259ページの恋
神蔵巳《かぐらし》
259ページの恋
明日は何をしよう。
良く晴れた日の夕方すこし良い気分で学校から下校をする。
今日はちょっと一つ先の路地を曲がってお気に入りの本屋さんに寄ってみることにする。
あそこは少し狭いが1000冊以上の古本があってかつ人気が少ないから気持ちよく
読書をすることができる。
3年前の中学3年生から今まで週に2回は必ずかよっている。
そのお陰で店主と仲良くなり、家に余ってたという小さなソファを店に置いてくれた。
年齢は定かではないが60代後半のよくカフェのマスターをしてそうな眼鏡をしていてちょび髭の小柄な人だ。
本屋の前の道にさしかかると今日は人通りが少ないように思えた。
カランカラン
店のドアをゆっくり開ける。
「庄屋さん、こんにちは。」
「おぉ
挨拶をして店の奥のソファに座る。
ここここ。私の一番落ち着く場所。
今日は何を読もうかな。
静かに本を捜し歩いていると左先に影が見えた。
私はなんだろうと好奇心で奥へと進んでいった。
同い年くらいの真っ黒い髪をしたすらっとした男の子だった。
その子は私に気づくとそっと笑いかけた。
私も笑い返す。だがすぐに本探しに戻ってしまった。
・・・・その少年は終始幸奈のことを見ていた。
幸奈は本を見つけソファに戻る。
またこんな時間になった。いつも2,3時間は長居をしてしまう。
そんなこんなで帰りは7時を回る。
「庄屋さん、帰りますね!また来ます!」
「気をつけてな。またおいで」
店を出て家に向かう。秋が近づいてきたせいか少し肌寒く感じた。
おなじ週の金曜日、再び本屋に寄ることにした。
歩いている途中であの男の子を思い出した。
何処の学校の子だろう、見たことのない制服着てたな。
本屋の前の道に出たときあの男の子が店に入るのを見た。
今日も来てるんだ、それにしてもすごく軽く綺麗な歩きをしてる。
そんな誰も触れなさそうなことを考えながら店にはいる。
カランカラン
「よく来たね、今日は新本が入ってるよそこの棚にそろえてあるから好きな時にどうぞ。」
「ありがとうございます!あ、これ気になってたんですよね天使と悪魔の愛。あらすじはちょっとネットで見ちゃったんですけどねやっぱり本で読むと違いますね。」
「そうだろう、今の若い子たちは本を読まないからね幸奈ちゃんみたいな子が増えてほしいよ。」
嬉しくて微笑みながら定位置の席に着く。
30分くらい経った頃誰かが歩く音が聞こえた。
軽やかな足音だった。
その足音は私の左横で止まった。
わたしは本に向かっていた顔を上げた。
「幸奈ちゃん、寒くはないかね。年寄りになると寒暖差に鈍くなるもんでな」
庄屋さんだった。
「大丈夫です!ちょうどいいです」
そうかいそうかいと呟きながらレジのほうへ戻っていった。
「庄屋さん僕には聞いてくれないんだ~」
幸奈はビクッとなって後ろを向いた。
そこには本を片手に残念そうにだがおもしろ微笑むあの少年がいた。
幸奈はしばらくあんぐりと口を開けたまま少年の顔を見ていた。
「いつまでそうしてるの?」
少年は相変わらずにこにこした顔でこちらを見てくる。
我に返った幸奈は少し顔を赤らめて苦笑いする。
「あまりに驚いちゃって」
「ごめんごめん、こんなに驚くとは思ってなかったよ」
そう言いながら小さな椅子を私の隣に持ってきて座った。
「名前なんて言うの?」
「あ、私は小伯幸奈」
「僕は早瀬楓」
「よろしくかえでくん」
「こちらこそ」
「ところで楓くんはここへよくくるの?」
「まあね、幸奈ちゃんはかなりの常連さんみたいだね」
幸奈はまあねと済まされたことに少し違和感を覚えながら会話を続けた。
「うん、中学三年のころから通ってるよ!」
「そんなに!一年くらいかと思ってたよ、洞察力が足りなかったなこれは」
二人は驚くほどに意気投合し、あっという間に2時間も話し込んでいた。
庄屋さんが時間を伝えに来てくれるまで互いに時間を忘ていたくらいだった。
「じゃあ、また来ますね」
「僕もまた。」
「気を付けるんだぞ、こんな時間まで話し込んでな。」
庄屋さんは眼鏡の下からのぞくつぶらな瞳をきらっとさせて二人を見送った。
二人は本屋を出た。
「幸奈ちゃん家どっち?」
「私はこっちだよ」
「家まで送ってくよ」
「いやいや、全然一人で帰れるよ!」
「8時だし僕もこっちだから」
「それなら…」
幸奈は楓が気を使っているのではないかと思った。
幸奈の家へ帰る途中に河原があるのでそこの舗装された道を通って帰ることにした。
「日記か…」
楓が突然呟いた。
「日記?」
「うん日記。交換日記、かかない?」
幸奈は小学生の頃によく友達とやっていたきらきらの交換日記を思い出した。
「いいけど、急にどうしたの?そんなこと言いだしちゃって」
「なんとなく」
楓は相変わらずの爽やかな笑顔でこちらを見る。
「なんかロマンチックじゃない?」
思わず笑ってしまった。
楓は少し驚いた顔で幸奈を見た。
「なんか、楓くんってイメージとちょっと違うこと言ったりする。そんな爽やかな顔してノリがいいし、静かな性格だと思ってたからさっきも余計にびっくりしたし、まさかの素敵なロマンチストだったなんてね」
楓は少し照れた顔をした。
「褒めてるのか褒めてないのかわんないよ」
「褒めてるんだよ!!」
そんな話をしているうちに幸奈の家に着いた。
「じゃあまた今度!」
「うんじゃあね、次会ったときにノート渡すよ」
「わかった!楽しみにしてるね!」
幸奈は湯船につかり考えた。
どこか悲しそう。
そんなことない、楓くんはもともとそんな表情。
翌日の放課後は時間があったのでまた本屋に行くことにした。
楓くんいるかな。そんなことを思いながドアを開けて店に入る。
いつものように庄屋さんが出迎えてくれた。
「今日は肌寒いね、体調に気を付けてな」
庄屋さんはそう一言いって読んでいた本にもう一度目を向けた。
いつもの席に座って本を読んで一時間が経った。
店に人が入ってくる気配はなく外が暗くなっていくだけだった。
楓くん今日は用事でもあるのかな。
そんなことを考えながらあともう少しいることにした。
三十分ほど経って、庄屋さんが微笑みながら歩いてきた。
「幸奈ちゃんもう今日は暗いから帰りなさい、いっそう寒くなることだしね。」
不思議と庄屋さんの言葉と言い方には落ち着きを感じる。
「そうですね、じゃあ今日は帰りますね」
「楓を待っていたんだろうが来なかったね」
「分かっちゃいましたか、きっと今日は用事があったんですよ!」
庄屋さんは相変わらずの微笑んだ表情でうなずき、幸奈をドアまで見送ると別れの挨拶に片手をあげた。
帰り道、幸奈は少し肩を落とした。楓くんに会えると思ったんだけどな。
幸奈は陽気な楓の話し方や笑い方を思い出しながらゆっくりとした足取りで家に向かった。
家の門を開けようとしたときポストになにかはさまっているのを見つけた。
一枚のA4画用紙が三つ折りになって入っていた。開いてみるとそこには綺麗な秋の紅葉の絵が描かれていた。
その裏には
今日行けなかったごめん。これ最近描いた絵なんだけどさ良くかけたからあげようと思ってさ、もしよかったらどっかに飾ってよ。
と綺麗な達筆な字で書いてあった。
初めて楓の作品と字を見た幸奈は感動した。
自分の部屋に戻った幸奈はさっそくどこに飾るか部屋の中をふらふら歩きまわったりいろんなところに置いてみたりした。
しばらくたって幸奈は晴れ晴れとした顔になった。ベッドの横に飾ることに決め、絵を見てつい笑みがこぼれる。
夕食も何もかも済ませ、部屋で明日の予定確認する。明日は何もなかったのでまた本屋に行こうと思った。楓くんに会えるといいなそんなことをふと考えながら。
翌日の放課後に本屋に寄るとそこには庄屋さんと楽しそうに話している楓の姿があった。幸奈はそれを見て嬉しくなり二人のもとにかけよった。
「よくきたね」
「幸奈ちゃんなんか可愛くなった?」
実に一日会わなかっただけなのだが。
「変わってませーん。」
それでも嬉しかった幸奈は満面の笑みを浮かべ、二人は幸奈専用の席へと歩いた。
「昨日いろいろあって来れなかったんだよねー、ごめんね」
「なんで謝るの、約束だってしてなかったし。ぜんぜん大丈夫だよ!」
「ありがとう。そうだ交換日記に使うノート持ってきたんだ」
楓が取り出したノートは色鮮やかな水色のシンプルで引き込まれるようなどこか懐かしさを感じるノートだった。楓はそのノートを幸奈に差し出した。
「もう僕のは書いてあるから、家でゆっくり書いてよ」
幸奈は一ページを少し開いてみるそこには色鉛筆で桜の散る様子が美しく描かれていた。幸奈は目を丸くした。
「絵を描くのが好きなんだ、小さいころから公園に行っては花の観察してあるがままに書いてた」
楓は幸せそうにどこか悲しそうに笑っていた。
だが幸奈にはまだそれを聞く勇気がなかった。
「素敵だね、昨日の絵も感動した。ベッドの横にいつでも見れるようにって飾ったよ!」
「ありがとう!これからもできるだけたくさん描くよ!」
楓はとても嬉しそうにして本を選びに行った。
数分後、楓は二冊の本を持って戻ってきた。
「この二冊は僕の思い出の本なんだ。こっちは人生の境目。もう一冊は愛の矛先っていうやつなんだ。けっこうどっちも難しそうな本に見えるかもしれないけどこの本はいろいろ学ばせてくれるんだ。」
「楓くんってそういう本読むんだね、私も今度それ読んでみる!」
「うん!今度おすすめの場面教えるよ。」
それから二人は二時間ほど集中して本を読んでいた。
「そろそろ帰ろうか、最近暗くなるのが早いね。」
「あ、もうこんな時間なんだ、早いな。」
店の奥から庄屋さんが現れて二人に薄い上着を渡した。
「これはもう使ってないやつだからあげるよ、風邪ひいたら困るかね。」
二人は庄屋さんにお礼を言うと店を出た。
今日もゆっくりと喋りながら歩いて行った。その途中で楓が一眼レフのカメラを取り出して見せた。丁寧にレンズカバーを外しながら、幸奈にカメラを向ける。
「そこに立ってこっちを向いて。自然にいつも通り。」
幸奈は恥ずかしさのあまり笑ってしまった。
パシャッ
「いいね!」
「絶対写り悪いよね?ねえ!」
幸奈が写真を確認しようとすると楓は見られないようにと必死に逃げ回った。
「大丈夫だから!これは僕だけが見れる特権だから!」
「わけわかんないよ!」
そうこうしているうちに幸奈の家に着くと笑顔で別れた。
そんな生活が一か月近く続いたある週、楓が一週間も本屋に来ることがなかった。
二人は連絡先を交換していなかったので、事情を聞くことも話すことも出来なかった。
家のポストにも何も入っていなかったのでさすがに心配になった幸奈は本屋の回ってみることにした。だが、私の問題などなにも気にとがめないようにいつものように静まり返った町は淋しさを感じる。
楓に偶然会えはしないと思っていたが少しの期待はあった幸奈は落ち込んでいた。
家に帰る途中も楓のことを心配していた。下を見ながら歩いていると「事故るよー」と声が聞こえ目の前すれすれで革靴が見えた。
幸奈が顔を上げるとそこには楓の姿があった。少しやつれたようにも見えた。
「楓くん…、一週間もどこで、」
と言いかけたとき楓は長い腕で幸奈を包み、優しく抱き寄せた。
「ごめんね、ごめん」
ただそれを繰り返して言う楓を見て心が痛かった。
幸奈は楓の腰に手をまわし、片方の手で頭を優しくゆっくりとなでた。
落ち着いた楓は幸奈の顔を見て安心したようだった。
「そういえばこれ」
楓はバックから本を取り出して渡した。
「この本あげるよ、もう何回も読んだから覚えちゃった」
それはこの前言っていた、人生の境目と愛の矛先だった。
幸奈はそれを受け取り「ありがとう」と呟いた。
翌日、何かがおかしかった自分の中でもやもやすることがあった。
それは一日中考えても答えは見つからず、放課後になって本屋に行く時であった。
やけに道路が騒がしく、救急車やパトカーが右往左往していた。
電気屋の前を通りかかったとき商品のテレビが最寄り駅を映しているのに気が付いた。
「男子高校生飛び降り。」というタイトルだった。嫌気を感じた幸奈は急いで本屋に向かった。
「庄屋さん!!楓くんは、、きてますか」
「きてないね、どうかしいたのかい」
庄屋さんの言葉を最後まで聞く前に幸奈は駅へと走り出していた。
人ごみをかき分け、警察によって禁止線が張られているところまでたどり着くと、ちょうど人が運ばれているところだった。
よく目を凝らして見てみる。
嘘だ。
楓くん…
運ばれていたのは楓だった。
幸奈は必死に駆け寄ろうとするが警察に止められてしまい身動きが取れなくなった。
聞こえた。病院名が聞こえた。近くの病院だ。
幸奈は急いで方向を変え、病院のほうに駆け出した。
着いたころには手術室から医師が出てくるところだった。
何を言っているのかは聞こえなかったが目の前にいた女性が崩れ落ちた。
「楓、楓」
幸奈は悟った。駄目だったんだなと。
持っていたカバンからもらった本が落ちる。
落ちたときに紙が出てきた。
開いてみると楓からの手紙であった。
幸奈ちゃん、急にいなくなったりしてごめんね。
僕、病気だったんだ。がんなんだ。
幸奈ちゃんと出会った当初は体調も良くて治る方向だったんだ。
けど最近になって容体が急変し始めてもう体も心も痛くて生きるのも辛かったんだ。
昔から体も弱くて薬漬けの日々で苦しかった。
だから、自ら命を絶つことにしてしまった。
幸奈といれた時間、毎日が幸せでかけがえのないものだった。
ありがとう。
そして好きだった。
その本の259ページ。
愛してる。
259ページの恋 神蔵巳《かぐらし》 @moka44
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