第489話 安堵
「さて、ここから魔道国に戻る方法はあるかの?」
「こ......ここがどこだか......御存知で?」
ナレアさんの問いに......若干喋りにくそうなキオルが応じる。
「うむ。凡そ見当は着いておる。流石に歩いて帰ることが出来る距離ではないのう。」
「......こちらに、突入して来た方法で......か、帰ることは出来ないの、ですか?」
「出来なくはないのじゃがな。緊急と言う訳でもないし、別の方法があるようならそちらを使いたいのじゃ。」
ナレアさんが肩をすくめながら言うが......あのダンジョンまでは戻ることが出来るけど......魔道国の王都までは戻ることが出来ないよね。
向こうの魔道具はバラしちゃったし......。
「では......私がここに来た時に使った魔道具はどうでしょう?王都ではありませんが、比較的近い位置に置いてある鏡があります。森の中に置いてあるのですが、王都の南東の方にある森です。」
にこやかに男が言うが......その顔はこれでもかといったばかりにボコボコだ。
そう言えばこいつの名前って何だっけ?
まぁ、そんなことよりも......その森ってグルフがいる森の事だろうか?
森の中にむき出しておいて置いたら何かの拍子に割れそうだな......。
「ふむ。そうじゃな。その森であれば王都まで大した距離ではないし、問題なかろう。」
「では案内いたします。こちらに。」
ナレアさんとリィリさんが男に従い移動していく。
扉とは反対方向に進んでいるからこの部屋の中にあるようだね。
俺は三人に着いて行こうとしたが足を止める。
「クルストさん。」
大の字になって床に寝ているクルストさんへと声を掛けるが......返事はない。
「......先程ナレアさんは以前とは違うと言っていました。」
「......。」
「確かにその通りだと思います。」
クルストさんが体を起こして俺の顔を見る。
その顔はボコボコではあるけど......しっかりと俺の事を見据えている。
「......ですが、やはり僕はクルストさんの事を友人だと思っているようです。」
俺の言葉を聞き、大きくため息をつくクルストさん。
「なので......負い目があるなら、これからも今まで通り付き合ってください。」
「......甘ったれなことを言いながら、とんでもない要求をするっスね。」
少し離れた位置で俺達の会話を聞いているレギさんが苦笑している。
「僕達が勝ったのだから色々と要求して然るべきかと。」
「ケイ達の前での態度はただの演技っスよ?」
「あはは、相手によって態度を変えるなんて普通じゃないですか?というか、僕は自分一人の時くらいしか素の状態にならないですよ?」
「......ここに来て、ケイの黒い部分が急に出て来たっスね。しかも結構どす黒いっス。」
何か急に貶されだした......そんな変な事、言っただろうか?
「まぁ......僕の事はいいじゃないですか。とりあえず、今度皆でご飯行きましょう。」
「それは俺、相当気まずい感じっスよ?」
「そこは諦めて下さい。そのくらいは当然の対価ですし。」
俺が笑みを浮かべながら伝えるとがっくりと肩を落とすクルストさん。
「とりあえず......今は顎がめちゃくちゃ痛いので治った後でお願いしたいっス。」
俺は特にその言葉に返事はせずに軽く笑い返した後、先に行くナレアさん達を追う。
そんな俺に何も言わずにレギさんが付いてくる。
ちらりとその表情を窺ったが、不満そうな感じはなく......どちらかと言うとすっきりした表情に見える。
どのくらいクルストさん達の事を信用できるかはまだ分からないけど......こうして相まみえた以上、俺達......いや、ネズミ君達の監視を振り切るのはもう不可能だ。
変な動きをすればすぐに分かるし、檻に関しても芋づる式に情報を得ることが出来るだろう。
監視を外す日が来るかは分からないけど......キオルの報告とネズミ君達が集めた情報の差異が無ければ、ある程度信用出来るといった感じだろうね。
「こちらの魔道具で移動できます。場所は先程お伝えした通り魔道国王都の南東に位置する森の中。それなりに深い位置になります......あなた方なら問題ないでしょうが、最近この森は少し様子が今までと異なる様でして......万が一という事もあるのでお気を付け下さい。」
俺とレギさんが合流すると男がナレアさん達に軽く説明している所だった。
それにしても森の様子......ねぇ。
何となく原因は分かる気がするけど......。
俺は今ここにはいないうちの子のことに思いを馳せる。
グルフには何も言わずに動いてしまっているけど......グルフはまだ俺の眷属になってはいないし、森から王都までの距離を考えてもグルフがこちらの異常に気付いているとは思えない。
でも、万が一気付いているようだったら大パニックかもしれないな。
「ねぇ、シャル。グルフは俺達が王都を離れた事に気付いてないよね?」
俺は小声で隣にいるシャルに聞いてみる。
『おそらくグルフはまだ気づいていないと思います。とはいえ、この魔道具の向こう側が本当にグルフのいる森であるのなら、移動すれば気づくとは思います。』
「そろそろ日が昇る頃合いじゃない?流石に熟睡しているんじゃ?」
リィリさんが攫われて、奪還するまでに半日は掛かっていないけど......元々リィリさんが攫われたことが判明したのがご飯時を過ぎた頃日が変わる前ってところだしね。
今は恐らく明け方頃だろう、外が見えないからあまり分からないけど......そろそろ空の色が変わり出してもいい頃のはずだ。
『恐らく問題ないでしょう。寧ろケイ様が近くに来ていることに気付かずに寝ている様であれば......少し説教が必要ですね。』
......グルフ。
今から行くから、頑張って起きて!
でないと......大変なことになるかも知れない。
「では、魔道具を起動しますが......最初は私が行くのが良いと思うのですがいかがでしょうか?」
「ふむ......まぁ、騙されておったとしても対処は出来るし、あまり気にせずとも良いがの。」
「ふふ、本当に格が違いますね。では、ただの先導という事で私が先に行かせていただきます。安全確認をしてからこちらに呼びに戻りますのでしばしお待ちください。」
そう言って男はするっと鏡の中へと体を滑り込ませた。
そして十数秒程してからこちらへと戻って来た。
「お待たせいたしました、美しき方よ。問題はありませんでしたが、向こうは森の中で暗くなっております、お気を付けください。」
「うむ。では帰るとするかの。」
「はーい。今から帰ってもまだお店やってないよねぇ?」
そんなことを言いながらナレアさんとリィリさんが鏡の向こうへ消えてゆく。
流石に店が開くのはまだ時間がかかるだろうけど......あぁ、そう言えばリィリさんは晩御飯抜きだったな。
リィリさんがその事に苛立ち、戻ってきて三人を殴り始める前にとっとと向こうに行くとしよう。
俺は若干足早に鏡を抜ける。
幸い鏡の向こうにいたリィリさんは怒っているといった感じではなく普段通りの様子だ。
俺に続いてレギさんがこちらに来て、最後に男が一度こちらに出て来て一礼をした後鏡の向こうに消える。
暫くして魔道具が動きを止め、辺りに闇が広がった。
とは言っても俺達は全員暗視が出来る状態だし、夜の森という一切の光が感じられない様な中でもお互いの顔は良く見えている。
「さて、ここは本当に魔道国の王都付近なのかのう?」
ナレアさんが上を見上げながら言う。
「見てきますか?」
「うむ。話が本当であれば空から北の方を見れば王都が見えるじゃろう。」
そう言ってナレアさんが音もなく上に向かって飛んで行く。
俺はその姿を見上げていたが、すぐに木に邪魔されて見えなくなった。
ところで、グルフは俺達のことに気付いているのだろうか?
心配だ......大きな声でも出してみるか?
いや、皆から怒られそうだな。
そんなことを考えているとナレアさんがすぐに地面に戻って来た。
「話に間違いは無さそうじゃ。王都の明かりが見えたのじゃ。」
「じゃぁ、帰るとしましょうか。」
「あー、ごめん。ちょっといいかな?」
リィリさんが胸の前で指を合わせながら何やら言いづらそうに切り出してくる。
「......皆、ごめんなさい!いっぱい迷惑かけました!」
そう言ってリィリさんが勢いよく頭を下げる。
俺は気にしないでと言おうと思ったが......その前にレギさんが一歩前に出て、リィリさんの頭に手を乗せる。
「俺は......いや、俺だけじゃなく、恐らくケイもナレアも、迷惑だなんて思っちゃいねぇよ。」
レギさんはリィリさんの頭を撫でながら言葉を続ける。
「今回の件、お前の落ち度だとは思っていない。まぁ、お前の素性を隠そうとしなかった俺とお前のせいだとは言えなくもないがな。」
そう言ってレギさんはリィリさんを撫でるのを止め、俺とナレアさんに向き直り頭を下げる。
「ありがとう。ケイ、ナレア。それに、シャル、マナス、ファラ。お前たちのお陰でリィリを無事助け出すことが出来た。本当にありがとう。」
「......ありがとうございます!ケイ君、ナレアちゃん、シャルちゃん、マナスちゃん、ファラちゃん!」
レギさんの横で改めて勢いよく頭を下げたリィリさんを見て、ようやく俺の胸の中に安堵が広がってくる。
「......おかえりなさい。リィリさん。」
「リィリ......無事で何よりじゃ。」
ナレアさんがゆっくりとリィリさんに近づいて自分よりも少し背の高いリィリさんの事を抱きしめる。
マナスやファラ、シャルもリィリさんの傍に近づいていく。
あぁ......本当に......本当に、リィリさんが無事でよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます