第82話 夜空を貫く閃光

 ナイン率いる部隊が黒い赤子との戦闘へ入る頃、照明弾を打ち上げ終えたアルトは、背後に並ぶ仲間達を振り返った。


 冒険者ギルドの中でも指折りの魔術の使い手達だ。アルトを筆頭に飛行の魔術を得意とする者が集められていた。


 アルトの視線の合図を受け、それぞれが一斉に飛び立って行く。その両手には、ハルケン自慢の栄養剤が詰まった木箱が抱えられている。


 作戦の第二段階の概略はこうだ。

 ナイン達地上部隊が赤子の注意を引いている間に、飛行部隊が上空からポーションを投下してダメージを与える。

 魔銃隊の援護も受けて場を混乱させつつ、森の奥の探索を進め、本命の召喚陣を見付け出すのだ。


 アルトも飛び上がりながら、ナインが受け持つ個体とは別の赤子へと向けて進路を取る。


 横目に、相棒が巨体相手に奮闘している様が見える。

 あの力戦を無駄にはできない。すぐさま行動に移らなければ。


 目標の赤子へ近寄るが、地上の部隊が上手く気を引いているお陰でこちらには全く気が付いていない。真上から木箱ごとポーションを投げ付けると、見事に命中して割れた瓶から溢れる薬剤を浴び、赤子の背中から黒煙が大量に噴き上がった。


「よっし、効果あり!」


 一つ仕事を片付けたアルトは、続けて森の探索へと移ろうとした。

 が、しかし。


 頭上を通り過ぎようとしていた際に、赤子が背中へ受けた痛みに反応して空を見上げるのが見えた。その手には木が握られている。


 ブンッ!!


 見た瞬間にはそれは既にこちらへ向けて投げられていた。


「──甘いっての!」


 流れるような動作で右手の魔銃を引き抜くと、爆炎弾で迫る木を撃ち落とすアルト。


「ふん! 来るとわかってればどうとでもなるのよ」


 その時、炎に包まれながら爆散していく木の残骸をかき分けて、赤子の両腕がぬっと突き出された。

 両足で立ち上がって、蚊でもはたき潰すような格好で両の手の平が左右から迫る。

 どうやら思った以上にポーションのダメージが効き過ぎたらしい。地上の者を無視してでも先に報復をしたいようだ。


「……ちっ!」


 咄嗟に片方の手を撃ち、僅かに軌道を逸らすと、紙一重で打ち合わされる手をすり抜ける。

 耳元で激しく打ち鳴らされる拍手に顔をしかめつつ、空中で体勢を整えるアルト。


 牽制の為に連続で手の平を撃ち抜いていくが、多少穴が空いた程度で、すぐさま回復していく。

 予想していた事とは言え、アルトはプライドに傷が入るのを自覚する。


 ナイン同様、開拓島に渡って以降の自分の力不足を痛感していたのだ。


 扱いの難しい魔銃の名手であると共に、中位魔術の使い手である凄腕のレンジャー。


 本土ではそんな肩書と共にその美貌もあり、ちょっとしたアイドル扱いをされていた。

 大抵の状況に対応できる己の技量に、天狗になっていたと言われても反論の一つも出来ない。


 魔銃でまともにダメージを与えられない魔物や、サンデーやアシュリスのような凄腕の高位魔術師を目の当たりにし、自分がいかに中途半端で器用貧乏なだけだったのかを思い知らされた。

 あまつさえ、先程油断から死にかけたばかりだと言うのに、まだ心の底で驕りが残っていたのだ。


 魔銃は確かに便利な魔道具だ。しかし、魔力を注ぎ込むだけで済む手軽さの代償として、肝心の魔術の技量向上には全く貢献されていなかったのである。


 一度上空へと距離を取り、森の広範囲を俯瞰した時、中心の赤子がナインの凄まじい打撃を受けて倒れ伏す場面が目に映った。


(何今の!? あんなの見た事ない!)


 アルトが目を見開き、その様を見詰める。

 自信に溢れるその動きを見て、相棒が死闘の末、一足先に上のステージに昇ったのだと、天啓のように理解が及んだ。


 コンビを組む者としては、対等な力量でなくてはならない。アルトの心に焦りが生まれる。

 何より、あのデリカシーの無い男の事だ。絶対に自慢して来るに決まっている。

 プライドの高いアルトが、それを許容できるはずもない。


「……いいわよ、やってやろうじゃないの」


 返って腹が据わり、冷静になったアルトは、構えていた魔銃を腰に戻した。

 これより先は、レンジャーではない。エルフの魔術師、アルトレータとして振る舞うことを決意したのだ。


 眼下には、ふらつきながらも二本足で立ち、こちらに大木を投げ付けようとする姿勢の赤子の姿がある。


 それが投げ飛ばされるのに合わせ、アルトは両手を前に突き出した。


 瞬間、天から突風が吹き降り、宙にあった大木を地面へと勢いを増して送り返す。

 降ってきた大木が顔面に当たり、赤子が悲鳴を上げて顔を両手で覆った。


『おいてめぇアルト! 何やってやがる、さっさと作戦通り探索に行け!』


 状況を見ていたのだろう、作戦の為に回線を開きっぱなしだった通信機越しにオーウルが怒鳴っている。


「うるっさいわね! 売られた喧嘩よ、ここで逃げられるかってーの!」


 一方的に怒鳴り返し通信を切ると、アルトは思考を再開した。


(まだ、まだ全然足りない)


 先程は咄嗟に突風の魔術を発動させたものの、中位に位置する程度の物だった。


 フロンティア号で披露されたサンデーの暴風の魔術は、術式の一端すら見る事はできなかった。

 しかしその後、アシュリスに同行した際に見た凄まじい高位魔術の数々。あの時はほんの僅かだが、魔術を構成する輪郭が見えた気がした。

 恐らくアシュリスは、緊急時の為に術式隠蔽を施す余裕が無かったのだろう。それでも中位程度の自分に読み取れるような簡単な術式ではなかったはずだ。


 それが垣間見えた原因は、サンデーとのキスにあるのではと思い至る。

 サンデーにより魔力を吸われ、快楽をもたらされると同時に、自分の中の何かにひびが入る感触があったのだ。

 その時の感覚が、快感と共にぞわりと背筋に再来するのを受け入れ、必死に繋ぎ止めようとするアルト。その顔が恍惚に染まって行く。


 あの時、自分の中から抜き取られていった何か。それこそが魔力であり、ひびが入った物こそが、自分の魔力を押し込めていた殻なのではないか。

 殻にひびが入り、秘められた魔力の一端が漏れ出した事で、アシュリスの術式が見えるようになったのではと仮定するアルト。

 誇り高き魔術の徒。エルフ族の血を引く自分が、中位程度の術師に納まっている訳には行かない。まだ打ち破るべき限界が有り、それこそがまさにその殻なのだ。


 サンデーとの甘い逢瀬の記憶を頼りに、背中から脳髄にかけてに走る電撃のような感覚を手繰り寄せる。

 絶頂にも似た高揚感の中、アシュリスが見せた術式を思い出し、懸命に組み立てていく。


 カチリ、と。パズルのピースがはまったような爽快感がアルトの全身を貫いた。


(全部……消し飛ばしてやる!)


 中途半端で粋がっていた自分、攻撃の通じない生意気な化け物、ドヤ顔で成長を見せつけて来る憎たらしい相棒。

 それらが脳裏を過ぎり、八つ当たりのような感情が更に魔力を増大させた。


『第二班! 今すぐそこから退避! でかいのをぶちかますわよ!!』


 見下ろした先の赤子の周囲にいた班の者達が、アルトの周囲に張り詰めていく魔力の高まりを察知し、拡声魔術による警告を素直に受け入れて距離を取っていく。


 それを見届けたアルトは、上空へ向けて大きく片手を掲げた。同時にその頭上へ、黒々とした暗雲が立ち込める。

 会心の術式を組めた喜びに満ち溢れた、輝くような笑顔でその呪文を告げた。


「──天雷よ!!」


 ッドオオオオオオン……!!


 夜空に発生した巨大な積乱雲から、地面へ向けて一筋の眩い閃光が穿たれた。

 その中心地には赤子がおり、全身が焼け爛れ、ぶすぶすと煙を上げている。やがて膝から力が抜けたように崩れ、うつ伏せに倒れていった。


 ズズゥン……


「あっははははは!! 最っ高の気分ね!! あははははははははは!!」


 炭と化した周囲の木々を巻き込みながら倒れ込む赤子を見下ろし、四肢を大の字に伸ばしながら高笑いを響かせるアルト。


「これが高位の景色……!! 堪らなぁい……!!」


 自らを押し込めていた限界と言う名の殻。それを見事に打ち破った快感に思わず身を抱きしめ、太腿を擦り合わせながら、アルトは舌なめずりをしてみせた。


「もう可愛くて器用なだけなんて言わせない! 大魔術師アルトレータ様の爆誕よ!」


 右手の親指をぐっと下に向け、アルトは高らかに宣言して見せた。

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