第81話 闇を駆ける竜牙

 再びハルケンの「聖戦の詩」が声高に響き渡る中、ナインは棍棒を両手で握り締めて河を突っ切っていた。後ろにはギルドの仲間達が続いている。


 対岸に付くなり、戦闘中の冒険者達に向けて叫ぶ。


「おう! 正面の一匹は俺が受け持つ! 残りのは頼んだぜ!」


 その声を受けた仲間達から威勢の良い返事が届く。

 そして彼らはナインの後続の隊と合流し、左右の赤子を引き付ける班と、その周囲を蛇蜘蛛から護衛する班とに速やかに分かれていく。

 事前にオーウルから作戦内容の通達を受けており、ナイン達の到着後に作戦開始という手はずになっていた。


 ナインが正面からの突入を任された理由は二つ。

 一つは単純に大物を相手にする事に慣れている事。

 もう一つは、その手に持つ竜牙と呼ばれる棍棒の魔力を期待されての事だ。


 先の黒い球体を相手取った際、魔銃隊の攻撃はほとんど通じず、アルトの光線は球体を切り裂きはしたが、結局は決定打にはならなかった。

 しかしナインの持つ棍棒による打撃は有効であり、見事に影の竜を打ち倒している。


 これは、黒い球体の魔力障壁が、中位クラスに相当する可能性を示していた。

 アルトや魔銃隊の放つ魔弾の強度は中位以下の為、障壁を破れなかったのではないか、との仮説が成り立つ。


 ナインの持つ竜牙は、元々は火の属性を持ったエルダードラゴンから引き抜いた物である。それだけで上位魔術に匹敵する魔力が秘められているのだ。

 その魔力強度と合わせて、通常アンデッドの弱点と言われる火属性を纏っている為に、最も効率よく赤子にダメージを与えられるだろうと期待されての指名であった。


 ナインが森に入ると同時に、後方から照明の魔術が大量に打ち上げられた。森が上空から真昼のように明るく照らされる。

 本陣の篝火では森の中まで照らせない為、魔術師達が生み出した光源だ。

 数を用意する為に下位の術を使用しており、数十分程しか持たないが、元々短期決戦を狙った作戦だ。十分な時間だろう。


 突然の明かりに戸惑う蛇蜘蛛達を蹴散らしながら、一つ目を右手で覆っている、目標の赤子へ向かって突撃するナイン。

 棍棒を振りかぶりつつ肉薄すると、地についたままの左の腕へ向けて鋭く叩きつけた。


 ゴシャッ!!


 手首を半ば吹き飛ばされ、バランスを失う赤子。顔から地面へと倒れ、激突する。


「おら、もう一つ!」


 ナインは叫び、地に埋まった赤子の側頭部へ向けて、フルスイングをお見舞いする。


 グシャリ、と頭蓋が破裂する音が響く。


 しかしナインは咄嗟に身を翻して距離を取っていた。

 数秒前にいた場所に、赤子の無事な右手の平が凄まじい音を立てて叩き付けられていた。


「おいおい、頑丈過ぎだろうが……!」


 頭の半分を潰されながらも、ゆっくりと起き上がりつつある巨体を見て、思わず呟くナイン。

 見れば、破損した箇所が波打ちながら再生を始めている。


「ちぃっ、こいつでも完全には効かねぇってのか!」


 竜牙を構え直すと、体の支点となる腕や脚を徹底的に狙い、動きを封じる作戦に出る。

 殴り付けてはすぐに別の位置へ走り抜け、狙いを付けさせないように細かく動くナイン。

 下腹部へと回った際に、試しにへその緒を攻撃してみたが、ゴムのような感触であっけなく弾き返されてしまった。やはり分かり易い弱点ではないようで、元から絶つ必要が再確認された。


 オギャアアアアアアアアアア!!


 起きようともがく所を何度も転ばされ、癇癪を起したように赤子が叫ぶ。

 近距離でその轟音を耳に受けたナインの体が、一瞬硬直する。

 そして次の瞬間、駄々をこねるようにして振り回した赤子の腕が直撃し、軽々と弾き飛ばされていた。


 バキバキと何本かの木を貫通しながら、森の中を直進するナイン。十数m飛ばされた辺りで大木にめり込み、ようやく勢いが止まった。


「くっそ、やりやがったな……」


 血を吐きながら悪態をつくナインが、大木から体を引きずり出して地に立った。


 全身が軋みを上げ、頭がくらくらしているが、ハルケンの歌の効果で回復はすでに始まっていた。

 体は動く。ならばやる事は決まっている。

 ナインは握り締めたままだった竜牙を肩に担ぐと、再び赤子へ向かって走り出す。


 その脳内では、己の傲慢さに呆れを通り越して激しい怒りが渦巻いていた。


 本土ではそれなりの腕があると自負していたが、開拓島に渡って以降、己の手に負えない事態ばかりが続いている。

 船での海魔に始まり、洞窟での再戦でも止めは刺せなかった。

 金毛村での狂犬との戦闘でも、負けは無かったにしろ、加減して捕らえられる程の実力差が有った訳ではない。

 黒い塊に至っては戦いにさえならなかったのだ。

 今まで腕力のみを頼って来たつけが回ってきたのだろう。


(何か別の……新しい技が要る……!!)


 腕力と竜牙に頼り切りだった己を猛省するナイン。


 彼には、世界中に棍棒の素晴らしさを広めるという個人的な野望がある。


 冒険者見習いの頃、ナインには剣の才能が壊滅的に無かった。有り余る腕力に耐えられる剣が無かった事もあり、オーウルに棍棒を勧められた。

 剣のように刃筋を立てずに済むため扱いが容易で、手入れも簡単。そして安価である。ナインはたちまち棍棒に魅了され、同じように剣の才に恵まれない者達の指針となるべく布教活動を始めた。

 その為に棍棒のみでエルダードラゴンを討伐し、その素材で最強の棍棒を作り上げてみせたのだ。竜牙の異名が付けられたのも、この偉業を称えての事だ。

 しかし、その時点で彼自身無意識に満足してしまったのだろう。

 それっきり、成長を止めてしまっていたのだ。


「俺はまだ終われねぇ……棍棒が最強の武器だと世界に認めさせるまでは!!」


 周囲には蛇蜘蛛の姿は無い。仲間達が上手く引き付けてくれているのだろう。真っ直ぐに赤子の元へと森の中を走り抜ける。


 駆けながら、今自分に必要な物、足りない物を必死に考える。


 ふとその脳裏に、狂犬の姿が思い起こされる。

 あの若者が使っていた技──気功。

 魔力を変換して身体能力を向上する技だと聞いている。

 同時に、ソルニドニアのように武器を介して剣気を飛ばす者の存在も思い出す。

 ナインの頭を電流が走るような閃きが貫いた。


(あんな小僧や剣士にできて、俺にできねぇ訳があるか!)


 ナインは棍棒の扱いに習熟し、自分の腕のように自在に操る事ができる。

 しかし、彼らのように、得物を完全に自らの肉体だと認識して、気力を込めて振るっていただろうか。

 否だ。単に腕力に任せて振り回していただけだった。


 狂犬に殴られた時、確かにあの拳には気合とも呼べる熱が込められているのを感じた。

 その感触を必死に思い出すナイン。


 赤子の姿が視界に入ってくる。


(必要な物は……気合だ。それと……)


 竜牙を両手で持ち直し、一瞬その白い姿を目に焼き付ける。


 武器ではなく、自分の体の一部と思って振るう事。


 赤子の腕に突撃しながら、全身に裂帛の気合を漲らせる。


 オギャアアアアア!!


 ナインの姿を認めた赤子が反応し、右手を振り上げる。

 その手には引き抜いた大木が握られ、横薙ぎに振るわれようとしていた。すでに避けようもない範囲に入っている。


「真向勝負しかねぇってか! 解りやすくていいじゃねぇか!!」


 迫り来る大木の先端に向けて、ナインは棍棒を水平に構え腰を捻ると、木ではなく、目の前の空間そのものを殴り飛ばすイメージを持って全力で打ち付けた。


 ガキンッ!!


 互いに正面から打ち合わされる大木と棍棒。

 体格差を物ともせず、見事に拮抗する。


「……これで終わりじゃ、ねえんだよおおおお!!」


 ナインが雄叫びを上げながら、棍棒を振り抜いた。


 パァンッ!!


 大木の根本が、渇いた音を立てて弾け飛ぶ。


 次いで、幹へ縦に切れ込みを入れたような衝撃が走っていく。

 その衝撃波が赤子の腕まで達した瞬間、ナインの棍棒が振るわれた直線上の物全てが、破砕して飛び散っていった。


 オギャアアアアアアアアア!!


 今までにない質量の打撃を受け、赤子がのけ反りながら悲鳴を上げる。その右腕は肩口までが吹き飛ばされていた。


 まさに、棍棒からナインの闘気が放出されたのだ。


「──はっ! 土壇場で一皮剥けちまうとは、流石俺! 天才だな!」


 返す刀──もとい棍棒で、左手首も吹き飛ばすナイン。

 今までとは桁の違う破壊力の前に、赤子の再生が追い付いていない。ついに両腕を失って上半身が土に塗れた。


 竜牙のナインザールが己の限界を超え、闘気を開眼させた記念すべき瞬間であった。

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