小話

伽月

藍晶解と柩藍

前世の記憶がある、と言ったら人は笑うだろうか。



勿論全て覚えている訳ではない。

ぼんやりと断片的に、ふとした時に思いだすくらいのあるようでないような記憶だ。


人の形をした出来損ないの化け物だった自分は

誰かに必要とされたくて、愛されたくて、死にたくて、子供のように泣いていた。

手首を深く切っても馬鹿みたいに酒を飲んでも

死ぬことはできず

死んでも死なない絵本の猫のように、

いつ終わるかわからない生に絶望していた。


そんな自分が出会ったのは中性的な容姿の

美しい女性だった。


自分を主と呼び、

なんでも自分の言うことを聞いてくれる、

なんでも自分の願いを叶えてくれる、

何を言っても優しく肯定してくれる、

甘い毒のような魅力を持つ彼女に自分はずぶずぶと溺れていった。


彼女は甘い猛毒だ。

気持ちが昂ると死んでも死なない自分の体に刃物を突き立て貫いた。

時には首を絞め、時には毒を盛る。

狂気的で痛みを伴う凶暴な愛だった。


彼女を心の底から愛している自分は

彼女から与えられる痛みも苦しみも、

全てが愛おしく感じた。


「愛しています、主ですもの」


傲慢で欲張りで子供で最低な自分はその言葉に不満と不安を感じた。

心の底から彼女を愛している自分と

義務的に愛してくれる彼女。

対等ではないと感じたのか、

心の底から愛して欲しいと願った。

自分が主じゃなくても、ただの人間でも、猫でも虫でも花でも愛して欲しいと。


何度も何度も殺されて、愛されて、いつしかそんな幸せな日常にも終わりがきた。

慣れなのか不思議と痛みはなかった。

最期に見たのは頬を赤く染めて心底愛おしそうに自分を見下ろす美しい彼女だった。


与えられてばかりだったと思う。

家事もろくにできない、弱い自分は守られてばかりだった。

自分は彼女に何か与えられただろうか。


……願わくば、生まれ変わりというものがあるのなら。

彼女を守れるくらい強くなって、

かつて自分が彼女に与えられたように

今度は自分が彼女に与えられるように。


そんなことを考えながら化け物は逝ったのだ。

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