一月後（ひとつきご）、世界は、人類（じんるい）は、仮想現実の世界を再び構築していた。破壊された【マザーアース】に代わり、補助管理脳（アシスタントマネージメントブレイン）の一つが主導管理脳（メインマネージメントブレイン）【エルダーアース】としてバージョンアップしたのだった。

インダストリア社は、本社爆発時に亡くなった前社長に代わり、新たに新社長が就任（しゅうにん）した。

新社長は、FHSLG【アルグリア戦記】のサービス開始を宣言し、挿入歌（そうにゅうか）には【マザーアース】を破壊し、仮想現実世界を崩壊（ほうかい）させたテロリスト達の曲が、圧倒的得票差で選ばれた。

FHSLG【アルグリア戦記】は現実の一秒で、三千百十万四千秒の仮想現実のゲーム世界を楽しめる。ゲーマーと呼ばれるゲーム愛好家（マニア）達は、挙（こぞ）って【アルグリア戦記】に乗めり込んでいった。

ファンタジーなゲーム世界で繰り広げられる戦いの歴史。アルグリア大陸を統一するのは、果たして誰なのか？　【アルグリア戦記】の公式ホームページには、初回購入者一千万人のプレイヤーネームが、ゲームの進行度（しんこうど）によってランキングされていた。

毎月、ランキングの順位ごとに、特別な特典がプレイヤーに授与（じゅよ）された。　

ランキング上位のプレイヤーはゲーマー達にとって、憧（あこが）れであり、まさしく神だった。

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『師匠（ししょう）、俺挑戦して来ます！　鬼畜仕様（きちくしよう）と名高い、最高の七段階目の最難度のシナリオを！　聞いてますか、師匠（ししょう）？』

俺は、MMOWG（多人数参加型戦争ゲーム）【矛盾（バストーロ）】で、師事（しじ）したプレイヤーネーム【クマメタル】こと師匠（ししょう）に応答（おうとう）を求めた。

師匠（ししょう）はゲームネームと同じくイカれた人だった。【クマメタル】とは、【マザーアース】を破壊した五人組【超極悪人（オーバーヒール）】のリーダーの名前だった。イカれたプレイヤーネームが登録（とうろく）を認められた理由は知る術（すべ）もないが、正常（せいじょう）な人物は決して付ける事のない名前だった。　

俺は再度、師匠（ししょう）に応答（おうとう）を求めたが、自分の世界に浸（ひた）っているであろうイカれた変態が応答（おうとう）するとは思えなかった。

『カルマ！　皆殺（みなごろ）しって、最高だな！！！　何も考える必要がない、ただ全てを殺すだけだ！　なあ、カルマ？』

イカれた変態は、どうやら俺の言葉を聞いてはいなかったようだ。確（たし）かに戦闘中のトランス状態の師匠（ししょう）に、応答（おうとう）を求めた俺が馬鹿（ばか）だった。

MMOWG【矛盾（バスターロ）】に於（お）いて、対戦相手から忌（い）み嫌（きら）われていた師匠（ししょう）は、触（さわ）らぬDQN（神）に祟（たた）り無（な）しの文言（もんごん）其（そ）の侭（まま）に、【凶神（オーバーヒール）】と呼ばれていた。

師匠（ししょう）の戦いのルールは、殺（や）られたら殺（や）り返（かえ）すと言うシンプルで徹底（てってい）したスタイルだった。

触（さわ）らなければ、近付かなければ何事も起こらない。其（そ）れを理解した対戦相手は師匠（ししょう）を徹底的（てっていてき）に無視した。居（い）ない者として空気として扱ったが、イカれた変態は『毒饅頭（俺）を喰らえ（攻撃しろ）！』と対戦中の戦場を暢気（のんき）に横断（おうだん）して見せたのだった。

何処（どこ）の世界にも、思慮（しりょ）の浅い新人（ルーキー）は居（い）るものだ。　

暢気（のんき）に戦場を闊歩（かっぽ）するたった一人の師匠（ししょう）に、何を畏（おそ）れる事があるのかと攻撃を加えた。たった一人の愚（おろ）か者（もの）が、所属する連盟（ギルド）を崩壊（ほうかい）に導（みちび）いたのだった。

【矛盾（バスターロ）】のプレイヤー達は、師匠（ししょう）に対して専門の監視体制（かんしたいせい）を共同で敷（し）き、イカれた変態が出現すると警戒注意情報（けいかいちゅういじょうほう）が飛び交（か）った。

『師匠（ししょう）、今はどのキャラアバターでプレイしているんです？　俺は今度【カルマ】でプレイしますよ！』

『ふっ、ふはははは～！　カルマが【カルマ】をプレイするのか？　まあ、楽しんで来い！　鬼畜（きちく）のシナリオって奴（やつ）をな！　其（そ）れと俺は今【ピグリス】でプレイしている。最高だぞ【マンドラゴラ】は、ふっはははは～！』

『へぇ～、モンスタープレイですか？　殲（・）滅（・）プ（・）レ（・）イ（・）ヤ（・）ー（・）の師匠（ししょう）なら、人種種族なんか抑（そもそ）も関係ないですし、【アルグリア戦記】を楽しんでますね！』

『ああ、堪（たま）らないぜ！　ノンプレイヤーキャラアバターも本物（ほんもの）同然（どうぜん）だしな！　只（ただ）、ゲームのエフェクト処理（しょり）だけが、此（こ）の世界が仮想現実の中だって主張（しゅちょう）している。其処（そこ）だけが不満だがな！』

『いやいや、其（そ）れがあるから安全にプレイが出来るんですよ？　でないと精神がマジで殺（や）られてしまいます！』

【アルグリア戦記】では、血は流れない。只（ただ）、エフェクト処理（しょり）が為（な）されるだけだ。傷口（きずぐち）からエフェクトが漏（も）れ落（お）ちるように表現されており、其（そ）れはプレイヤーの精神を護（まも）る為（ため）のゲームシステムだった。

プレイヤーの精神を保護するゲームシステムの中には、感覚調整（かんかくちょうせい）システムがある。

此（こ）れはプレイアバターの感覚（かんかく）を調節（ちょうせつ）するもので、感覚（かんかく）を低く調整（ちょうせい）すれば痛覚（つうかく）が鈍（にぶ）り痛みを感じなくなる。逆に高く調整（ちょうせい）すれば感覚（かんかく）は鋭敏（えいびん）になり、少しの痛みも激痛（げきつう）に感じる。故（ゆえ）に感覚調節（かんかくちょうせい）システムの設定を高くする場合は、全ての責任の所在（しょざい）をプレイヤーであると認め、了承（りょうしょう）した者だけが感覚調整（かんかくちょうせい）で三十パーセント以上に調整（ちょうせい）が可能になるのだった。

只（ただ）、其（そ）れはプレイヤー自（みずか）らが、己（おのれ）の生殺与奪（せいさつよだつ）権（けん）を【アルグリア戦記】に譲渡するサインでもあった。ゲーマーの中には、ゲームに命を文字通り賭ける命知らずのプレイヤーも多く存在した。

其（そ）の命知らずのゲーマーを、人は【廃人（アウトダイバー）】と呼んだ。

俺の感覚調整（かんかくちょうせい）は百パーセントで、鋭敏（えいびん）過（す）ぎる感覚（かんかく）は即死（そくし）レベルの激痛（げきつう）を感じる事も、常人（じょうじん）以上の能力を発揮（はっき）する事も可能だった。

有識者（ゆうしきしゃ）の間では、【アルグリア戦記】はゲーム形態（けいたい）に於（お）いて、レベル制なのかスキル制なのかと当初（とうしょ）議論（ぎろん）されたが、結論（けつろん）としてはリアルシミュレーション制とでも言うべき形態（けいたい）だった。

レベル制とは、レベルが上がれば上がるほど強くなるシステムで、レベル差が戦いの勝敗（しょうはい）を決（けっ）するゲーム形態（けいたい）だ。

スキル制とは、スキルの特異性（とくいせい）と熟練度（じゅくれんど）と組み合わせにより、戦いの結果が左右されるゲーム形態（けいたい）だ。

リアルシミュレーション制とは、レベル制の能力値とスキル制の技術の組み合わせの妙（みょう）を元にしたシステムで、現実で修得（しゅうとく）している技術をレベル・スキルのアシスト無しで、実現可能なゲーム形態（けいたい）だった。

所謂（いわゆる）、リアルチートと謂（い）われるプレイヤーが有利なゲーム仕様だった。

レベルの強さとスキルの強さの絶妙（ぜつみょう）なバランス調整（ちょうせい）の上で成り立つ【アルグリア戦記】が、神ゲー（神の如き高評価の面白いゲーム）と謂（い）われる由縁（ゆえん）は、ゲーム製作会社の開発職人（クリエーター）達が本気で本物を創り上げる為に、画（・）期（・）的（・）な（・）手（・）段（・）で【アルグリア世界】を創造したからだった。

インダストリア社の新社長も、熱く語っていた。

『プレイヤーである君達に問う！　異世界に転生したくはないか？　人生をやり直したくはないか？　君達の行動次第で【アルグリア大陸】の歴史を己（おのれ）色（いろ）に塗（ぬ）り直（なお）せ！　人生がやり直せないって誰が決めた？　俺が許そう、自由に生きろ！　君達が何色に染まろうと自由だ！　・・・・・・だが、此（こ）のゲーム世界がもしかしたら現実世界ではと、疑いを君達が持った時、ゲーム世界は現実世界に変わる。そして君達は気付くだろう【アルグリア世界】が君達のもう一つの現実世界だと！　君達自身でゲーム世界【アルグリア戦記】が、真（・）実（・）の現実世界だと確（たし）かめろ！　プレイヤー達よ、己（おのれ）の全てをアルグリアの歴史に刻（きざ）め！』　

FHSLG【アルグリア戦記】の世界には四十七の人類（じんるい）国家（こっか）が存在し、その住民（キャラアバター）の一人をプレイして、大陸の統一（とういつ）制覇（せいは）を目指してゲームは展開（てんかい）する。

但（ただ）し、アルグリア語を話す人類（じんるい）の国が四十七国家であり、アルグリア語を話せない所謂（いわゆる）、モンスターと謂（い）われる魔物にもコミニュニティーが存在した。

プレイヤーの中には、モンスタープレイに嵌（は）まる者も多く、シナリオの進め方によっては【十の災厄（アンタッチャブル）】と呼ばれる、アルグリア大陸に十個体しか存在しないユニーク個体でプレイする事も可能だった。

『では、師匠（ししょう）！　楽しんで来ます！』

『おう、楽しんで来い！　またなカルマ！』

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俺はカルマとの通信（つうしん）を切り、目の前の自分が為（な）した結果を、唯々（ただただ）見つめていた。人類（じんるい）と謂（い）われるアルグリア語を話す者達が、自分達の正義を振り翳（かざ）した結果が広がっていた。

死屍累々（ししるいるい）の屍（しかばね）が横たわる戦場において、動くものは自分以外には存在をしない。阿鼻叫喚（あびきょうかん）の地獄（じごく）絵図（えず）が其処（そこ）に顕現（けんげん）していたのだった。

よくやるよ、カルマ。鬼畜仕様（きちくしよう）のマゾシナリオなど、何が楽しくて挑戦（ちょうせん）するのか、俺には全くカルマの気持ちが解（わか）らなかったが、アイツはゲーム馬鹿（ばか）だったと謂（い）う理由で納得（なっとく）はした。

現実の人生全てをゲームに捧（ささ）げた廃人（アウトダイバー）の中の廃人（アウトダイバー）、【廃神（オーバーアウト）】と呼ばれるゲーム脳（のう）の変態がプレイヤーネーム【カルマ】の正体（しょうたい）だった。　

『もう一つの現実世界ねぇ、ふん、下（くだ）らない！　肉を断（た）ち、熱く鉄（てつ）臭（くさ）い血を浴（あ）びる悦（よろこ）びが無くて、何が現実だ！　本物の血の匂（にお）いとは、全く似（に）てねえじゃねえか！』

プレイヤーネーム【クマメタル】は、そう毒突（どくづ）くと虹色（にじいろ）の体を蠢（うごめ）かせながら、プレイアバター【ピグリス】として花弁（かべん）を大きく開き、自分以外の生物を体内に取り込み消化（しょうか）させていった。

アルグリア大陸の四十七人類（じんるい）国家及び数多（あまた）のモンスターコミュニティーを掌中（しょうちゅう）に納（おさ）めずに、全ての勢力を倒す殲滅（せんめつ）プレイヤーである【クマメタル】にとって、【アルグリア戦記】とは現（・）実（・）の（・）仕（・）事（・）の息抜（いきぬ）きに他（ほか）ならない。