を開始する。
迎え撃つ邪竜が振るう前脚の一撃を剣気を放って軌道を逸らし、もう片方の脚へと激しく斬りかかる。
ブシュッ!
見事に刃が通り、黒い液体を跳ね散らす。
しかし、剣が通り抜けた後の傷が、見る間に塞がっていく。
まるで海魔を彷彿とさせる回復力である。
しかし今は船上ではなく、しっかりとした足場がある。回復力を超える攻撃を加えれば良い。
ソルドニアの無数の斬撃が舞い、邪竜の脚を賽の目のように切り分けていく。
再生が僅かに追い付かず、一瞬態勢を崩す邪竜。
怒りのままにソルドニアへ向けて長い首を伸ばし、食いつこうと猛然と牙を振るう。
ソルドニアは回避をしながら攻撃を続けるが、致命傷を与え切れない。
ソルドニアへ注意が向かっている間に、周囲へ展開した騎士達も各々攻撃を開始していた。
彼らの持つ武器も相応の魔力を帯びた逸品ではあるが、やはり再生が上回るようだ。驚きを隠せずにいる。
その隙を付き、邪竜の尻尾が群がる騎士達を一打ちに薙ぎ払った。
防御や回避が間に追った者もいるが、数人が宙を舞い、壁や柱へ激しく叩き付けられる。
そこへすかさず治療師が駆け寄り、傷を癒していく。
邪竜の周囲を騎士達が取り囲んで同時に攻撃を仕掛けているが、相手は首が9本あり、それぞれが独立して意思を持っているようだ。
死角が全く無く、苦戦を強いられている。
ソルドニアは逡巡するが、力を温存して勝てる相手ではないと判断した。
意を決して、剣を「光輝」に持ち替え起動を始める。
全力解放して洞窟が崩れる事を恐れ、出力を抑えて大剣程度の大きさに光の筋を整えた。
「その光……!! そんなものまで持ち出していたか!」
首の一つがそれを見咎め、阻止しようと口を開いて伸ばし来る。その口内には人ならざる鋭い牙がびっしりと生えていた。
「はぁっ!!」
正面から振るわれたソルドニアの「光輝」を、首がその口で噛み締め、がっちりと受け止めた。
光が触れている部分から、蒸発するようにじゅわじゅわと煙が上がっている。
しかしその一瞬の拮抗を、他の首が見逃さなかった。
動きの止まったソルドニアへ向けて、側面から素早く回り込み、その身体に牙を突き立てた。
ブシュリッ!
がら空きだった脇腹へ、鋭い牙が滑り込む。
魔力を帯びた特注の白銀鎧だが、紙のように貫通されていた。
ソルドニアは口から血を吐きつつも歯を食いしばり、牙に挟まった剣をぐるりと回転させ、首の口内を抉る。
「うぶあ!」
歯茎ごと牙をねじ切られ、思わず首が口を開く。
その瞬間、ソルドニアは剣を引き抜き、雷光のような斬撃を放つ。
かつん、と竹を割ったような音が響き、一瞬遅れて縦に両断される正面の首。その斬撃は長い首を伝い、根本までが半分に切り分けられた。
そして返す刀で己に噛みついている首の額に剣を突き刺すと、内側を抉りながら、脳の方向へ切り抜ける。
一瞬の出来事に、悲鳴も上げずに白眼を剥き、痙攣を始める首。
「光輝」を杖にして立ち、息を荒げるソルドニアに、駆け寄った部下の治癒が開始される。
幸い鎧が緩衝材になり、内臓深くまでは損傷を受けなかったようだ。治療の効果はすぐに表れた。
「団長に続けぇ!」
「頭が弱点だ! 集中して叩け!」
片や囮になって首の注意を引き付ける者、片や邪竜の身体に取り付き首の根本を切り落とそうとする者。
治療が間に合わずとも、己の気合で体を突き動かす者。
騎士の誰もが死力を尽くして、巨大な獣へ向かっていく。
その団結の前に、二本の首を失った邪竜も余裕を失い、必死の抵抗をする側へと回っていた。
場の全ての者が、己の命をかけた死闘を演じている。
離れた場所で柱にもたれ、死闘の様子を見守るサンデーは、まるで輝かしい宝石を見るように、うっとりと目を細めるのだった。
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