当日 チンコの場合-1

 ——「痛い」。


 その二文字が、瞬く間に頭の中を埋め尽くした。


 兄さんを助けたい。彼が背負う痛みの一端でも、わたしに肩代わりさせて欲しい——たったそれだけの、軽率な動機だった。


 なのにどうして、こんなことになってしまったのだろう。白く霞む視界で、わたしはわたしの姿を見下ろす。


 畳の上に打ち付けられた身体の、下腹部のあたりにできた、赤黒い血溜まり。それを見れば、確かめるまでもなく分かった。



 ——お腹の子が、死んだのだ。身勝手な承認要求を満たそうとした、その結果として始まった「彼」の生命は、これまたわたしの未熟さのために、僅か二ヶ月という短さで終わってしまった。



 どうしてわたしは、こうも上手く出来ないんだろう。いつだってそうだ、肝心なところでつまづいては、兄さんの足を引っ張ってばかり。そんな自分が嫌で、せめて自分のことは自分で出来るように、ちゃんとした「大人」になれるようにと、努力してきたつもりだったのに。


 わたしは子供が嫌いだ。顔にくしゃくしゃに歪めて喜怒哀楽を表現する様を見ると、何故だか、やり場のない憎しみが沸き起こってくる。きっとそれは、世間一般にありふれた幸福への、逆上めいた嫉妬の感情なのだろう。


 ……それでも、一昨日おととい。この身体に新たな生命が宿っていると知って、わたしは嬉しかった。


 ひとりの子供を満足に育て上げることができたなら、それが何より、わたしがひとりの大人として、立派に成熟したことの証明になるから。なのに、これでは——生まれる前から「彼」を死なせてしまっては、まるで両親あいつらと同じではないか。自分の身勝手な欲望のつけを、自らの子供に払わせるなんて、最低最悪の母親がすることだ。


 どうしてこうも、何ひとつ上手くできないのだろう。こんな下手糞な人生に、果たして何の価値があるのだろうか。


 芽吹く前から摘み取られる生命があるというのに、どうして、わたしなんか。わたしなんかが——。


 掠れる声で、わたしは呟く。



 

 

 


 


 

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