第86話 虚構の檻

 サンデーによってベインの面を剥がされ、黒いローブの者がその姿をランタンの明かりの元に晒した。


 ローブのフードの中身は、正面から光を浴びているにも関わらず、真っ暗で何も見えない。

 変装の術を解かれた衝撃に、僅かに身を悶えさせている。


 その様を見て、ソルドニア含め隊の皆が色めき立つ。


「何と……ベインを騙っていたというのですか!」

「サンデー様、なぜ黙っていらっしゃったのですか!?」


 ソルドニアに続き、騎士の一人がサンデーへと詰め寄る。

 その手は既に腰の剣に伸びており、ベインだった者を見据えている。


「いや~びっくりですよね~。私も先程聞いたばかりなのですが~」


 タブレットを構えて、蔦に絡め取られた者をパシャパシャと撮影するエミリー。


「何、どんな趣向のもてなしをしてくれるのか、ついつい興味が沸いてね。ああ、おいたをするようならちゃんと止めるつもりでいたさ。そんなに責めないでくれ給え」


 サンデーは騎士達の恨みがましそうな視線を避けるように、羽扇を顔の前に開いた。


「しかし、何も楽しいイベントの一つもなしに、ぐるぐる同じ場所を回っているだけだったのでね。時間稼ぎをするだけが目的だったようで残念だよ」


 サンデーは羽扇で顔を隠しながら、肩を竦ませてみせた。


「では……やはり先行隊は全滅したのですね……」


 ソルドニアが黒いローブ姿を憎悪の目で見詰める。


「く、くく……その通り。今頃は貴様らの別動隊も同じ運命を迎えているだろう。最後に残った者の記憶と姿を奪い、成りすましていた私の言葉に従ったばかりにな!」


 拘束されたままだと言うのに、火に油を注ぐように言い放って見せる黒ローブ。


「殺したければ殺すがいい! 私はただの捨て駒だ。最早貴様達がどう足掻こうが間に合わん」


 すでに覚悟の上なのだろう、尚も挑発するように言い募る。


 ソルドニアがその言葉を受けて腰の剣に手を伸ばすが、サンデーがその手を重ねて優しく留めた。


「まあ待ち給え」

「部下を死地に追いやった輩を、庇い立てすると言うのですか?」


 ソルドニアが冷ややかにサンデーを見返す。


「いいや、まだこの子にはやって貰う事があるのさ」

「それは……?」


 返答次第ではすぐに斬りかかりかねないソルドニアを横目で制し、サンデーが黒ローブへ近寄った。


「その様子では、素直に言う事は聞いてくれないだろうね?」

「当然だ。私の使命は果たした。どうとでもするがいい」

「では、そうさせて貰うよ」


 サンデーの指が黒ローブを拘束する木の根を、つんとつつく。

 すると、大きく勢いを付けるように左右に揺れ始めた。


「ぬっ……! うぐっ……!」


 折り返して反動が付けられる度に負荷がかかるのだろう、黒いフードの奥から呻きが漏れる。


 やがて十分な勢いが付いた頃、木の根と蔦が絡まった枷は、最後に一度大きくたわむと、洞窟の壁へと突き刺さって行った。


 ドゴオっ!!


 巨大なハンマーでも叩き付けたような轟音が、洞窟の通路に響く。


 その瞬間、黒ローブが半ば程めり込んだ洞窟の壁から、ビシビシとひび割れが広がっていく。

 そしてそれは今まで歩んできた通路、そしてこれより向かうはずだった通路へも際限なく走っていく。


 ついには上下の壁を覆い、対面する壁まで、全ての物に細かい亀裂が入った。


 そして。


 パリィン──


 鏡やガラスが割れる様な音がしたかと思うと、その場の景色が全て砕け散って行った。


 ガシャガシャと細かく崩れ、乱れ飛んでいく鏡の欠片のような景色達。


 数秒後、茫然とするしかないソルドニアと騎士達、悠然と羽扇を扇ぐサンデー、猛然と写真を撮るエミリーは、広大な空間へと立っていた。


 そこは人工的な場所であった。


 部屋、と呼ぶにはあまりにも広い。


 床は平らな白い石が敷き詰められている。

 左側の壁も同様の石で出来ているようだ。

 周囲には一定の間隔で、彫刻の施された大きな柱が立ち並び、まるで神殿を思わせる作りだ。

 各柱や壁際には魔術によるだろう光源が灯され、視界には不自由が無い。


 右側には何もなく、照らし切れない暗闇が広がっている。

 しかしよくよく見ると、彼方に洞窟らしきごつごつとした壁面があり、染み出した大量の水が滝となって流れ落ちていく様子が伺えた。


 見上げても天井が見えず、暗く闇に覆われている。巨大な吹き抜けの空間になっているようだ。


 正面には、大きな門が設けられ、大きな白い柱が両側を支えているその扉は、今は閉じられている。

 反対側、つまり後方にも同じような門があり、こちらは口を開けて暗闇へと続いていた。


「なかなかに大した幻影を作り出したものだね。まさか洞窟丸ごと偽物だったとは」


 ぱんぱんと軽く拍手をしてみせるサンデーに、放心していたソルドニアがはっと気を取り戻す。


「……幻影? 今までの洞窟全てが?」


 後ろに立つ騎士達も同様を隠し切れない。


 まさかこれだけ広大な範囲が全て幻だったなど、まさに夢でも見せられていたようだ。


「そうだとも。君達を虚構の洞窟内に閉じ込めて、時が満ちるまで延々と彷徨わせようとしていたのだね」


 床に放り投げられたような恰好で倒れ伏す、黒ローブを差すサンデー。


「この子が幻影を解く鍵を持っていたのでね。好きにしろと言うので拝借した訳だよ。ああ、勿論物理的な物ではないよ。魔力に紐づけられた代物だ。殺してしまっては、そのまま永久にあそこに閉じ込められる事になっていたろうさ」

「……成程、それで」


 剣を抜かせなかった理由が納得行った所で、ソルドニアは床に倒れている者へと足を向けた。


「それでは、もう用済みですね?」

「まあ、残念ながらそうなるね」


 肩を竦めるサンデーの言を受け、ソルドニアが剣を抜き放ちながら床を蹴った。


 ぶしゃり、と黒い液体が飛び散った。


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