6. 秘められた魔力

「アンブローズが明日ドロシアの魔力を測定することになった」


「あの姿で魔力もあるの⁉ どの程度の力を持っているのか興味深いなー」

 メイフォースが目を丸くして驚いている。

「自分の身を守るくらいの力があれば、こちらとしてはありがたい」

「そうだねー」

 執務室にはルイスが残り、メイフォースと話し込んでいた。



「……ところでルイス」


 ふと、先程までとはうって変わり、峻厳しゅんげんとした態度になるメイフォース。

「魔王がドリーに求婚したということは、ドリーに託宣が下りたということかい?」


「あぁ……そのようだ」

「よりによってドリーが魔王の伴侶に選ばれるとは。 正直厄介なことになった」

 眉間を抑える表情は固い。


 極一部の限られた人間しか知ることのない有能な王としての顔。

 昼行灯と呼ばれるフェリックス王の真の姿は、内部情勢など隅々にまで目を光らせるかなりの切れ者だった。

 けれど、その姿をあまり人前では晒すことなく、普段は呆けものを演じていた。

 この能ある鷹は爪を隠すといったメイフォースの二つの顔に、今まで泣きを見た権力者が数多くいたことは言うまでもない。

 体裁的には呆けものの王と、出来のいい弟という認識の者も一定数いて、ルイスに王位を継がせたい者も多かった。

 もちろんルイスにはその気は全くないし、実際かなり有能な王であるメイフォースの手腕あってのフェリックス国だった。



 そんな全てを当然の如く知っているルイスが、淡々と返事をする。

「出来ればドロシアを危険が伴う戦いの渦中に巻き込みたくはない」

「そうだな……魔王とて伴侶候補を傷付けるような真似はしたくないはずだからな」

「そう思いたい……」


「くれぐれもドリーに危険が及ばないよう最善を尽くしてくれ」

 メイフォースがルイスの肩に手を置いた。

「御意」






 翌日、一行は魔法使いの塔の裏手にある森へとやって来ていた。

 魔法の修練場となっているのか、森の木々は至るところで焦げたりなぎ倒されたりしていた。


「ここにある木を魔力で傷付けてみて欲しい。 どのくらいの威力か確めたい」

 アンブローズが手近にある幹の太い木を触る。

「魔法使いの修練場として使われてるから、普通の木に見えるがここにある木は魔力で補強されている。 僅か程度の力ではびくともしないぞ」

「分かりましたわ」


 ドロシアはそうは言ったものの、魔法の使い方なんて全く分からなかった。呪文を唱えるのか、円陣を描くのか、杖を振り回すのか。


 固まっていると、アンブローズが眉間の上を指で触れる。

「魔力は感じて放つものだ。 眉間の上辺り…第三の目があるところにチャクラがある。 熱を感じることが出来るか?」

「何となくじんわり温かいような……」

 額に微かに熱を感じる。

「それを感じることが出来たら、次は目標物に向かってその熱を放つイメージで力を込めて」

「目標物に向かって熱を放つイメージで……力を込める」

 ドロシアは、目標物に向かって力を放った。



 ボッカーーーーーーンと大きな爆発音と共に、目の前の木が炎を上げてバチバチと燃えている。火柱は想像以上に大きく、火の手が回りそうだったのをアンブローズが必死で水魔法で鎮火させていく。


 辺りには焦げ臭い臭いが立ち込める。目標物だった木は、その原形を留めていない。それどころか、半径一メートル程の穴が地面にぽっかりとその口を空けていた。


「あ……え………っと………」

「………………………」

 驚き目を見開いたまま、その場にいた全員が固まって動けずにいた。

 火の手が大きく、鎮火させるのにかなりの力を要したようで、アンブローズは肩で息をしていた。そして、振り向き様に言い放つ。


「S級だな」


「……S級………とは?」


「僕がS級、メディー・フランシャールがA級。 ………この国にS級の魔法が使えるのは僕一人だ………今は二人になったが」

 さらりと言われたが、ドロシアにとっては青天の霹靂だった。



「えええええーーーーーーー」




 踊る心臓を、必死に落ち着かせようとする。


「基礎がないから、コントロールも今は出来ていないが、秘められた魔力はS級に相当するということだ。 これから訓練していけば、偉大な魔法使いになる素質は十二分にある」

「魔法使い……いや、この顔で魔法を使ったらもはや魔物と変わらないような気が……」


 どんどん普通の人間からかけ離れていく自分に戸惑いつつも、魔法を使えるようになれば誰かを守る力になるかもしれないと期待感は高まった。


「どのくらいでコントロール出来るとこまで持っていけそうなんだ?」

 ルイスがアンブローズに尋ねる。

「ドロシアは、一瞬で魔法を使う要領は得ていた。 みっちりやれば、一週間程あればそれなりに扱えるようになるであろう」

「分かった。 では出発はその頃にと兄上には報告しておく………」

 

ルイスがベニーを見る。

「ベニー!」

「はっ………はい」

「そういうことだから、それまでにどうするか決めてくれ。 代わりの人員の手配も必要な場合、ギリギリ過ぎても困る」

「その件なのですが………」

 ベニーが消極的に答える。

「お供させて下さい」


「ベニー! 無理しなくてもいいのよ。 私に変な気遣いとかもいらないから」

「いいえ。 俺がドロシア様の側にお仕えしたいんです」

 今度はハッキリとドロシアの瞳を見て答える。


「ありがとうベニー。 これでまたあなたの紅茶が飲めるわね」

 ベニーの手を取り、無邪気に微笑むドロシア。

 トロールの姿なのに、なぜかとても可愛らしく映った。






 ルイスは、ドロシアに同行する為に通常業務をある程度片付けていく必要があった。

 いつ帰れるのか予測も出来なかったので、当分空席になる自分の仕事の引き継ぎをしなくてはならず、慌ただしい日々を過ごしていた。

 部屋に戻っても書類などの書き仕事を持ち込み、夜更けまで作業を進めていた。


 ふと遠慮がちなノックが聞こえ、こんな時間に誰だと思いつつ、警戒しながら返事をした。

「はい」

「俺です…ベニーです」

「ベニー? …入れ」

 珍しい客人だと思いながらも、部屋へ招いた。

「こんな時間にすみません」

「どうせ起きていたから構わない……楽にしろ」

 そう言いながら、グラスにシードルを注いで渡した。

「寝酒に飲め」

 そう言いながら、軽く乾杯をした。

(ベニーと二人きりになることなんて何年ぶり? 子供の頃以来か)


「ルイス様と二人きりなんて子供の頃以来ですね」

 思っていたことをそのまま言われ、驚きながらも懐かしい気持ちになる。

「あぁ、そうだな。子供の頃はよく遊んだな」

「ドロシア様と三人のことが多かったですが、二人でもたまに遊びましたね」

「そうだな。馬乗りはよく行ったな」

「懐かしいなぁ」

 目を細めるベニーは、どこか悲しそうに見える。

 なぜ彼が今日ここへ来たのか、ルイスは何となく察知していた。


「ドロシアのお供をすることに迷いはないのか?」

 ベニーの目は一瞬宙を泳いだ。


「俺……ドロシア様のことをずっとお慕いしていました」

「あぁ……そうだな」

「ですが、ドロシア様がトロールに変わってしまってからは今までのように思えない自分がいて」

「……それが普通だと思う」

「ドロシア様にもそう言われました。 でも、ルイス様は違うでしょう? ドロシア様のお姿が変わっても、そのまま変わらずに接してるではないですか」

 そう言うと、シードルをぐいっと煽る。


「ドロシア様に群がる沢山の男たちと俺は違うとずっと思ってきました。 ドロシア様が何に悩んでどう在ろうとしているか理解してると…………自惚れてたんです」


 部屋は妙な静けさを保っていた。



「どうしてドロシア様の呪いを解いてあげなかったのです?」



 静かな、けれどハッキリと聞こえる声でベニーが言った。

「俺がドロシアの呪いを解けるとも限らないだろ?」


「ドロシア様はルイス様のことが好きなんですよね? だったら、その想いに応えてあげればいいじゃないですか………そしたらこんな大変な思いをしなくても済んだのでは?」

 ルイスはベニーと向き合う。部屋には張り詰めた空気が漂っていた。


「本当にそう思うのか? ドロシアの姿が元に戻ったとして、それでドロシアが幸せになれると……ベニーお前は思うか?」

 ベニーの目が見開く。

「俺にもドロシアの気持ちは分からないが……こんな形で一緒になれば、ドロシアは俺に一生負い目を感じるだろう」

「……でもそれでも二人が幸せになれるなら、それでいいじゃないですか! わざわざ危険な思いや辛い思いをしなくても済むのだし……」


「そんな単純な問題じゃないだろ………」

 普段あまり表情を変えないルイスが、苦い顔をしていた。

「おとぎ話じゃあるまいし……。元の姿に戻ってハッピーエンド、そんな単純な話じゃないんだよ」

 ベニーはこんな辛そうなルイスを見るのが初めてで、ドロシアに対してのルイスの思いを垣間見た気がした。それと同時に再び自分の浅はかさを痛感させられた気がして動けずにいた。


「何かあったら……俺が全て責任を取る。 ただ今は……このままでいさせて欲しい」


 そう声を振り絞るように呟くルイスには、それ以上詮索させない雰囲気があった。ベニーは何も言えず部屋を後にした。

「おやすみなさい……」

 扉が閉まると、ベニーの瞳からはボロボロと涙が溢れた。その拳は、血が滲むほど固く握られていた。



 ルイスは窓越しに夜空を見上げていた。雲が陰り、星も霞む空は暗然としいて、まるで自分を写しているかのようだった。

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