第85話 突入

 フロント防衛隊が奮闘を続ける最中。


 サンデーの配慮により、たっぷりと休息を取ったソルドニア以下の騎士達は、意気軒昂に火山洞窟へと突入を開始していた。


 探索隊の犠牲の上に描き上がった洞窟内の見取り図を元に、ベインの進言を受け、3隊に分けて別々の入り口から侵入する作戦が採用された。

 時間に余裕があった為、見取り図の写しもしっかりと用意してある。


 ソルドニアの隊が自身を入れて7人。残りを12人ずつ二つの班に分け、それぞれに治癒魔術の使い手を2人ずつ割り振っている。ある程度の傷ならば対処可能だろう。


 それぞれの入り口には黒いローブを纏う者達が徒党を組んで待ち構えていたが、完全に態勢を整えた彼らの敵ではない。鮮やかに蹴散らすと、速やかに洞窟へと乗り込んで行った。


 先にベインが語った通り、洞窟内部は3人が横に並べば一杯になってしまう程の狭さだ。全員でまとまっていては、身動きが取れなかっただろう。


 ソルドニアの本隊へは、ベインが加わってソルドニアと共に先頭を歩んでいる。


 周囲に気を配りながらの探索とは、口で言うほど易しい物ではない。

 洞窟の中は暗く、手持ちのランタンで照らせる範囲は狭い。

 そして道は曲がりくねっている上、植物の根や蔦が覆い尽くしている場所もある為、非常に死角が多いのだ。


 先行の調査隊は熟練のレンジャーが選ばれ、当然護衛の騎士も付いていた。しかし慣れない洞窟の中で不意を打たれ、敗走に繋がったのだろう。


 その点、今は先導者がいる上に見取り図まで手元にある。

 進軍は非常にスムーズに行われていた。


 地形を把握していれば、どこで敵の待ち伏せがあるかを予測し易い。

 時折物陰から現れる見慣れない魔獣や、黒ローブの者達を、危なげなく撃退し、進み続けるソルドニア一行。


 彼らが前に集中できるのも、サンデーが隊の少し後方に追従しているお陰でもある。

 彼女は夜目が効くようで、明かりを持参していないため、振り返ってもその姿を認める事は出来ない。


 彼女自身は、見学の為に勝手に付いていくだけだから構うなと言っていたものの、背後からの奇襲を難なく防いでくれているのはソルドニアも把握している。

 なんだかんだと世話焼きなのだろうと、ソルドニアは密かに感謝の念を抱いていた。



 どれ程の時が経っただろうか。

 洞窟内は地熱の為か外より暖かく、寒さに体力を奪われる心配は無い。


 しかし緩やかに下る同じような景色が果てなく続き、見取り図を見ながらでも、今どこにいるのかが分かり難い。

 ベインがいなければとっくに迷っていただろう。

 精神的には皆が疲労を感じ始めていた。


「ベイン。今どの程度まで進んでいるのですか?」


 他の通路より少し広めの場所を通りかかった一行は、安全を確認すると、小休憩を挟む事にした。

 しばし緊張を解くと、隣に腰を下ろしたベインに、ソルドニアが見取り図を手にして尋ねた。


「まだ入り口から我々が到達した場所まで、半分と行った所です」


 図を指差しながら、通ってきたルートを示して見せるベイン。


「直線距離ならそれほどでもないのですが、曲がりくねった上に、高低差もありますからね。かなりの道程になります」

「覚悟はしていましたが、これ程厄介な場所だったとは。先行隊には無理をさせてしまったようですね」


 ソルドニアが頭を垂れるのを、ベインが慌てて制する。


「おやめ下さい団長! 自ら志願した者達です。この見取り図を有効に使って下されば皆も浮かばれます」

「……もちろんです。必ず敵を打ち倒し、手向けとしましょう」


 そう言って、休憩は終わりだとばかりに立ち上がるソルドニア。


 そこへ、サンデーとエミリーが、ふらりと後方の通路の闇から姿を現した。


「少し良いかね?」

「何かありましたか、サンデー殿」


 洞窟に入ってから一言も言葉を交わしていなかった為、ソルドニアが何事かと身構える。


「洞窟探検も楽しかったのだけど、同じ見た目ばかりでそろそろ飽きてきてね。そこの子に何とかして貰おうかと思って来たのだよ」


 言いながら、サンデーの羽扇が立ち上がろうとした姿勢のベインを差した。


「私に、何か……?」


 戸惑いの表情を浮かべるベイン。


「ふふ、大した演技力だったが、お芝居はもうお終いにしないかね?」


 サンデーの言葉を受け、ベインが咄嗟に距離を取ろうと跳躍した。


「ああ、落ち着き給え。話はまだ終わっていないのだから」


 サンデーが言うなり、洞窟の壁を覆う木の根や蔦が伸び始め、宙に跳んだベインの身体を瞬時に巻き取った。


「ぐ、く……!」


 完全に全身を拘束され、呻く事しか出来ないベイン。

 サンデーを睨み付け、呪詛を吐くような言葉を上げる。


「貴様……いつから気付いていた……!」

「初めからだが?」


 何でもないように返すサンデー。それを聞き、ソルドニアが思わず問いかける。


「サンデー殿、一体どういう事なのですか?」

「ああ、こういう事だよ」


 サンデーがベインの顔を撫でると、今まであった顔が砂のように崩れ落ち、黒いローブに覆われた姿が現れた。

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