最終章 狼の子

第490話 一夜明けて



リィリさんが誘拐された日の翌日、思いっきり徹夜になってしまった俺達は、何とか日が登った直後に王都の宿屋に帰ることが出来た。

俺が心配していたグルフだったが、鏡を出て少しして経った頃走り込んできて、俺は押し倒されて舐めまわされて......大興奮のグルフはシャルにぶっ飛ばされ......その後俺達を王都まで送ってくれた。

空は明るくなってきていたけど、流石に疲れていた俺達はそのまま部屋に戻り昼過ぎまで眠ったのだが......。


「変な時間に寝ちゃったから......夜ちゃんと寝られるかな......。」


『......どうしても寝られないようでしたら弱体魔法を自らに使うのはどうでしょうか?』


「それってちゃんと朝起きられるか不安になるよね。」


全力で体力を削る様な弱体魔法なら気持ちよく寝られるだろうか?

そんなことを考えながら食堂に行くと、既にテーブルに座っていたリィリさんがこちらに手を振ってくる。


「おはよう!ケイ君、シャルちゃん、マナスちゃん。」


「おはようございます、リィリさん。」


リィリさんのいるテーブルには食べ終わったお皿が何枚か重ねられている。


「リィリさんはずっと起きていたのですか?」


「いやー帰ってきてから少し寝たよ。でもみんなと違って夜の間に少し寝て......あれ?あれって寝たことになるのかな?」


「どうでしょう......?まぁ......休んでいたと言えなくもないような......?」


目を瞑って意識が無かったわけだし......概ね寝ていたと言ってもいいのではないだろうか?


「だよねー?まぁ、そんな感じだったからお昼前には目が醒めちゃってねー。皆が起きてくる前に昨日の夜の分も食べておこうかなーって思ってたんだけど。」


「食事ってそういう物でしたっけ......。」


少なくとも俺は一食抜いた後に二食分食べるのは不可能だ。


「そういう物だよ。」


「......なるほど。ところでレギさんとナレアさんはまだ起きて来てないのですか?」


「レギにぃは冒険者ギルドに行ったよ。ナレアちゃんは王城だね。」


......なるほど。


「あー、皆さん早起きだったのですね。」


「流石にいつもよりは遅かったけどね。二人ともお昼頃に起きて出かけて行ったよ。」


「なんか僕だけだらけていたみたいな感じですね。」


朝方まで結構大変だったのに二人とも凄いなぁ......。


「あはは。でも二人とも言ってたよ?ケイ君は多分中々起きてこられないと思うって。なんかスッゴイ疲れる方法で私を助けてくれたって。」


「あー、そう言えばそうでしたね。」


「忘れてたんだ?」


「えぇ......すっかり。でも、アレを使いこなせるようになれば、グラニダにいつでも行ける様になるのですけどね。」


「あー、前言ってたやつかー。そんなに大変だったんだ?」


「そうですね。魔道具を使った変則的なやり方でしたが......あまり連続して使用するのはまだ無理ですね。」


「そうなんだ......ありがとうね?色々と。」


「あはは、お気になさらず。魔法の行使自体はいい経験でした。」


魔力を使えるようになる前は、母さんの訓練で死ぬほど疲労したりしていたけど......あの時の経験が無かったらもっと精神的にきつかったかもな。

そんなことを考えていると、リィリさんの前に追加の料理が運ばれてきて空いたお皿が下げられる。


「ケイ君も食べる?これがお昼に出してもらえる最後の料理だよ?」


「......まさか、食材を食べつくしたのですか?」


「そんなわけないでしょ!?もう夜の仕込みの時間なんだよ!」


「あぁ、なるほど......そう言う事ですか。いや、驚きました。」


「いくら私でも底なしってわけじゃないんだからね?」


でもな......リィリさんが満腹になったのって見たことがないような気がする。

気のせいだろうか?

そんなことを考えている内にリィリさんが取り皿に料理を分けてくれたので、俺はお礼を言ってから綺麗に盛り付けられた料理を食べ始める。


「今日はこの後どうするか決めています?」


「んー、今日は仕事の気分でもないし......屋台巡りでもしようかなぁと思ってたけど。ケイ君をほったらかすのも悪いなぁと思って待ってたんだよね。」


俺はさっき下げられたお皿の枚数を思い出しつつ返事をする。


「あー、そうだったのですね。それはすみません。」


俺が起きるのをわざわざ待っててくれたのか。


「ナレアちゃんはクルスト君達から得た情報を早めに知らせておきたいってお城に行っちゃったけど、ケイ君の事心配してたよ?レギにぃはいつも通り......下水道に行ったんじゃないかな?」


「今回得た情報はかなり重要ですし、早めにルーシエルさんに伝えた方がいいですからね。あの話では暫く魔道国内は安心できそうですし、その後の向こうの動きはクルストさん達だけじゃなくネズミ君達からも仕入れられますからね。」


檻に関しては、クルストさん達がうまい事檻の本体と接触してくれればそこから一気に監視体制が構築されることだろう。

そうなってしまえば、檻はもう脅威ではない。

変なことをしそうであれば先回りして阻止してもいいし、大本から潰してもいいだろう。

とりあえず、檻の目的である魔神の復活だけは絶対に叶えさせてはいけない。

このことに関しては母さん達にも伝えておくべきだろうな。


「ところでレギさんは本当に下水掃除に?」


「え?どうだろ?ギルドに行ってくるとしか聞いてないけど、多分そうじゃない?」


「......なるほど。」


下水道に行くのは別に構わないけど......リィリさんのことはいいのだろうか?

いや、攫われる云々はとりあえずもう大丈夫だろうけど......レギさんが眷属になったこととか......多分まだ話をしてないよね?

それとも寝る前にその話はしたのだろうか?


「リィリさんは寝る前にレギさんと何か話をしたりしました?」


「話?いや?特にしてないよ?」


「そうですか......昨日はレギさんも物凄く心配されていたので何かあるかと思いましたが......。」


「うぇ......お小言かぁ。確かに油断してたと思うけど......うーん。」


「ま、まぁ、何も言われなかったのならそういうつもりはなかったのかもしれませんね。」


「だといいなぁ。」


こうやって普通に話をしているのが不思議なくらい、リィリさんは淀みなく上品に食事を続けている。

俺が取り皿に分けてもらった料理を食べ終わるのと同時に、その三倍くらいの量はあった料理がリィリさんの胃の中に消えて行ったのだが......今更驚くまでも無いだろう。


「さて、ケイ君も起きたし、ご飯も食べ終わったし......そろそろ出かけようかな。ケイ君はどうする?」


「うーん、僕も今日は特に予定はないのですよね。」


というか......俺は基本的に誰かに付き合う以外だと、グルフの所に行ってみんなで遊ぶくらいしかやることがない。


「ケイ君は......付き合いは良いけど、自分から何かやりたいってあんまりないよねぇ。」


あっさりと考えている事を見透かされた俺は苦笑いを返す。


「何と言うか、漠然としている感じなんですよね。皆さんと色んな所を旅してみたい、色々な物を見てみたい......とか?でも、こうやってのんびりしているのも結構好きなんですよね。」


「お金持ちのお年寄りみたいだねぇ。」


指摘されると......確かに老後の楽しみみたいなものを求めているような。


「まぁ、ケイ君っぽいけどねー。さてと、じゃぁそろそろ行こうかな。魔道国での用事も殆ど終わったし、早い所食べつくさないとね!」


......王都が食糧危機になったらどうしよう......。


「また失礼なこと考えてる......。」


リィリさんがジト目になりながら呟くけど......食べつくすって言われたら......ねぇ?


「あれ?レギにぃが帰ってきた。随分早いね。」


「おぅ。なんだ?出かけるのか?」


「うん。まだ見ぬお店にね。」


「程々にしとけよ?」


「はーい。いってきまーす。」


レギさんに手を振ったリィリさんが食堂から出ていく。

昨日の夜の出来事が嘘の様な感じがする。

平和だなぁ。


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