第476話 何か覚えが......
まだ相手はこちらに気付いていない。
まぁ、ナレアさんの幻惑魔法が効いているから当然だ。
ナレアさんは一番近くにいた研究者っぽい人に攻撃を仕掛け、俺は出入り口の傍に立っていた警備の人間を蹴り飛ばす。
所謂ヤクザキックって奴だが......蹴り飛ばされた人は若干壁にめり込んでいる。
流石に殺すつもりはないけど......まぁ、かなり痛い目には会ってもらうつもりだ。
俺が出入口を固めた事でナレアさんが幻惑魔法を解除する。
「クルストっ!!」
「嘘だろ!?」
少し離れた位置でレギさんの咆哮とクルストさんの驚愕の声が上がる。
しかし、そちらに意識をやっている暇はない。
俺は更に近くにいた研究者の顔を殴り飛ばす。
更に次の相手へ殴り掛かろうとしたところで、横から剣を差し込まれ慌てて躱す。
「おや?良く躱しましたね?驚きました。」
驚いた......というよりも、感心したといった響きの声が俺に掛けられる。
こいつは......今殴ろうとした相手の次に行こうと思っていたヤツだ。
少し距離があったはずだけど......移動してきたにしては早すぎるな。
「貴方の事は知っていますよ。お仲間を助けに来たわけですね。その行為自体は素晴らしいものだと思いますが......今回に関しては愚行と言わざるを得ませんね。」
「......。」
そう言いながら剣を構える男。
アレは刺突をメインにした剣だろうか?
構えも振りかぶるというよりも手をたたみ、引き絞っているような感じだ。
かなり細い......レイピアってやつかな?
「それにしても本当に残念です。どうせならまたあの方とこうして語り合いたかった。」
「......あの方?」
語り合った覚えはないけど、つい聞き返してしまった。
「えぇ、あの美しき......銀髪の美しき方と......。」
銀髪の美しき方......なんか......聞き覚えのあるフレーズの様な?
そんな風に意識を逸らしたのが分かったのか、鋭い踏み込みと共に、俺の目を目掛けて剣が突き出された!
しかし、思考加速や各種強化魔法を切らしているわけでは無いし、正面から繰り出されている以上難なく躱すことが出来る。
しかし、一度攻撃を躱されたからといって相手も止まらない。
立て続けに突きや色々な角度からの薙ぎが襲い掛かってくる。
この多彩な攻撃はリィリさんの戦い方に近い......まぁ、だからこそ死角を突いてくるような攻撃を問題なく躱せているのだけど......。
そろそろ反撃に転じようと、相手の引手に合わせて一歩踏み込もうとしたところで相手は距離を開ける。
「......これは、本当に驚きました。ここまで完璧に私の攻撃を避け切ったのは貴方が初めてです。畏敬の念を抱いてしまいそうです。流石はあの美しき方のお仲間ですね。」
......なんでこの人は戦闘中にこんなに饒舌なのだろう?
いや、聞きたいことがあるとか探らないといけないことがあるなら分からないでもないのだけど......この人のはそういう感じではない。
「ふむ......あの方は、あのお馬鹿さんのところですか。もう一人のお馬鹿は......あぁ、取り込み中の様ですね。」
......この人達は仲間を馬鹿呼ばわりしないと死ぬ呪いでも掛けられているのだろうか?
まぁ、どうでもいいけど。
最初のお馬鹿さんはキオル、もう一人のお馬鹿......視線の先に居たのはクルストさんだな。
恐らく、呼び方からして仲がいいというか......親しい関係のように感じるけど。
「しかし......どうやってここに辿り着いたので?向こうのダンジョンで強襲されたとは聞いていましたが......魔道具は破壊したそうですし、ここがバレる筈は......。」
「......魔道具が壊れていなかったってことでは?」
「あの二人はそんな単純な失敗をしません。特に悲願のかかったこの状況ではね。」
そう言って少しだけ、ほんの少しだけ雰囲気を変えた男だったがすぐに元の掴みどころのない雰囲気に戻る。
「それはそうと......私はあの方の所に行って愛を語り合いたいので、申し訳ありませんが貴方の事は早めに片付けさせてもらいますね。すこしズルをしますが......愛ゆえに、仕方のない事ですよね?」
いや......この人は一体何を言っているのだろうか。
大体さっきから言っている美しき方って......俺が疑問に思い首を傾げると......ちらっとキオルとナレアさんが相対している方に視線を飛ばす男。
......思い出した!
こいつグラニダでナレアさんに怪文章を残した奴だ!
会った事は無いけど、多分間違いない。
名前は......名前......なんだっけ?
そういえばちゃんと読まなかったような......。
まぁ別にいいか。
「それでは、さようなら。名も無き人よ。銀髪の美しき方には中々強い方だったと伝えておきますよ。」
そう言って俺に向かって微笑んだ後、今までとは比較にならないとんでもない速度で距離を詰めてきて......驚いた俺は思わずその顔面に右手を捻り込んでいた。
「あ。」
コークスクリューブローとまでは言わないけど、若干捻りを入れつつ突き出した俺の拳は顔の中心に見事にヒットして、相手を吹き飛ばした。
しかし、相当な勢いで突っ込んでもろにカウンターを受けた男は、多少吹き飛ばされながらも踏みとどまる。
「っ!?ぐ、偶然......?いや、偶然で私の突きを躱してさらに殴る事なんて出来る筈がありませんね......。」
鼻血をぼたぼたと垂らしながら目を丸くしている男。
思いの外余裕がありそうだな。
俺から仕掛けたい所だけど、この扉の死守が俺の役目だしな......あの速度で部屋の外に逃げられたりしたら面倒なことになりそうだし。
先程の速度は普通ではありえない程の速度だった......恐らくこの人は、魔法系の魔道具......それも強化魔法の魔道具を使っているはずだ。
これで現代の魔術による魔道具だとしたら......ナレアさんが目を爛々と輝かせるようなものになるだろうけど、クルストさんがフロートボードを使っていたことから、魔法系の魔道具である可能性の方が高いだろう。
とは言え......そこまで脅威ではないかな?
今や息を吸うように......とは言わないけど、かなり自在に強化魔法を発動できるようになっている俺は、力の入れ具合も抜き具合も早々失敗しない。
ある程度の強度を越える形で強化しようとして、初めて気合を入れて強化を掛けるって感じだけど......今のこの男の動きは日常の強化範囲の範疇に収めることが出来るくらいのものだ。
それに......先ほどの動き、とんでもない速さではあったけど、直線的過ぎる。
俺が躱したにも拘らず、そのまま突き入れる事を止めもしなかった感じからして、思考加速はされていない。
身体の動きに頭が付いて来ていないから、予め決めた動きしか出来ないのだと思う。
「あのお馬鹿さん達が逃げてくることしか出来なかったと聞いた時は、いくら何でも言い過ぎだと思っていたのですが......本当だったようですね。もはや畏怖さえ覚えていますよ。」
尊敬の念は無くなってただ怖がられるようになったようだ。
とりあえず、何でもいいから喋っていないでかかって来てくれないかな......?
他の人でもいいけど......一斉にあの速度で動かれたら流石に面倒だな。
「まぁ、だからと言って負けるつもりはありませんがね。私には......私達には成さねばならないことがあるのです。弱者には弱者の戦い方があることをお見せしましょう!」
何か......主人公......いや、突然強くなって調子に乗った主人公と対峙する老怜な戦い方をする人みたいなこと言い出したな。
まぁ......油断するつもりはさらさらないけど。
別に俺達は有利に立っているわけじゃない。
ただ、リィリさんの安全を確保するという第一目標を果たせただけで......道半ばなのだから。
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