だれか! そこの普通人間免許ドロボーをつかまえてーー!!

ちびまるフォイ

どこに出しても恥ずかしくない普通の人間

「ここが普通人間免許かぁ……すごいなぁ」


普通人間免許の教習場は広くたくさんの人が集まっていた。


「お前も普通免許を取りに来たの?」


「あ、ああ……」


「いまどき普通人間じゃないとどこも認めてもらえないしな。

 自販機でジュース買うのも普通人間免許が必要なくらい。

 まあ、ぼくは普通だから速攻合格して帰るけどね」


「めっちゃ喋るなお前」


普通人間の免許、通称「普通免許」の試験がはじまった。

どんな試験なのかドキドキしていたが、紙とペンが部屋にあるのを見たら急に冷静になった。


「……普通のペーパー試験なんですね」


「なにを期待していたんですか」


かつての受験を思い出すようなシチュエーション。

試験が始まり紙を裏返すと、問題といくつかの選択肢が書かれている。


----------

【1】次のうち、もっとも「普通」である答えを選べ


 エレベーターはどこに乗る?

 

 A:左側

 B:右側

 C:ど真ん中

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普通の人間が選ぶのはどれか、と考えてAを選んだ。

特別な計算も頭の回転を競わせるような問題はなく、シンプルな選択肢問題が続いた。


「それでは試験終了です」


解答用紙が回収されると、試験官がスイッチを押したのがわかった。

一瞬だけ目の前が暗くなったかと思ったが、すぐに戻った。


「試験結果は部屋の外の電光掲示板に表示されます。

 自分の番号が出ていたら合格です。

 合格者は別室で普通免許をお渡しします」


部屋を出たときにはすでに電光掲示板に数字が表示されていた。

自分の番号も当然あるだろう。


「100番……100番……あれ!? ないぞ!?」


それは自分の人生で初めて味わった不合格だった。


「うそだろ!? 成績優秀スポーツ万能のこの俺が!

 まさか普通免許を落ちるなんて!! 一体何が悪かったんだ!?」


どこが間違ったのか。何が悪かったのか。

頭は必死に問題を思い出そうとするが全く記憶がない。


「よぉ……お前も落ちたみたいだな」


「ってお前は最初に話しかけてきたやつじゃないか!

 あんだけイキってて落ちたのかよ!」


「ふっ……この世界に非凡な成功を収める人間は

 この普通免許を何度も落ちていたという共通点があるのさ」


「それより、お前は問題覚えているか?

 さっきからどの問題で間違えたのか思い出そうとしてもぜんぜん頭に出てこないんだ」


「は? それは当然だろ。普通免許じゃ試験終わりに、テストの記憶を消してるからな」


「なんでそんなことを!? それじゃ自分が何で間違っているのかわからないじゃないか!」


「問題文を覚えられて正解を選ばれたらそれこそ問題だ」


「どうして!」


「普通というお墨付きで、異常者が歩き回っているんだぞ。そのほうが危ないだろ」


「でも……コレじゃいつまで経っても合格できないじゃないか」


「記憶を消したといっても表層的な部分の記憶だ。

 神経レベル、深層心理レベルまで"普通の答え"がすりこまれれば問題ないさ」


「この試験、本当に合格できるのかなぁ……」


その後もひっきりなしに再試験は行われ、そのたびに試験受講者の記憶は消された。

それでも試験会場に集まる人間は1人また1人と数を減らしていった。


「本当に体に普通が刷り込まれてるんだ」


感心しながらも、また自分は落ちたことで自信を失っていく。


「また落ちたぁ……なんでだ! 俺の何が悪いんだちくしょーー!!」


床に拳をついてこの世のあらゆるものを呪った。

このままじゃ仮に普通免許を取ったとしても、とても普通の人間らしい精神になっている気がしない。


そこに試験官が通り、ぽんと肩に手をおいた。


「諦めないでください。あなたはきっと合格できますよ」


「どうしてそんなことが言えるんですか!

 こっちは記憶消されてどの問題でまちがった答えを出してるのかもわからないのに!」


「ここだけの話。あなたの誤答はたった1問なんです。

 その1問さえクリアできれば合格できます。55問目の答えはBですよ」


「あ……ありがとうございます!!」


自分がどれだけゴールに近いのかを教えてもらったとき、一気に救われた気持ちになった。

なんだもう少しだったんじゃないか。

その思考が自分をプラスに代えてくれる。


「55問目……! まちがえてたまるか!!」


そして、再々々々々々々々々々々々々々々々々々々々試験が行われた。

会場には俺ともうひとりの見慣れた顔だけしか残っていない。みんな普通人間として合格してしまった。


「ついに、僕とお前との一騎打ちというわけか」


「お前この底辺な状況でよくそんなこと言えるな」


試験が終わると記憶が消されてしまった。

もう自分が55問目を意識して解答したかさえ覚えちゃいない。


今はただ電光掲示板の前で祈るしかなかった。


「100番……お願いします、合格させてください……!!」


電光掲示板に数字がひとつ表示された。

見間違いかと思ってなんども確かめたが合っている。


「やった!! 100番!! 合格!! 合格だぁーー!!」


今回、2人で行われた試験で合格者は1人。

落ちたんだな、と傷に塩を塗りまくろうかと思ったが普通の人間はそんなことしないのでやめた。


普通免許を発行する別室に案内された。


「合格おめでとうございます。はい、これが普通人間の免許ですよ」


「ありがとうございます!! やっと合格できた!!」


やっと安心できたので質問する余裕が生まれた。


「あの、ちなみになんですけど……。

 不合格のひとは合格するまでこの教習所に軟禁されるんですか?」


「いえ、さっきの試験が最終試験ですよ」


「あ、それじゃ帰れるんですね」


「いいえ。普通人間の矯正施設に入ります」


「きょ、矯正施設!?」


「これだけ試験を重ねて深層心理に普通を叩き込んでも普通じゃないと、

 やっぱり人間的になにか問題があるに決まっていますから。

 専門の施設で普通になれるように矯正するんです」


「あ、あぶねぇ……」


きっと55問目というヒントを教えてくれた教官もこのことを知っていたから助けてくれたんだろう。


「それじゃ、普通免許ありがとうございました」


頭を下げて教習所を出た。

外はすっかり暗くなっていた。


「……おめでとう」


「あっお前……まだいたのか」


「普通免許、僕はついに最後まで合格できなかった。

 これからあわれにも矯正施設に送られるんだ」


「らしいな。まあ……がんばれよ」


「だから最後に普通免許見せてくれないか。

 具体的なイメージをもって矯正施設の生活を過ごしたい」


「わかったよ……」


できたての普通免許を見せたときだった。

すばやい動きで俺の普通免許を奪い取ると男は猛ダッシュ。


「おい! なにしてんだ! 返せーー!」


「僕は普通なんだ! 普通免許は僕が持っているべきなんだ!」


「ちょっ……待っ……!!」


普通免許には持ち主が自分であると証明するものがない。

あくまでも普通であるという"しるし"でしかない。


奪われてしまえばどうしようもない。

気持ちは追いつきたいいのに、非凡な足の速さでぐんぐん差をつけられる。


「なんでっ……あんなにっ……足はやいんだよっ……!」


諦めかけたそのとき、逃げる男の近くに交番が見えた。


「おまわりさーーん!! その男! そいつを捕まえてください!!」


絶対に聞こえる声量で必死に叫んだ。

警官は声に気づいてこっちを見たが、その場を動かなかった。


「なにしてるんですか!! いま追い抜いたその男を捕まえてください!」


警官は動かない。

逃げる男は警官を恐れてますます爆速で逃げていった。


俺が交番前にたどり着くと、すでに逃げた男は夜の闇に紛れて見えなくなった。

怒りの矛先は免許泥棒よりも警官に向けられた。


「ちょっと! なんであいつ追わなかったんですか!!

 俺の声たしかに届いてましたよね!?」


「ええ、まあ……」


「だったら捕まえてくださいよ! どう見ても捕まえられる距離だったでしょう!?」


「そうかもしれないが普通に考えてみるんだ」

「はい?」


「普通の人間は、そういうトラブルへ積極的に関わらない。そうだろう?」


警官の答えに俺の深層心理に眠っていた55問目の問題文が浮かんだ。

俺が最後まで普通の答えにたどり着かなかったものだった。


----------

【55】次のうち、もっとも「普通」である答えを選べ


 誰かが助けを求めているとき、取るべき行動は?

 

 A:協力する

 B:トラブルを避けるため知らんぷり

----------



「ところで、逃げていく男がこれを落としたんだが、君のかい?」


警官は普通免許を見せた。

作りたてでピカピカ新品の普通人間免許だった。



「いえ……もうそれ、いらないです」

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