第477話 転ばせて鳩尾



俺はちらりと他の戦場に視線を向ける。

ナレアさんは周辺にいた人物を制圧して......今はキオルと一対一で何やら話している。

レギさんはまだクルストさんとやり合っている......かなり激しいな。

そして俺の前には武器を持った奴が二人、武器は持っていないけど身構えている奴が一人。

武器を持った方の片割れは非常によく喋る、ちょっと変な奴だ。

後、何かにつけてナレアさんの事を言ってくるのが若干......本当に若干だけど気に障る。

お前がナレアさんの一体何を知っているのだと。

......これは独占欲とかだろうか......あまりいい感情ではない気がする。

一応油断はしないようにしながらもそんなことを考える。

いや、こんなこと考えている時点で集中できていないな。

俺は溜まった感情を吐き出す様に、強めに息を吐く。


「......ふぅ。」


それを合図としたのか、正面に立つ男が再び引き絞るようにしながら剣を構える。

先程よりも早く踏み込むつもりだろうか?

しかし、俺の予想に反し、動き始めたのはその傍に居た......別の人間だった。

しかも、俺と剣を構えた男の間に割り込むように移動したかと思うとそこから俺に突っ込んでくる。

......いや、この人ごと突き刺すとかしないよね?

そんな風に考えていると、俺の顔に向かって何かが飛んできた。

俺に向かって突っ込んでくる人にそんな動作は見られなかったから、恐らく手前にいる人の陰から何かを投げつけて来たのだろうけど、凄いコントロールだね。

俺の位置からは陰に隠れた姿は見えないし......どうやったのか......俺はそんなことを考えながら飛んできた何か......石、礫を躱す。

そして礫より少し遅れて俺に飛び掛かって来た相手を真横に蹴り飛ばし、同時に弱体魔法を掛けて意識を失わせる。

蹴り飛ばした相手の陰に隠れる様に接近して来ていた男は、吹き飛んで行った仲間を顧みることも無く礫を交えながら連続で攻撃を仕掛けてくる。

先程の速度で一撃仕掛けられるよりもよっぽど厄介な攻撃だ。

しかも俺が反撃をしようとすると、そのタイミングで後ろに下がり中々攻められない。

下がりながら飛ばしてきた礫を避けると、その礫の陰に隠れる様にもう一つ礫が飛んできているのが見えた。

同じ軌道で飛ばす隠し玉ってところだろうか?

俺が今まで礫を弾いていたのなら有効かもしれないけど、避けている以上同じ軌道を隠しながら飛んできても通過するだけ......って違う!

二つ目の礫は魔晶石だ!

確証はないけど......先程ダンジョンで、クルストさんが鏡の魔道具を破壊した魔道具と同じ物じゃないだろうか?

少し顔を動かすことで攻撃を避けようとしていたので、このまま爆発されるのかまずい!


「このっ!?」


俺は体を捻り、体勢を崩しながら投げつけられた魔道具から距離を開けようとしたが、次の瞬間、俺のすぐ傍で破裂音が鳴った。

爆発って程の威力では無かったけど、元々体勢を崩していた所に衝撃を受けた為、体が身体が横に流れてしまう。

当然その隙を見逃さず......いや、その隙を狙って男が先程見せたあの速度で俺の眉間を狙ってきた!

しかしその刃は俺の元に届くことはなく、直前で縫い留められたように動きを止める。

予想もしていなかった事態に、一瞬目を見開いて驚愕の表情を浮かべた男だったが......殆ど体を横に倒した状態から放たれた俺の拳をもろに顎にくらい、数歩だけたたらを踏むように後ろ下がった後、突然力を無くしたかのように崩れ落ちる。

その間に体勢を立て直した俺は崩れ落ちた男に近づき、鳩尾につま先をねじ込む。

ついでに弱体魔法を叩き込み無力化する。

......弱体魔法を使えば別に蹴る殴るは必要ないけど......まぁ、遠距離でいきなり対峙した相手が倒れるのは不自然だからね。

まだ見ている相手もいる事だし。

相手は既に倒れていたかもしれないけど......まぁ、気にしてはいけない。

それにしても初めて戦闘に固定を使ってみたけど、やっぱり便利だな。

今固定したのは相手の刀身だけ......相手の攻撃が突きじゃなかったら、あの速度だと剣が折れるか手首をねん挫......いや、下手したら骨が折れるかしていただろうね。

固定したのも一瞬だし......直後に俺の一撃を入れ、同時に固定は解除しているから多少違和感はあったかもしれないけど、外から見ていた人間には何が起こったのかは分からないだろう。

それにしても先程この男は弱者なりの戦い方があるって言っていたけど......うん、あれはほぼ俺の戦い方と同じだね。

牽制で削り、相手を崩して決定的な隙を作ってからとどめを刺す。

まぁ、暗器的な武器......礫を使っていたし、もしかしたら罠とか他の武器なんかもあったのかもしれない。

口調とかからは優雅なというか......そういう泥臭い戦い方はしなさそうだけど......まぁ、それも狙っているのかな?


「......さて、もうそちらの戦闘員っぽい人は......。」


そう言って俺は部屋を見渡す。


「向こうにいる一人だけみたいだね。投降するつもりはあるかな?」


向こうにいる一人もお取込み中だしね。

レギさんと戦っているクルストさんの事だ。

それにしても......自前で強化魔法を使えるようになったレギさんと互角に渡り合っているみたいだけど......クルストさんはあんなに強かったのか。

俺がレギさん達の方に意識を向けているのを油断と見たのか、踵を返して逃げようとした研究員風の人に落ちていた礫を投げようとして......いや、下手にこれを投げたら打ち抜いて大怪我......当たり所によっては死ぬな。

コントロールにはあまり自信が無かったので、一気に踏み込んで蹴り飛ばしついでに弱体魔法を掛ける。

扉の前から離れてしまったけど、まぁ、最後の一人だしね。

俺は扉の前に戻り陣取る。

扉を固定してもいいのだけど......先ほどの様に狭い範囲を一瞬固定するのならともかく、扉を封鎖するように大きく長時間固定するとなると......ちょっと厳しいな。

リィリさんを守っている固定を解除すれば問題なく出来るけど......解除するなんてありえない。

今この部屋の中で動けそうな相手はクルストさんとキオルの二人だけ......そしてその二人はレギさん、ナレアさんと対峙している以上逃げるのは無理だろう。

それにしても......レギさんの方は滅茶苦茶やり合っている最中だけど......ナレアさんの方はずっと話している感じがするな。


「とりあえず......俺の仕事は完了かな?」


本当は倒れている奴を縛って弱体魔法を解除しておきたいのだけど......。


『ケイ様、倒れている者達をこちらに連れてきましょうか?』


俺があちこちに倒れている奴等を見ながらどうしたものかと考え込んでいるとシャルが声を掛けてくる。


「うーん、ロープとかは持って来ていないんだよね。」


さすがのレギさんも武器と防具、それに小さな背嚢を一つ持っているだけだ。

あのサイズではロープの類は入っていないだろう。


「この部屋に何か縛ることが出来そうなものってあるかな?」


『何かあるかも知れませんが......探させましょうか?』


「お願いしていいかな?......ん?探させる?」


『はい。ファラの配下が控えております。』


「ファラの配下が?あまり数を連れてこなかったし、みんなここの調査で散っているんじゃ?」


『王都から連れて来た者は全て調査に出ております。付近に控えているのはこの施設に元々居たネズミをファラが配下にしたものになります。』


「......そ、そっかー。」


配下って......本当に一瞬で出来る物なんだなぁ。

相変わらずファラの仕事には戦慄させられる......。


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