5. 天敵
一頻り話をした後、一旦魔法使いの塔を後にした。
(私が魔力を持っているなんて寝耳に水だけど興味もある。 もしそんな力があれば、こんな姿でも誰かの役に立てるかもしれない)
ドロシアは淡い期待を抱いていた。
一方で魔王の伴侶になることは避けると決めたものの、心は決して晴れていなかった。
(本当にこれで良かったのかしら……)
横を歩くルイスの顔を見上げると、まるで「大丈夫だ」と言わんばかりに目を細めた。
ドロシアはトロールの顔をこれでもかというくらい赤くしながら、視線を外すことしか出来なかった。
一連の出来事は、もはや個人レベルで収まる話ではなくなっていた。
フェリックス国全体を巻き込む由々しき事態であることは間違いない。
事の発端や、先程話し合ったことなどを国の主に報告しなければいけなかった。
フェリックス城に来るのは、実に久しぶりのことだった。
幼い頃はよく遊びに来たけれど、ルイスとベニーがそれぞれ役職につき始めてからはすっかり遠退いていた。
整えられた並木道を抜けると、石造りの堅固な城が見える。
「うわー……なんかすごく久しぶりですわね」
到着早々、何やら城内が騒々しかった。
「陛下ーーー!」
「陛下ーーーー!!」
数人の補佐官たちが叫びながら、場内を駆け回っている。
三人は何となく目を合わせ、溜め息をついた。
「相変わらずのようね、あのお方は」
「平常運転だな」
「……みたいですね」
フェリックスの現王であり、ルイスの兄であるメイフォース・ダレル・ヴァン・フェリックス。
昼行灯と揶揄されることもあり、度々姿を眩ませる官僚泣かせだ。
ルイスが無言で迷いなく進んでいくのを追いかけていくと、小庭がある死角部分で足らしきものが覗いているのが見える。
近付くと、問題の人物が本を顔に被せ横になっていた。
「兄上」
その声にピクリと反応し、本を手に取り眩しそうに目を細める。
「んー? ルイスかー。 よくここが分かったね」
「兄上が隠れるポイントは何ヵ所か把握してる」
「フフ、流石ー」
キラキラと日に透けて輝く
「兄上、先の手紙で連絡した件でドロシアを連れて来た」
ドロシアは近くの木の影に隠れていた。
ルイスの時のように、トロールになった姿を見られたくないからではない。
「ドリーッ!!!」
後ろからドロシアを熱く抱き締める。
「ヒッー!」
「会いたかったよ! トロールの姿に変えられたんだって? 可哀想に……私のドリー」
「はっ! 離して下さいっ」
メイフォースは周囲に聞こえないような小声で囁く。
「ルイスの気を引くためじゃないか」
「!!」
焦り、絡まれた腕を必死に解こうとする。
腕が離れたと思ったら、顔をぐいっと持ち上げられ、トロールの顔と至近距離で見つめ合う。
「………………」
「可愛らしいトロールだね」
「節穴ですわね」
フフフと何故か笑っている。
ドロシアも合わせてフフフフと笑うが、目は全く笑っていない。
「ルイス! この姿のドリーを私が愛することが出来れば、呪いは解けるんだろ?」
急に話を振られたルイスだが、狼狽することなく答える。
「愛する者が現れれば呪いは解けるようだ……」
「い……いけませんっ!!」
ドロシアが慌てふためいてメイフォースから逃げようとしている。
「えー? 何でー? 私の可愛いドリーだ、姿が変わっても私は愛することが出来ると思うよ?」
「よっ……よくもまぁそんなことを」
「えー酷いなー」
「とっとっとにかく陛下はお構い無く!」
「相変わらずつれないなー」
そう言いながら、口の端を吊り上げる様子にドロシアは眉を下げた。
ドロシアは幼い頃からメイフォースが苦手だった。
次期王としてルイスとは別に帝王学などを学び、王宮へ行けども一緒に遊んだことなどなかった相手だ。
けれどルイスへの淡い恋心を真っ先に見抜き、前述通りの言動を毎回繰り返す。数々の求愛を受けてきた百戦錬磨のドロシアにとっても、どうにもこうにも太刀打ち出来ない厄介な相手だった。
一連の求愛行動も、本気か冗談か全く分からない。分からないからこそ恐ろしい。
そもそも本気だったとしても、王妃になるなんて真っ平御免だ。
ルイスに見せつけるような行動をとる度に、逆にルイスの反応が気になって仕方なかった。
けれどルイスはその表情や態度を一切変えることなく、真意を汲み取ることは出来なかった。
「真面目なお話しがございます」
眉を下げながら、メイフォースを
「そのようだね。 官僚たちも私のことも探してるだろうし、そろそろ執務室へ戻ろうかな。 詳細はそこで聞こう」
仕方がなさそうにメイフォースは身を隠していた小庭から出て、何食わぬ顔で執務室へと戻って行った。
「私としてもドリーを魔王の伴侶にすることには賛成出来ない。 そんなことで世界の均衡を保とうなんて考えるくらいなら、私は玉座を降りるよ」
ドロシアは弾かれたように顔を上げた。
メイフォースは昼行灯と揶揄されていたが、王としては極めて優秀だった。国の不利益になるような選択をしないと思っていたので、ルイス同様に反対してくれたことにとても驚いた。
「まずは反乱軍による襲撃を少しでも食い止めて、被害を防ぐことに重点を置きたいと思う」
全員が頷いた。
「……けれど、初めから我が国の部隊全てを遠征に向かわせる訳にもいかない。 そんなことをしたら反乱軍の前に周辺国に寝首を掻かれる……」
メイフォースが思案する。
「精鋭部隊と共に反乱軍討伐に向かってもらいたい。人数は少なくても、実力的には申し分ない者を選ぶよ」
そう言うと、メイフォースが名前を上げていく。
「王国筆頭魔法使いの長には会ったかい?」
「ええ先程」
「アンブローズ・ザーンキルトンは神童と呼ばれた天才異端児だ。 彼の魔力は国で最も高いSクラス、かなりの戦力になると思う」
「感謝致します」
「続いて私の弟であるルイス・エルネスト・フェリックス。 王国騎士団の隊長であり、その剣捌きは紫電の如く凄まじい」
「任せてくれ」
そしてメイフォースの視線が、ベニーへ向けられる。
「ベニー・クリストファー・ボールドウィン!」
呼ばれて動揺した様子のベニー。
「私とルイスの剣術相手をしてたくらいだ、剣の腕に覚えはあるだろう? 日頃執事としてドロシアに仕える君にも同行願いたいんだけど」
ベニーの表情はとても暗い。
「…………少し考えさせてもらえませんか?」
「……分かった。 本当は私も同行したくて仕方ないんだが立場上難しい。 ベニーの返答次第で、もう一人探すようにするよ」
お辞儀をしながら苦笑を浮かべた。
ベニーの様子がおかしいことに気付きつつも、その場は解散となった。
普段、ドロシアを心の底から崇拝しているベニーなら即答でお供すると答えていただろう。
それが、緊迫した雰囲気で考えさせて欲しいときたものだから、気掛かりで仕方なかった。
(どうしたのかしら……ベニー)
討伐に備えてメイフォースが用意してくれた部屋で、準備が整うまでは城に滞在することになった。
ベニーは開け放った窓から星を眺め、一人魔法使いの塔での出来事を思い出していた。
最悪元の顔に戻れなくてもいいと言い放ったドロシアを、許せなかったベニー。
【じゃあ、この顔の私を愛して呪いを解いてくれるのかしら?】
そう問われ、ただ項垂れ何も言い返せなかった自分を責めていた。
(これじゃあドロシア様に言い寄る中身のない求婚者たちと何ら変わらないじゃないか。 あんなに側に居て、お仕えして愛していると思っていたのに………結局は外見だけが好きだったみたいじゃないか)
ベニーは唇を強く噛んだ。
その時部屋にノック音が響き、扉の向こう側から声がした。
「私よ……ドロシア」
ベニーは一呼吸置いて、扉に向かって声を掛けた。
「どうぞ」
ドロシアはいつになく遠慮がちに入ってきた。
「ベニーの様子がおかしいから気になって。 ………どうかしたの?」
「………………」
トロールの顔が近付いてくる。
ふと、何かに気付いたドロシアが慌てた顔をして手を差し出す。
「ちょっと! 血が出てるじゃない」
そう言いながら、持っていたハンカチで口の血を拭う。
不思議な感覚だった。
今まで受け入れられなくて、まともに見たことがなかったトロールのドロシア。
今、至近距離から心配そうに口を拭ってくれるこのトロールを初めてドロシアなんだと甘受出来た気がした。
「別に無理して側にいてくれなくてもいいわよ」
「えっ?……」
「この姿を受け入れられない方が普通だと思うもの。 フェリックス兄弟が特殊なだけよ」
そう言うと、ドロシアは少し自虐的に微笑んだ。
ベニーはその笑顔に、何故か心の痛みが広がったような気がした。
「ベニー! 何を悩んでいるかは分からないけど、あなたは極めて全うよ」
「………ルイス様はすごいです。 ドロシア様の姿をいとも簡単に受け入れたように思えた。 ………俺にはとても真似できない」
「けどあっさり振られたわ」
「えっ⁉」
ベニーは何を悩んでいたのか吹き飛ぶ勢いで驚いた。
ドロシアがルイスに告白していたことも当然驚いたが、それをルイスが振ったと聞いて尚驚いた。
「えっ……あっ………」
「ルイスったら、私が告白して元の姿に戻れるかもしれないのに、あっさり振るのよ! 酷いでしょ!」
そう言うドロシアの顔は何故か清々しくとてもいい顔をしていた。
「だから全然すごくなんてないのよ! それくらいこの姿で生きるってハードルが高いってことね……」
「ドロシア様はどうしてそんなに強くいられるんですか?」
純粋にこんな状況なのに前向きに生きようとするドロシアが、ベニーは不思議で仕方なかった。
「ドロシア様は誰よりも美しくて、望めば欲しい物なんて何だって手に入れられるような人だ。 それなのにこんな姿にされて……」
ベニーの眉間には自然と皺が寄る。
ふとその場の空気が変わり、至近距離にいるはずのドロシアがやたらと遠くへ行ったように感じた。
「世の中には……美しく在りたくて、宝石や煌びやかなドレスに囲まれていれば幸せだと思う女性が多いのかしら? なら私はさぞ幸せに思われてるんでしょうね」
ベニーは月明かりに照らされたドロシアの物悲しい顔を見て、動けなくなった。
トロールの姿が元の美しいドロシアに重なって見えたが、その姿は悲哀に満ちていた。
「でもね……贅沢で我が儘な悩みだと思われても仕方のないことだけど、私はそれで幸せを感じたことなんて一度もないわ」
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