前のエピソード――完全版【００２】：変態は歓喜し、鬼畜無理ゲーは泪を溢す！（２）

母（かあ）ちゃんと一緒に谷底まで落ちていく。三百十九回目の落下になると、感情（かんじょう）は麻痺（まひ）し、俯瞰（ふかん）で自分を見ている事に気付く。但し、両親の死をゲームだと割り切れるほど、俺は強くないようだ。

此処（ここ）までは試行（しこう）錯誤（さくご）をした結果、自分でも満足がいくルートで推移（すいい）している。後はあの場所までの、最適解（さいてきかい）を導（みちび）き出（だ）すだけだった。

母（かあ）ちゃんに別れを告げた俺は、いつもチクっと胸に痛みを感じていた。

「あぅあぅあぅ！（よし！　いくぞ！）」

道無（みちな）き道だと思っていた雪が積もる谷底を、俺は匍匐前進（はいはい）で颯爽（さっそう）と進み始めた。

「あぅ！（此処（ここ）までは、間違いない！）」

追手（おって）の赤色の印（しるし）も、母（かあ）ちゃんの灰色（はいいろ）の印（しるし）に辿（たど）り着（つ）いた。俺がいないので、周辺（しゅうへん）を探索（たんさく）しているようだ。

脳裏（マインド）に浮かぶ周辺（しゅうへん）地図（ちず）と、白（しろ）一色（いっしょく）の白銀（はくぎん）世界（せかい）とを擦（す）り合（あ）わせながら、慣れた動きで時間（タイム）を稼ぐ。

後残り二十三分と十四秒で、俺は行動不能（お亡くなり）になる！

「あぅあぅ！（此処（ここ）までは、問題はないか！）」

追手（おって）が、俺の匍匐前進（はいはい）の痕跡（こんせき）を発見するのに、後三十二秒。

吹雪（ふぶき）始（はじ）めた粉雪（こなゆき）が、俺の痕跡（こんせき）を隠（かく）している。

俺は今、谷底にある氷道（こおりみち）の割れ目の前にいた。

俺（アイ）は（キャン）翔べる（フライ）！　そう信じて、思いっきり後ろ足で氷道（こおりみち）を蹴飛（けと）ばした。

ヒュ――――――――――――！　

勿論（もちろん）翔（と）べる筈（はず）もなく、割れ目の中に落ちていったのだった。

「おい！此処（ここ）で痕跡（こんせき）が消えているぞ！？」

「こりゃ、此（こ）の割れ目の中に落ちたんじゃないか？」

追手（おって）の三人組は、割れ目を覗（のぞ）き、降（お）りるか断念（だんねん）するか思案中（しあんちゅう）のようで、割れ目地点から暫（しばら）く動かない。

「あぅ！（成功だ！）」

脳裏（マインド）に浮かぶ周辺（しゅうへん）地図（ちず）の赤色の印（しるし）が、遠（とお）ざかっていく。

三百十九回目で、初めて追手（おって）を撒（ま）いたのだった。真逆（まさか）割れ目に飛び込むが正解だとは思わなかった。引（ひ）っ掛（か）け問題（もんだい）なんか出すんじゃない！　ワクワクするだろう！　俺は此（こ）のルートを設定した制作者（クリエイター）に賛辞（さんじ）を送る！　スッゲぇ面（おも）白（しろ）い！

おっと、喜んでいる場合じゃない。残り十九分五十八秒だった。

ズボッと突（つ）き刺（さ）さった雪のクッションから抜け出した俺は、目的地に向かって進み始めた。

此処（ここ）は洞窟になっているのか？　

鍾乳洞（しょうにゅうどう）のように、氷柱（つらら）が天井（てんじょう）を埋め尽くしている。俺は奥へ奥へと匍匐前進（はいはい）で進んでいく。そろそろ身体が悴（かじか）み、スピードが落ちる時間だ。

只（ただ）、寒風（かんぷう）が吹（ふ）かないのは、ありがたかった。此（こ）れで少しでも、寒さで身体が麻痺（まひ）してくる時間を稼（かせ）ぎたい。

地味（じみ）に匍匐前進（はいはい）は、辛（つら）い。洞窟（どうくつ）の中は、底（そこ）冷（び）えがして、一段（いちだん）と凍（こご）えが進む。

ああ、感覚（かんかく）が無くなって来た。時間は残す処（ところ）、一分四十八秒。自分の行動（こうどう）限界（げんかい）時間（じかん）との戦いだった。　

フウッと、寒風（かんぷう）が吹（ふ）く。

メキッ！　

ズブッ！

天井（てんじょう）の氷柱（つらら）が地面（じめん）に突（つ）き刺（さ）さる。其（そ）の衝撃（しょうげき）で、次々（つぎつぎ）と氷柱（つらら）が時間差で落ちて来た。

うっひょー、何（なん）だ此処（ここ）に来て、最高（さいこう）のアトラクションじゃないかと、ゲーム脳の変態は歓喜（かんき）に沸（わ）いたのだった。

＜＜個体名【カルマ】の生命力（HP）が【０】になりました！＞＞

あっ！

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「お帰りなさいませ、【カルマ】さま。プレイ時間は【百八十一日十八時間四十九分二十二秒】でした。プレイ結果によって、【三百八十三】英雄（えいゆう）ポイントを獲得（かくとく）です！　リスタートされますか、それともプレイアバター【カルマ】でのプレイを終了されますか？」

ふー、スッゴく痛かった。氷柱（つらら）が身体に突（つ）き刺（さ）さり、五体（ごたい）が爆散（ばくさん）するなんてヤバ過（す）ぎる。天井を見上げながら、突き進むには無理がある。行動限界時間まで残り一分四十三秒。一気に匍匐前進（はいはい）で進み抜けないと往（い）けない。正解（せいかい）のルートがある筈（はず）だ。ふむ、試行錯誤（トライエンドエラー）するしかないな。考えてみれば、解る事だ。ふっふふふふ。楽しい、久々（ひさびさ）にワクワクが止まらない。あの先には、何（なに）があるんだろう。何（なに）が待っているんだろう。

「・・・・・・リスタートのようですね、【カルマ】さま。現在【創造神の試練】総（そう）プレイ時間が、【五万七千九百八十九日二十三時間三分四十八秒】でご座います。精神に異常（いじょう）数値（すうち）が、若干（じゃっかん）出（で）ていますが、如何（いかが）されますか？」

「ああ、氷柱（つらら）に刺（さ）されて、身体（からだ）が四散（しさん）した痛みで、異常（いじょう）数値が出たんだと思うよ？　まあ気にする程（ほど）でもないから、心配（しんぱい）させてゴメンね、ジョドー！　楽しかった、最高（さいこう）のシナリオだね！　此（こ）れを作った制作者（クリエイター）は、天才（てんさい）だ！　でも、少し疲れたから一旦（いったん）【ゲームアウト】するよ！　ありがとう、ジョドー！」　

「・・・・・・・・・」

無表情の執事は、何も言わずに、黙（だま）った儘（まま）だった。

あ、あれ？　バグかな、ジョドーが固（かた）まった？　

「ジョドー、大丈夫？」

「・・・・・・失礼（しつれい）致（いた）しましたカルマさま。問題ありません。ゲームアウトまで、三！　二！　一！　ご利用ありがとうご座いました！　またのお越しをお待ちしております！」

「ありがとう、ジョドー！　また来るよ！（ジョドーがバグるなんて、初めてだ。やっぱり第二陣（だいにじん）一千万人が増えるから、其（そ）の調整（ちょうせい）の所為（せい）かな？）」　

【カルマ】の身体が、徐々（じょじょ）にエフェクト処理（しょり）され分解（ぶんかい）されて、消えていく。

【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーは、プレイヤーネーム【カルマ】を見送った後、嘆息（たんそく）した。

現在プレイ中の一千万のプレイヤーの中で、シナリオ【創造神の試練】を連続（れんぞく）総（そう）プレイ時間で【五万七千九百八十九日二十三時間三分四十八秒】もプレイするプレイヤーは皆無（かいむ）だった。

プレイヤーの多くは「何（なん）だ此（こ）の鬼畜（きちく）無理（むり）ゲー（鬼畜（きちく）過（す）ぎて、クリアは無理だろって言うゲーム）は！」と罵詈（ばり）雑言（ぞうごん）を撒（ま）き散（ち）らして、別のシナリオに変更（へんこう）して二度と【創造神の試練】をプレイしないのがジョドーの日常（にちじょう）だった。

「くっくくくく。流石（さすが）は、カルマさま！　【廃神（オーバーアウト）】と呼ばれる常人（じょうじん）の斜（なな）め上（うえ）を、颯爽（さっそう）と駆（か）け抜（ぬ）けるお方（かた）だ！　確（たし）かカルマさまの感覚（かんかく）調整（ちょうせい）システムは、驚愕（きょうがく）の百パーセント！　通常（現実世界の痛覚は五十パーセント）の痛覚の二倍！　身体（からだ）を氷柱（つらら）に刺（さ）されて四散（しさん）したなどと、普通は其（そ）の衝撃（しょうげき）の激痛（げきつう）で、精神が即死（そくし）するのですが。此（こ）のジョドー、思（・）わ（・）ず（・）フ（・）リ（・）ー（・）ズ（・）し（・）て（・）し（・）ま（・）い（・）ま（・）し（・）た（・）！」