第22話『"決着"』

灰色の空の下、尻餅を着いた俺を挟むようにして大賢者とエリミネーターが睨み合う。

異世界人同士浅からぬ因縁があるのか……エリミネーターの怒りは、街を灰にした事に対してではないようだった。


しかし……震える程に拳を握り締め、思わず悲鳴を上げそうになる殺気を放つエリミネーターとは対照的に、大賢者は困惑した顔で目の前の騎士を見ている。


「オレを、覚えているか。大賢者」


腹の内で煮えたぎる怒りを抑えるので精一杯なのかーーその言葉は途切れ途切れかつ、ぎこちなかった。

大賢者は『あぁ?』と怪訝そうに眉をしかめる。


「知らねぇよ。お前みたいな雑兵ぞうひょうの名前を刻んでいられる程、僕の脳は安くないんだ」


「……そうか」


短く返事をしてから、エリミネーターは手に持った大剣でヒュッと空を切った。

軽く数十キロを越えるであろう鉄塊を木枝の如く振るう膂力に息を飲む。


……でも、きっとエリミネーターでは無理だ。

エリミネーターの戦法は中距離からの"術式装填"と、近接しての卓越した剣技。


魔法などをメインで扱う後衛タイプの大賢者相手には一見有利そうに見えるがーー違う。先程の"身体強化"による大賢者の動き。アレは明らかにエリミネーターよりも速かった。


こんなキチガイ染みた言動だが大賢者こいつは、近距離インファイトでも遠距離ロングレッジでも俺たちより上だ。ハッキリ言って勝ち目が無い。


「エリミネーターさんーー」


「坊主」


『協力しましょう』と言い掛けて、エリミネーターがそれを遮った。


「手出しは許さん。我が半生……この身も、この技もーー今この瞬間のためだけに、練り上げてきたのだ」


「でも……」


「あまりめるなよ」


大賢者を真っ直ぐ見据えたまま、エリミネーターはドスの効いた声で言う。


「もしお前の知るオレを全力だと思っているのなら認識を改めた方が良い。格上殺しは騎士のほまれ……オレとて、奥の手の一つや二つ持ち合わせている」


ブツブツと何かを唱えてから、エリミネーターが自分の着ている鎧の胸部に手を当てた。

……何をする気だ? 生半可な魔術では一瞬で掻き消されてしまう。


「ーー"術式破綻"」


そう呟くと同時、銀色の鎧に純白の葉脈が凄まじい速さで走っていく。術式……破綻? そんなの聞いた事無い。

しかし大賢者は、それを見て目を見開いている。


「勇者の技……? なんで、お前が」


純白の葉脈によって、エリミネーターの背に何か翼に似た紋様が描かれていく。

一枚目、二枚目、三枚目。三つの翼が背に浮かび上がった時……エリミネーターは、胸に当てていた手を離して腰を低くした。

少し焦った様子の大賢者がエリミネーターへと杖を向ける。


■■■ルークス!」


杖から発せられた光の螺旋がエリミネーター目掛けて発射された。しかし回避するどころか動こうともしない。

一体なにをしてーー


「ーー術式破綻・"エンジェライト"……! 『三翼』!!!」


ーー灰の海に巨大なクレーターを残して、エリミネーターの姿がその場から消えた。


「おぉっ!?」


「この間合いを詰めるのに、一体どれだけの年月を費やしたか……今オレは、オレの全存在をけて必ず貴様をこの世から葬り去る」


「速っ……!? ■■■■プリズム・バリア!!」


目にも止まらぬ速さで大賢者の一寸先まで移動したエリミネーターが、大剣を上段に振り上げて真っ二つにしようとする。

大賢者はそれを防ごうと、半透明の防壁を展開したーー


「邪魔だ!!!」


しかし防壁は振り下ろされた大剣によって粉々に打ち砕かれ、飛び散った破片が大賢者の頬を切り裂く。

その顔を困惑と恐怖に歪めながら、大賢者は大きく後ろに飛び退いた。


「何者だお前!? 鎧を見た限り王国騎士のようだが、ここまでの手練れあそこにはーー」


「……今までお前が気まぐれにんできた幾千の小さな命。そのいずれかの庇護者だった人間だ」


『術式装填・カーネリアン』

体をダラリと脱力させたエリミネーターがそう呟くと、鎧の背部にオレンジ色の葉脈が走り、そこから炎の螺旋がジェットブースターの如く発射された。


そしてそれを推進力とし、先程よりも更に速く大賢者へ襲い掛かる。

二足や四足歩行では絶対に辿り着けない、生物の領域を遥かに凌駕したスピードーー


「調子乗んなァ! ■■■■■■超身体強化!」


ーーしかし、大賢者は寸手の所で身をよじってそれを回避する。

そして右足を軸に体を旋回させ、その勢いで杖をスイング。突進を回避されてガラ空きになったエリミネーターの腹に叩き込まれた。


鎧が大きくひしゃげ、エリミネーターは苦悶の声を上げながら地を転がる。


「クッ、クハハハハァッ! 近接なら勝てると思ったかい!? 体術なら自分の方が上かと思ったかい!? 残念だったねぇ! "身体強化"アリなら、僕は龍種だって殴り殺せるんだ!」


「ご、ぼっ……!」


杖に殴られた箇所を抑えてうずくまるエリミネーターは、どう見ても戦闘不能に見えた。

鎧に走った白の葉脈が消えていき、コヒュッと喉から荒れた息が漏れる。


「……まだ、届かんか」


震える足で立ち上がったエリミネーターは何やら覚悟を決めたような声でそう呟いた。

顔に余裕を取り戻した大賢者は、ニタニタ笑いながら杖を向ける。


「勇者様、アリス、エルド。オレに……勇気を」


「終わりだよバーカ! 僕に歯向かった愚かしさを地獄で悔いろ! バーカ!」


杖の先端におぞましいまでのエネルギーを溜めた大賢者を見据えーーエリミネーターは、


「え……?」


「ハァ……」


自分の首に当てた刃を、エリミネーターは思い切り引いた。それと同時に鎧の接合部から吹き出る、おびただしい量の赤い血液。


ーー自殺?

俺は一瞬だけそう思ったが、すぐに違うと気がつく。

首から出た血液は地に落ちる事は無くーーて、


「"術式展開"」


ビキビキと肥大化していき、最終的に巨大な樹のようになった血晶。

細く枝分かれしたそれぞれが天をかんばかりにうねる。

ーーエリミネーターも"飽和"していたのか。


魔核展開スタートアップ・"王城バリスヒルド"」


その声に呼応するようにして、深紅の結晶が鈍い鉄色に変化した。

鋼鉄の樹木は猛スピードで組み変わり、徐々に何かの建物らしき物体を形作っていく。


「なんだよ、これ……」


数秒と経たずして完成したのは、荘厳な中世の城ーー雲を掠めんばかりなその規模は、城と言うより山脈に近いが。

所々に設置された砲口や弩の数々は、この城が外敵を迎え撃つために設計された事を物語っていた。


ーー全てがはがねのみで構成された、山の如き戦闘城塞。


一瞬にしてそれを生み出したのは内部に居るであろうエリミネーターただ一人。それ故か出入り口はおろか覗き窓の一つも無い。突破するにはそれこそ正面から消し飛ばすしか無いだろう。

大賢者は、それを見てワナワナと体を震わせている。


「あぁっ……!?、あァああァあァああッッッ!? お前っ、"砦騎士"か!? モンスター聖伐の時は勇者の側についてただろ!? なんでこっちの世界に追放されてんだよ!? チィ……! なんで消耗してる時に限ってそんな大物がァッ!」


ヒステリックに叫んだ大賢者の杖の先から、光の螺旋が発射された。

鉄の城壁が光線と衝突し、あっという間にドロドロと融解していく。

このままでは数秒で溶け切るだろう。


「だが! 残念だったなぁ! 僕の光魔法は15分もあれば小惑星を一つ削り切る高火力だ! 今は魔力が残り少ないからそうはいかないが……お前程度、それでも十分なんだよ!」


「長々と講釈こうしゃくご苦労……確かに防げそうには無いな」


鉄城の上部から這い出てきたエリミネーターが、多量の血を流したせいか気だるそうな声で言った。


「しかし……オレの本懐を見誤ったな。大賢者。"砦騎士"……その名に思考を囚われたか」


光線に溶かし切られる寸前で、エリミネーターは大きく跳躍した。同時に鉄城は赤い霧になって霧散する。

光の螺旋はそれをすり抜けた。


「ちょこまかと……!」


「この世界は本当に素晴らしくてな。"市民図書館"……だったか。オレのような貧者でもタダで知識を得られる。だから、こんな代物も作れるようになった」


散った筈の赤霧が、空中のエリミネーターへ指向性を持って向かっていく。

その霧が変形し、エリミネーターを中心にして何かを構成するーー


「戦闘機……?」


ーー先程の城とは打って変わって小型のソレは、鉄色の戦闘機に見えた。

ジェット装置らしき大きな機構が不自然に付いており、そこから"火魔術カーネリアン"の炎の螺旋が吹き出ている。


「F106ー"デルタゲート"。冷戦時における米軍の最強兵器だ。設計図を暗記するのには苦労したが……最高速度はマッハ1.9。コイツは飛竜より遥かに速いぞ」


空に向けて放たれる光の螺旋を細かな旋回で回避しながら、戦闘機は飛行する。

大賢者は目でも追えないなまり色の神速に向けて攻撃を放つが当然命中せず、次第にその表情を焦燥に歪めていく。


ぬちゃ、べた、ずざ


その時、俺の背後から何か湿った物が引きずられるような音が聞こえてきた。

咄嗟に音の方向へ振り向いてーー絶句する。


「■■■■……」


『クッソ! クソクソクソ! ふざけんなァッ! なんであんな力技で!?!? ボガァッ!?』


ーーそこに立っていたのは、右手に何かを持ったゴブリンエースだった。

片目は潰れ、腹は抉れ、足に至っては片方ちぎれかけている。満身創痍という表現さえ生温い、死にかけ。


「■■■■■■」


ゴブリンエースは俺を見るなり顔を凶悪な笑みに歪め、『土産だ』とでも言わんばかりに手に持った"ナニカ"を突き出してきた。


「っ……!?」


それは、俺が先程敗北したモンスター。

腰から下が千切れて上半身しか無く、顔に装着していた仮面は粉々に砕けている。


「嘘、だろ……!?」


ーーゴブリンエースの手に持たれていたのは、ミラージュ・カットアッパーの現実改編の怪物にして、Sランクモンスター。

てっきり殺されたと思っていたのに、この化物に勝ったのか……!?


「■■■■■■!!!」


ゴブリンエースはカットアッパーの胸にズボっと貫き手を滑り込ませ、そこから深紅の魔核を引き抜いて自らの口に放り込んだ。

すると、ゴブリンエースの肉体に変化が起こる。


額から鋭い角が生え、筋繊維がぜんばかりに波打ち、骨格が急激に成長していく。

その過程で傷も塞がり、ゴブリンエースはその口角をより一層深く歪めた。

そして周囲を見渡し……この場で一番の強者が誰か勘で理解したのか、大賢者へと突進していく。


「ぁがぁあっ!?」


エリミネーターを撃ち落とす事に集中していた大賢者はゴブリンエースの接近に気付かず、打ち込まれた正拳をモロに食らった。

ダンプカーにでも轢かれたみたいに吹き飛び、灰の海を跳ねながら転がる。


「なにが、どうなっ……でェ"ッ"!?」


「■■■■■!」


混乱しながらもヨロヨロ立ち上がり、体勢を建て直そうとした大賢を追撃するようにゴブリンエースの飛び膝蹴りが突き刺さる。

それによって内蔵が破裂したのか、口から多量の血を吐き出して大賢者は倒れた。


「勝った……のか?」


あまりの出来事に唖然として呟く俺とは対照的に、空気を震して勝利の咆哮を上げるゴブリンエース。

ピクリとも動かない大賢者を見ながら、俺は妙な胸騒ぎを感じていた。

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