第5話 上陸後、とある食堂にて
『……かくして、英雄殿の活躍により船は災難を逃れ、元の航路へと戻るのであった。今回の旅の舞台は開拓島。晴れて丘の人となった後、彼の地で我々を待つのはどんな出会いか、はたまた事件だろうか。次回をご期待頂きたい……』
文章を書き込む手を止めると、エミリーはふぅと一息付いた。
「こんな所でしょうか~」
いつも細い目を更に細めながら組んだ両腕をぐっと上に伸ばす。
「ふむ、読ませる文だ。流石は編集長が推薦しただけはある。よ~しよしよし」
横から覗き込んでいたサンデーが感心したようにエミリーの頭をわしわしと撫でる。
「いえいえまだまだですよ~。このまま渡せばダメ出しの嵐でしょうし、もう少し推敲します~。あと頭を撫でるのはやめて下さいね~」
謙遜しつつもやんわりとサンデーの手をどけるエミリー。
本来の仕事である「英雄漫遊記」の下書きをしていたのだ。
彼女が手にしている薄い板は、魔導情報通信端末と呼ばれる魔導器具である。単純にタブレットと呼ばれる事も多い。
その使用法は多岐に渡り、様々な情報が閲覧できたり、文字を書き込んだり、予め登録しておけば他の端末との通信が可能となる。
彼女の持つ最新機種は、目の前の風景を写真としてそのまま切り取ったように保存できるという優れ物だ。船にてサンデーの戦闘シーンを撮影したのもこの機能によるものである。
普及が始まったのはここ最近で、これ程多くの機能を備えた機種は大変高価である。王国軍の司令クラスや大貴族でしか持ちえない代物だ。
それを個人に持たせる王国新報社が、いかにサンデーという人物及びその取材を重く考えているかが伺える。
「私は褒めるべき時は全力で褒める主義なんだ。邪険にしないでくれ給え」
微笑みながら、テーブルの上のカップに手を伸ばすサンデー。
「サンデー様の褒め方は犬猫と一緒じゃないですか~」
凝った肩を軽く回すと、エミリーはまたタブレットへと視線を落とした。
「仕事熱心なのは良い事だが、私は少々退屈してきたのだがね?」
「この後は上陸編も書き溜めておかないといけないので~。暫くお相手はできません~」
その頬を横からサンデーのしなやかな指がつつくが、エミリーは視線も上げずに言葉を返す。
やれやれとばかりに肩を竦めるサンデーは、胸元の服の合わせ目から煙管を取り出すと、ゆっくりと紫煙をくゆらせ始めた。
その姿はまるで高級娼館の女主人のように優雅で妖艶だ。
店は昼時のピークを過ぎたのか、他に客は居ない。静かな時間が流れている。
船への襲撃から二日が経ち、先のエミリーの文にもあるように、彼女らは無事に上陸を果たしていた。
一度は大きく航路を外れた船だが、最初の避難が早かったおかげで乗組員はほとんど無事であった。
サンデーの起こした風で推力を得た事もあるが、本来の航路へ戻れたのは彼らの尽力であり、彼らを守り通した騎士や冒険者達も賞賛するべきだろう。
今は上陸先の港町の食堂で休憩をしている最中である。
朝方に到着し、一しきり街並みを見て回った頃には昼時を過ぎており、目に付いた店へ入ったのだ。
この地は大航海時代が始まった後、今から10年前に発見された未開の島である。
未だ開拓が成っていないとして、領主の意向で正式な名前は決まっていない。単純に「開拓島」、あるいは「フロンティア」と呼ばれている。
そんな島の玄関口でもある港街は、開拓の前線基地と言う意味も込めて「フロント」と呼ばれる。
周囲の海域は複雑な海流が取り巻き、技術革命によって生まれた魔導エンジンによる推進力が無ければ辿り着けない新天地であった。
サンデー達が乗船していたフロンティア号こそ、その魔導エンジンが組み込まれた最新鋭の魔導船である。
島とは言っても、その広さはイチノ王国の領土と左程変わらない広大な土地だ。
ワルトガルド大陸とは全く別の生態系を持ち、強力な魔物や亜人種の先住民が多く生息しているため、昨今でも開拓が難航している。
島の外周は海流が急な上、殆どが100m以上の高い岸壁に覆われている。
その為船で上陸出来る場所は島の南西に位置している、この港街を擁する入江一帯だけである。
このように足掛かりとなる拠点が極端に少ない事も、開拓を遅らせる一因になっているのだ。
今サンデーが眺めている観光ガイドによれば、王国の管理下と呼べる地域は、この港街を含めた南西部一帯。島全体からすれば4分の1にも満たないようだ。
しかしそれだけの範囲ですら島固有の植物の栽培に成功し、交易によって十分潤っているらしい。現在唯一魔導船を擁するイチノ王国の独占状態なのだから当然である。
そして先程サンデー達が味わったばかりの海鮮料理も名物であり、店の窓から望める入江の景観も申し分無い。夏には浜辺は人で溢れるのだろう。観光地としても成功しているようだ。
今回の旅の地として選んだ己の直感が正しかった事に満足げなサンデーが、ふと視線を店の入り口へと向ける。
カラカラと鈴の音を鳴らしながら開かれた扉から、冒険者風の二人組が入ってきた。
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